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悪役令嬢、悪魔になる

…………………


 ──悪役令嬢、悪魔になる



 アントン要塞陥落。


 その意味は、オストライヒ帝国軍がシレジアに援軍を派遣するためのルートをひとつ制圧したということである。つまり、まだシレジアには数万のオストライヒ帝国軍がおり、援軍を派遣するルートを全て潰したわけでもないということだ。


 すなわち、戦争はまだ始まったばかり! これからバリバリ戦火が拡大するぞ!


 いや、全然喜ばしいことじゃない。


 ゲームの展開だとこれからシレジアのオストライヒ帝国軍がプルーセン帝国本土に侵攻を開始して、フリードリヒが心臓に矢を受けたり、アドルフが剣で腕を切断されたり、シルヴィオが落馬して頭を打ったり、血生臭いイベントが目白押しだ。


 まあ、全部エルザ君が治療するんですけどね。


 私はフリードリヒの膝が矢を受けようと、アドルフの首が刎ね飛ばされようと、シルヴィオが馬に轢かれようと一向に構わないのだが、エルザ君やミーネ君たちが悲しんでしまうので、そういうイベントはなしの方向でいきたい。


 とどのつまりは、シレジアにおけるオストライヒ帝国軍を封殺する。


 封殺である。連中がプルーセン帝国本土に攻め込む前に叩きのめす。そうすればメリャリア帝国の介入もないだろう。介入しても勝ち目が薄いことを理解するからね。そして、フリードリヒたちは負傷しない。いいことづくめである。


 さあ、そうと決まれば今日も愉快に楽しく戦争と行きますか。


「じゃあ、行って来るね、ミーネ」


「何をナチュラルに今日も出撃しようとしてるんですの、アストリッド様!」


 私がミーネに挨拶して出かけようとすると全力で止められた。


「私が行かないと戦争が終わらないんだよ! 君の愛するアドルフ様も胴体両断されて、内臓まき散らしながら生き返るよ!」


「な、なんですの……。それは怖いですわ……」


 あれ? 切断されるのって頭だったっけ、足だったっけ?


「ともかく私はこの戦争を終わらせるために行って来るね。なあに、クリスマスまでには戦争は終わるから!」


 というわけで、今日も私は出撃出撃。


「アストリッド様!」


「ん? どーした、エルザ君?」


 私が後方から前線に飛んでいこうとしていた時、エルザ君が救護所からやってきた。


 エルザ君は働きもので、魔力が尽きそうになるまで戦傷者の治療に当たったそうな。よくできた子だな。これならフリードリヒの好感度もめきめき上昇するだろう。


「今日も前線に行かれるのですか?」


「まーね。というか、何故私が前線に行くって知ってるの?」


「噂になってますから」


 どんな噂だろう。戦乙女が現れたとかかな。我ながらそういうのには弱い。


「前線に出られるならフリードリヒ殿下のことをお願いしてもいいですか? フリードリヒ殿下も前線に出ておられて、心配なのです。ここに運ばれてくる戦傷者の方々も全員は治療できずに死んでしまうこともありますから……」


「安心したまえよ、エルザ君。特に問題もなく戦争は終わるよ」


 私が終わらせてくるからねっ!


 しかし、エルザ君もすっかりフリードリヒルートに入ってますな! もうそのままゴールインしちゃいなよ! 私がフリードリヒが矢リードリヒにならないようにしてあげちゃうからさ!


 ……いや、待てよ。エルザ君の好感度稼ぎのためにはフリードリヒが矢リードリヒになって治療される方がいいのではないだろうか。どうせ、主要キャラが死ぬわけがないというメタ思考から行けばそうだ。


 しかし、メタすぎる。そこまでゲーム脳でいくなら、私も苦労しない。


 やはり、フリードリヒが矢リードリヒになるのは避けておこう。


「では、出撃!」


 私は再び空に舞い上がる。


 今日の獲物はどっこかなーっと。


 とりあえず友軍の司令部に行こう。そこで情報を貰ったら即座に敵に向かって突撃だ。そして敵をバラバラにしてくれるぞ。我に敵う敵はなしっ! ローテクなクロスボウ攻撃じゃあ、私を撃ち落とすなんて不可能だぜ! いえいっ!


「こんにちは!」


「わっ! だ、誰か!」


 今日の今日とて急に私が空から現れるのに、兵士が慌てて誰何する。


「聖サタナキア魔道学園の学生です! オルデンブルク公爵家のアストリッドが参ったと言えば通じますよ!」


「う、うむ。待っていろ。今伝えてくるからな。ここを動くなよ」


 デジャヴを感じる流れだが、私は言われたとおりにぼけーっとして待つ。


「アストリッド……」


 すると、何故だかフリードリヒがやってきた。


「また前線に出るつもりですか?」


「ええ。このままだと押し負けますからね。本土防衛戦です」


 私が戦わなかったらオストライヒ帝国軍に押されて、シレジアから叩き出されると同時にメリャリア帝国も介入してきて大変なことになるだろう。それなのに何を言っているんだろうか、この皇子は。


「確かにアントン要塞はあなたの活躍で陥落しましたが、それでも前線とは危険に満ちているものなのですよ?」


「お構いなく」


「お構いなくって……」


 少なくとも矢リードリヒになる可能性のあるお前より安全だよ。


「フリードリヒ殿下!」


 私とフリードリヒがそんなことを話していたとき、司令部らしき場所から軍服の男性が飛び出てきた。誰かと思えばアントン要塞の攻略に当たっていた大将閣下だ。


「どもっ! 今日も手伝いに来ました!」


「それはどうも……ではなく! 学生が度々前線にでるなど! 我々は訓練された軍人としてここにいるのです! 学生は後方で救護活動を行っていなさい!」


 うーん。頭が固いな、このおじじは。この間、アントン要塞を落としたのは私とフェンリルじゃないか。


「それはそうと、敵はどこに?」


「ああ。敵はここから東に15キロメートル先の平原からこちらに向けて進軍中だと騎兵からの偵察で……ではなく! 学生には関係のないことだから、大人しく戦傷者の治療に当たっていなさい!」


 ここから東に15キロメートルか。ひとっ飛びだな。


「じゃあ、行ってきますね。なあに、ちょろっとで終わりますから」


「ま、待ちなさい!」


 待てと言われて待つ馬鹿はいないのだよ! さらばだ、おじじ!


 私は颯爽と上空に飛び上がり、一気に高度を取る。


 ええっと。東に15キロメートル、と。割とすぐだな。


 そう言えば敵の規模を聞き忘れたけど、まあどうにかなるだろう。


 私は鼻歌でも歌いながら、東に向けて飛行する。次いで、双眼鏡(頑張って作った)で前方の様子を確認する。


 いました。いましたよ。敵の大軍勢が!


 敵の規模はかなりの数である。ぱっと見だけでも1万はいそうだ。


 前方を槍兵が進み、後方を魔術師と弓兵が進み、両脇を騎兵が固めている。戦闘陣形ですな。もう会敵することを想定しているようです。我らがプルーセン帝国軍はまだ影も形も見えておりませんのに。


 っていうか、どこだ友軍は! さっきの司令部からここまで飛んできたが、ちっとも姿が見たらないぞ! まさかもうやられているのか!?


「おい! そこの空を飛んでいるの!」


 と、私が匍匐飛行モードでオストライヒ帝国軍に迫っていたとき眼下から声が響いてきた。眼下は林が広がっているのだが、どこからだろうか?


「ここだ! ここ!」


 おっと。見つけましたよ。我らがプルーセン帝国軍を。


「どもっ! オルデンブルク公爵家のアストリッドです!」


「ああ。どうも、赤の悪魔。来てくれて助かった」


 おい。赤の悪魔ってそれ敵が呼んでる名前だろう。味方なら戦乙女とかそういう呼び方しろよな! 私は悪魔じゃないやい!


「敵は見たな?」


「ええ。軽く一個師団はいますね」


「そうだ。それに対してこちらは1個歩兵連隊が守備についているだけだ」


 わー。頼りなーい。


 っていうか軍拡したのにこれかよ! 何を拡張したんだよ! 全然広がってないぞ!


「ほ、本隊は?」


「これが本隊だ。言いたいことは分かる。少なすぎるって言いたいんだろう。実はもっと大勢が動員されているはずなのだが、シレジアには派遣されていなくてな」


「では、どこに?」


「恐らくはオストライヒ帝国とメリャリア帝国との国境だ。中央はメリャリア帝国の介入を警戒しているし、オストライヒ帝国が本土に戦線を拡大することも恐れている。だから、敵の行動を牽制するために部隊は他所に行った」


 分からないでもない発想だが、やっぱり軍拡不十分だったんじゃないかな……。取られたら面子に関わるシレジアに十分な部隊が送れず、敵に戦争の主導権を握られているとか負け戦フラグがビンビンですよ。


 これで軍拡に反対してたフリードリヒとシルヴィオは阿呆だということがはっきりした。もっと大規模に軍拡してないとオストライヒ帝国とメリャリア帝国にいいように搾取されるだけぞ! 私の今後のためにもプルーセン帝国には健在であって欲しいのに!


「まあ、ご安心を。ここには私がいますので!」


「ああ。アントン要塞の件は聞いた。頼りにしてるぞ、赤の悪魔」


 だから、その赤の悪魔呼びはやめてって。戦乙女にしてよ。


「じゃ、行ってきます」


 私は若干の不満を抱えながらも、敵を討つべく空に舞い上がる。


 プルーセン帝国軍の指揮官殿と喋っていたら、敵がよくよく前進している。戦闘陣形を維持したままなので速度こそ遅いが、着実に頼りないプルーセン帝国軍の守備部隊の方に迫っている。


 さて、では一仕事するか。


「ライフル砲!」


 私はライフル砲に魔力を流し、狙いを前方のオストライヒ帝国軍に定める。


「弾種、榴弾! 連続射撃!」


 そして、薙ぐように砲口を動かしながら引き金を絞る。


 放たれる砲弾。炸裂する炎。吹っ飛ぶ敵兵。


「赤の悪魔だ! 赤の悪魔がいるぞ!」


「なんてことだ!」


 敵さんが私のことを悪魔呼ばわりするのはまあ許してあげよう。どうせ死ぬし。


「魔術師! 空にいるあの化け物を撃ち落とせ!」


「無理です! 射程が足りません!」


 そうなのだ。クロスボウの射程は40メートル程度。対する私は数キロ先からでも砲弾が叩き込めるのである。この圧倒的なアウトレンジ戦法によって、敵はなす術もなく壊滅するのである。


 しかし、ちんたらやっていると逃げられるのでここは迅速に始末しよう。


「多連装ロケット砲、展開!」


 いつも通りの口径122ミリ多連装ロケット砲2基を展開。さあ、炎の嵐が吹くぜ!


 で、敵は吹っ飛びました。


 まあ、アウトレンジから大出力の魔術攻撃を次々に叩き込んでいけばこうもなりますよ。相手は全く攻撃が届かないのに、こっちからはどかどか火力を叩き込むわけですからね。これで無事な軍隊がいる方がびっくりです。


「後は退路を断って殲滅するのみーっ!」


 私は多連装ロケット砲にちょっと特殊な砲弾を装填する。


「てーっ!」


 そして、放たれたロケット弾はある程度飛翔すると、空中で弾け、地上に小さな物体をばら撒いた。物体は低高度で落下傘を開いてゆっくりと敵の退路に降下していく。


 ばら撒いたものとは?


 対人地雷である。


 こんなこともあろうかと小型の対人地雷が散布できるようなシステムを作っておいたのだ。空中から地上に散布され、その後一定の圧力が加わるとドカンと炸裂。


 対人地雷は規制がうるさくなった地球では絶滅危惧種ですが、異世界なら使い放題ですよ。それにこの対人地雷、魔力を注げば全ての魔術札が炸裂して無力化されるので、友軍にもフレンドリーな代物。これはもう使うっきゃないね!


「さて、どうなるかな?」


 こうして私は地雷で敵の退路を断ったわけだが、どーなるかな?


 おっとと。地雷が炸裂する音が響いてますよ。敵も大混乱の様子で、慌てて逃げ出そうとしているのに逃げる先では死が待ち構えているわけだから、これはたまったものではない。地獄絵図ですわ。


 ドカン、ズドンと地雷の炸裂する音が響き続ける中、敵の中にはとうとう動けなくなってその場で立ち止まるものも出始めた。指揮官はとうの昔に戦死したのか、もはや軍隊というより烏合の衆である。


「降伏する! 降伏だ!」


 やがて、オストライヒ帝国軍の方から白旗が掲げられて、降伏の意志が示され始めた。とはいっても指揮官がくたばった連中が大半らしいのか、小規模な降伏があちこちでぽつぽつと起きている程度だ。


 これはもうちょっと火力で脅してやるか?


「突撃っ!」


 私がそんなことを考えていたら林に隠れていたプルーセン帝国軍が敵に向けて前進し始めた。今頃ですか感があるが、私が軽快に火力を叩き込んでいるところに飛び込まれても困ったので、これでちょうどいいだろう。残りの仕事はやって貰おう。


 私は血気盛んにオストライヒ帝国軍だったものに突撃していく勇敢なプルーセン帝国軍の中から指揮官の姿を発見すると降下していき、トンと隣に着陸した。


「どーです? 片付きましたよ?」


「ああ。圧倒的だったな。流石は赤の悪魔だ」


「せめて赤の戦乙女にしてください……」


 友軍が無事食らいついたようなので私は散布した地雷を爆破処理しておく。私は環境に優しい魔術師なのだ。これを悪魔呼ばわりとかちょっと酷くないですか?


「いろいろと呼ばれているようだぞ。赤の悪魔、プルーセンの懲罰、轟雷の死神とか」


「敵が言うのはそういうものでしょうね」


 凄いあだ名がついたな。どれも乙女らしさが感じられないのが凄く嫌だが。


「それから竜殺しの魔女という名前も聞いたな……。どうしてそうなったのかはいまいち分からないが。竜にまつわる部隊とでも戦ったか?」


「ど、どーでしょうねー。敵についてはいまいち分かりませんのでー」


 ど、ど、どーしてそのあだ名が!? どこから漏れたの!?


「まあ、支援に感謝する。君がいれば戦争には勝てそうだ」


「もちろん勝ちますとも!」


 勝ってオストライヒ帝国を木っ端みじんにしてやるのだ。将来、起きるかもしれない帝国内戦でオストライヒ帝国が口出しできないように!


 しかし、こののちに前進して来ていたオストライヒ帝国軍の一個師団強の戦力が突如として消滅したことについて報告を求められた件の大将閣下ことおじじは、女学生が飛び回って敵を吹っ飛ばしましたと報告して、また中央から怒られたそうだ。


 流石にちょっと可哀想になってきたよ、おじじ。


…………………

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