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悪役令嬢と本土侵攻

…………………


 ──悪役令嬢と本土侵攻



 シレジア戦争開戦から1ヵ月。


 私がビュンビュン飛び回る戦場では次々にオストライヒ帝国軍の兵士が屍を曝し、もはや侵攻してきた当初の戦力の半数以下にまで落ち込んだ。


「赤の悪魔だ!」


「これがプルーセンの懲罰か!?」


 もうあだ名については何も言うまい。味方すら、私のことを悪魔呼ばわりなのだ。敵が私のことをなんと呼ぼうが知ったことか。


「竜殺しの魔女だっ!」


 それだけはやめて欲しい。真剣に。


「シレジアに攻め込んできたオストライヒ帝国軍が撤退し始めてるって?」


 私は定位置である後方支援部隊の拠点で気になる話を耳にした。


「そうですよ。戦傷者さんや補給将校さんの話では、シレジアに侵攻してきたオストライヒ帝国軍は壊滅的な打撃を受けて撤退を始めたとのことです。これで戦争は終わりそうですわね!」


 ミーネ君は喜ばしそうに語るが、私はちっとも喜ばしくはない。


 私の目的はオストライヒ帝国を再起不能なほどにぼこぼこにしてやることなのだ。こんな中途半端なところで引いてたまるか。私はまだまだ殴り足りないぞ。


「よし。オストライヒ帝国本土に侵攻しよう。そうしよう」


「なんでそうなりますのっ!?」


 私が決意を新たにするのにミーネ君が突っ込んだ。


「大丈夫、大丈夫。私だけで何もかも吹っ飛ばしてくるから。オストライヒ帝国をぺんぺん草も生えないほどに焦土にしてやるだけだから。オストライヒ帝国が地図から消えるかもしれないけどそれだけだから」


「物凄く物騒ですわ、アストリッド様!?」


 戦争とは物騒なものだよ、ミーネ君。


「じゃあ、ちょっくら出掛けてくるね」


「い、嫌な予感しかしないのでやめてくださいまし!」


 ええい。止めるな、ミーネ君。これには私の未来がかかっているのだ。


「あ! アストリッド様!」


 私が天幕の外に出ると救護所からエルザ君がトトトと駆け寄ってきた。


「戦争が終わりそうだって聞きましたか! 負傷者の方々もこれで家に帰れるって喜んでられるんですよ! よかったですよね!」


「エルザ君。戦争はまだ終わっていないよ」


「へ?」


 戦争はこれから始まるのだ。


「聖女様! 新しい負傷兵です! 救護を願います!」


「あっ! 分かりました! 今、行きます!」


 ……どうして私が悪魔呼ばわりでエルザ君は聖女呼びなんだろう。


 そう言えば戦場の天使とも呼ばれてたな、エルザ君。私との待遇の違いについて周りの人たちに一言言っておいてやりたい。


 とはいえど、戦場で聖女と呼ばれるまでの魅力を手に入れたなら、学園生活でも平民だからと言って馬鹿にされたり、いじめられたりすることはなくなるだろう。このエルザ君の活躍は是非とも新聞などにも載せて欲しい。


 私? 私は名声は求めてないからどうでもいいよ。というか、赤の悪魔だのなんだの呼ばれてて全く広めて欲しいとは思えない。


「さて、私は戦争を始めるとするか」


 私はエルザ君たちに別れを告げると再び空に舞い上がり、前線を目指す。オストライヒ帝国軍の撤退が始まっていたとしても、それを追撃するプルーセン帝国軍はいるはずだ。それに合流して追撃すると共に勢いでオストライヒ帝国本土に侵攻してしまおう。


「よっと!」


「わっ! だ、誰か! ……ああ、オルデンブルク公爵家のアストリッド殿だったか」


 私が司令部前に着陸するのに歩哨の兵士さんが呆れたような声を漏らした。


「どもっ! いつも通りお願いします!」


「分かった。待っていてください」


 すっかり司令部でも顔パスだぜ。


「アストリッド……?」


 そして、やってくるフリードリヒ。お前が来ることは予想済みだよ。


「フリードリヒ殿下。戦争が終わりそうだそうですね。アドルフ様やシルヴィオ様はお怪我はなく?」


「ええ。彼らも無事に生き残ることができました。一時は極めて危険な状態にあったのですが、あなたが敵を次々に蹴散らしていくものですから、戦局は逆転しましたよ。これならようやく戦争も終わるでしょう」


 甘い。甘い。練乳を一気飲みしたぐらいに甘い。


「殿下。敵を交渉のテーブルに就かせるにはシレジアの侵攻軍を撃破するだけでは不十分です。敵の本土はアントン要塞を除けばほぼ無傷。これでは我々だけが攻め込まれて、辛うじて撃退したという結果しか残りません」


「……それはそうですが、他にいったいどうしようと?」


「敵の本土に打撃を与えてやるべきです。オストライヒ帝国の帝都ヴィ―ンを更地にしてやってこそ、敵は恐怖から足元に縋りついて和平を乞うでしょう。それ以外で和平してはせっかくのシレジアの勝利が台無しになります」


「そ、それは些かやりすぎではないですか?」


 何を言ってるんだ、このお花畑皇子は。真珠湾攻撃してアメリカが和平してくれると考えてた日本のかつての間抜け政権並みの頭の悪さだ。


 敵との和平ではなく、求めるべきは敵の降伏だ。そうしなければ、オストライヒ帝国は懲りずにまたシレジアに口出ししてくることだろう。これは叩けるときに徹底的に叩いておかなければならないことなのだ。


「いや、その話は実に理にかなっている」


 と、私とフリードリヒが話していたら、なんだが渋い声が。


「こ、皇帝陛下!」


 誰かと思えば皇帝陛下だーっ! 前線に出ておられたとは!


「この戦争はシレジアから敵を叩き出して終わりではない。敵を屈服させ、今後ライヒにおける主導権を完全にプルーセン帝国が握るためには、オストライヒ帝国本土に打撃を与えなければならない」


 おお。皇帝陛下はどこかの頭に寄生している花に養分を吸われている皇子と違って現実を見ておられるな。


「シレジアでの戦いは本土防衛という守りの戦いだった。それでは主導権は握れてこなかった。戦争の講和交渉で主導権を握り返すにはオストライヒ帝国本土への侵攻は絶対に必要とされる」


 うむうむ。その通りだ。オストライヒ帝国を再起不能なまでにぼこぼこのぼろ雑巾にして、今後1000年はプルーセン帝国に逆らえないようにしておかなければね。


「これよりオストライヒ帝国への侵攻軍の編成を始める。シレジアからオストライヒ帝国軍を叩き出せば、次は奴らの本土だ。敵を完膚なきまでに叩き、主導権を握り返すことこそが我々のやるべきことだ」


 おおー。流石は皇帝陛下。決断も早い。どこかの皇子には見習って欲しいものだ。


「……本当にそれでよろしいのですか、皇帝陛下」


「なんだ。お前はシレジアを取り戻せれば戦争は終わるとでも思っていたのか。相変わらず考えの甘い軟弱ものだな。少しはそこの級友の考えを見習うといい。そして、その行動力もな。敵には赤の悪魔として恐れられているそうではないか」


 皇帝陛下まで赤の悪魔のこと知ってるのか……。恥ずかしい……。


「それに竜殺しの魔女の噂も聞いたことだしな」


 そう告げて皇帝陛下がニッと笑った。


 げーっ! 皇室にまで私が手伝い魔術師してることがばれてるーっ!?


「オストライヒ帝国本土侵攻軍は直ちに編成。もちろんシレジアで右往左往している敵の掃討も同時に実行する。敵がまだ戦場がシレジアだと思っている間に、オストライヒ帝国本土を蹂躙する。敵に情けなどかけるな。これは相手から仕掛けてきた戦争だ」


 皇帝陛下はそう告げるとあの大将閣下ことおじじを呼び出して、指示を出し始めた。これが本当の皇族って奴か……。フリードリヒにはこの方の後任が務まるのだろうか……。務まりそうにないな……。


「では、私は先行して敵に打撃を与えてきますね」


「アストリッド。シレジアの市民は戦争の先触れを知って避難しており、ほぼ市民の犠牲はありませんでした。ですが、オストライヒ帝国本土の市民はそうではない。あなたは相手が市民でもやれるのですか?」


「もちろん。プルーセン帝国の敵は打ち滅ぼしますよ?」


 何を当たり前のことを。オストライヒ帝国の戦争を支えているのは市民だ。市民がいるからこそ戦争が可能なのだ。その市民が軍隊を攻撃する際にちょいと巻き添えになろうと知ったことではない。


 かつて日本を爆撃した将軍はこう言いました。日本の軍需産業は民間で行われているので都市を焼き払っても構わないと。なので私もその気概で行くとします。


 私もオストライヒ帝国を完膚なきまでに滅ぼした暁にはプルーセン帝国から勲章が貰えたりしてね。


「そうですか……。世の中は理想ではどうにもならないことがあるのですね……」


 お前のは理想というよりお花畑だ。


 さて、私はプルーセン帝国軍がシレジアからオストライヒ帝国軍を叩き出している間に、先にオストライヒ帝国本土に血の雨を降り注がせてきますか!


…………………

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