悪役令嬢VS要塞
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──悪役令嬢VS要塞
アントン要塞に向けて飛行すること1時間。
途中で遭遇したオストライヒ帝国軍は片っ端から吹き飛ばしておいた。
逃げる奴はオストライヒ帝国軍だ! 逃げない奴は訓練されたオストライヒ帝国軍だ! 本当に戦争は地獄だぜー! ひーはーっ!
と景気よく敵を吹き飛ばして行ったら、私の姿が見えただけで敵が逃げるようになった。もちろん逃がすつもりはなく追撃殲滅を試みたが、ちょっとは取り逃してしまったようだ。私が見えたら逃げろというのが他の部隊にまで徹底されている。
「あ、赤の悪魔だ! 死神が来たぞ!」
「撤退! 撤退!」
あまりにひどいので、何名か捕虜を取ってみたが、捕虜曰く“赤毛の女が空を飛んで来たら即座に撤退するように上級司令部から指示が出ている”とのことであった。ちなみに私のことは赤の悪魔呼ばわりらしい。ひでえ。
「まあ、やるなら徹底的にやってやりますか!」
私はこれからは逃げられないように、遠距離から砲弾を叩き込み、敵の撤退するルートを予測して待ち伏せし、更に砲撃を浴びせ、念入りに機銃掃射までして始末した。もう誰も逃がしませんよ!
この作戦の効果は抜群だ!
敵は撤退が困難になり、1個中隊、1個大隊、1個連隊が次々に蒸発していく。さながら某ウォーシミュレーションで撤退する敵に近接航空支援機が次々と攻撃を仕掛けていくような感じである。面白いように敵が蒸発する。
私が通った道はオストライヒ帝国軍の屍が散乱している。砲撃で吹き飛ばされた死体もあれば、機銃掃射で蜂の巣にされた死体もある。
後でこれを片付ける人は大変だろうな……という感想しか出ないほどに、私の感情はフラットだ。第3種戦闘適合化措置は私から良心を、憐れみを、同情を消し去り、敵は殺すものという価値観だけで行動させている。
完璧だ。最初に研究を始めたときはここまで上手く行くとは思っていなかったが、ここまで殺人を忌避させることなく、機械的に行わせられるとは。これならば戦争が終わってもPTSDになることはなさそうだ。
さて、既に1個師団強は全滅させた頃、私が目指すアントン要塞が近づいてきた。
アントン要塞。
高い城壁がそびえたち、六角形を形成している。実に堅牢そうな建物だ。
内部は長期戦に備えて物資が蓄積されているらしく、いくつもの石造りの建物によって守られている。また兵士の待機所も用意されており、城壁に向かう兵士や負傷して収容される兵士が行き来するのが見えた。
これを野砲もなしに落とすのはかなり難しいだろうと思っていたら、案の定プルーセン帝国軍は要塞を前にして手も足もでないようであり、遠巻きに要塞を包囲し、投石器などが魔術札付きの岩石を放り込んでいる。
だが、その程度の攻撃では要塞は落ちる様子もなく、虚しく爆発音だけが響いている。
しかたない。私が頑張るとするか!
私はプルーセン帝国軍が布陣する付近に向けてゆっくりと降下する。
「だ、誰か!?」
私が空からすーっと降りてきたのにプルーセン帝国軍の歩哨が慌てて誰何する。
「聖サタナキア魔道学園の学生です! 要塞の攻略戦についてお話に来ました!」
「はあ?」
まあ、学生がいきなり要塞の攻略ついて話に来たらこのリアクションですわ。
「まあまあ。オルデンブルク公爵家のアストリッドが参ったと言えば通じますから」
「う、うむ。一応伝えてこよう。ここを動くなよ」
動くなと言われたのでここでぼけーっとしておく。
「アストリッド!?」
ぼけーっとすること20分。何故かフリードリヒが現れた。
「どうしてここに?」
「頑張って」
「え?」
「こう頑張って」
困った時は頑張ってで押す戦法だ。
「いや、私が聞きたいのはここに来た方法ではなく、理由なのですが」
「そりゃあ、要塞を落とすためですよ。他にすることあります?」
何を阿呆なことを言っているのだろうか、この皇子は。目の前に落とせない要塞があるならそれを落とすのが私の仕事だろう。平和ボケ過ぎて頭に本当に花でも咲いて頭の養分を吸われたのだろうか。
「あの要塞をあなたが……?」
「ええ。落としますよ」
私が落とさずして誰があれを落とすというのだ。さっきから全然攻略できてないじゃないか。爆裂の魔術札が無駄にうるさいだけで。
「フリードリヒ殿下! いったいどういうことですか! 学生が前線にいるなど!」
フリードリヒの襲来から暫くたつこと、司令部らしき場所からプルーセン帝国陸軍の軍服を纏った男性が出てきた。肩の階級章は大将の地位を示している。恐らくはこの要塞の攻略に当てられた人物だろう。
「初めまして、閣下。私はアストリッド・ゾフィー・フォン・オルデンブルク。オルデンブルク公爵家の娘です。この度はアントン要塞攻略のお手伝いに参りました」
「は、初めまして。私はこの要塞の攻略任務に当たっているマルクス・フォン・クロージク──ではなく! 学生は後方で支援活動を行わせるのでは!?」
ちっ。なんとなく空気で乗せよう作戦は失敗したか。
「学生! ただちに後方に戻りたまえ! ここは激戦地だ! 危険なのだ!」
「大丈夫です。ここにくるまでに1個師団ほど敵を蒸発させてきましたが、この通り傷ひとつ負っておりませんので」
「1個師団!?」
大将閣下、驚きすぎ。
「何かの冗談かね。そのような情報は──あったな……」
「まさか、アントン要塞救援のために派遣されようとしていたオストライヒ帝国軍を阻止したのは……」
大将閣下とフリードリヒが目を丸くするのに、私はニコリと微笑んでおいた。
「まあ、そういうことですので、勝手にやらせていただきますね。ある程度敵が片付いたらご連絡に参りますので。それでは!」
「ア、アストリッド!?」
いちいち話していても戦争は終わらんのだよ。行動あるのみ!
一応、地上部隊には私が救援に来たと知れたのでフレンドリーファイアを受けることはないだろう。これで撃ってきたら暗殺を疑うぞ。
私がやるのは要塞の攻略!
「ライフル砲!」
私は再び口径120ミリライフル砲を取り出すと、抵抗を続けるアントン要塞に砲口を向けた。狙うのはまずは城壁上部からご機嫌に撃ち返している敵の魔術師部隊。あれだけは脅威になりかねない。
「目標、前方の敵軍! 弾種、対戦車榴弾! 連続射撃!」
相手は城壁の上に乗っていい気になっている。その足場が崩壊したらどういう気分になるのか聞かせて貰おうじゃあないか。
「てーっ!」
私は敵の城壁めがけて対戦車榴弾を叩き込んだ。
使用するのはただの榴弾と違って貫通力の強い対戦車榴弾だ。こいつをまともに食らって無事でいられる城壁があろうか。いやない。
対戦車榴弾は敵の魔術師たちの足元で炸裂し、城壁もろとも魔術師たちを吹き飛ばした。爆発によって飛び散った城壁の破片が殺傷力を持つ武器となり、情け容赦なく魔術師たちを殺傷していく。
「いいね、いいね! ガンガン行こうぜ!」
私は空を飛び回りながら軽快にアントン要塞の城壁に対戦車榴弾を叩き込んでいく。城壁ががらがらと崩壊していき、城壁の崩壊に巻き込まれた兵士たちが地獄の底に叩き込まれていく。
「さて、城壁を片付けたら次は内部の敵の始末だ」
私はそう呟いて一気に高度を落とし、アントン要塞内部に突っ込む。
「ナイスランディング!」
「な、なんだっ!?」
私が敵の兵士を踏みつけて強引に着陸するのにオストライヒ帝国軍の兵士たちがこちらに槍や弓を向けてくる。
「なんだと聞かれたら答えよう。私は諸君に死を与えるものだ。さあ、みんな揃って肉塊になるといいっ!」
私は機関銃を取り出して構えると同時に空間の隙間を広げる。
「ふん。血の臭いと炎の臭い。臓物から滴る汚物の臭い。戦争か。なかなか楽しいことをしているな、我が主人?」
「そうだよ、戦争だ。派手に行こうぜ!」
フェンリルの出現にオストライヒ帝国軍は攻撃することすら忘れて茫然としてしまっている。全く、情けないったらありはしないよ。
「目覚まし時計代わりだ!」
「な、なにっ!?」
私はそんな兵士たちの精神をしゃきっとさせてやるべく、機関銃を掃射した。戦友たちが弾丸に穿たれて倒れていくのに敵の兵士たちの動揺はより大きなものになる。これこそ衝撃と畏怖。ちょっと違うか?
「ひゃっほう! フェンリル! 君も今のうちに暴れまわれ!」
「言われるまでもない!」
私が機関銃から鉛玉を叩き込む横でフェンリルが動いた。
フェンリルは敵の歩兵に突撃するとその肉に食らいつき、敵をトマトソースパスタ──のごときものに変えていく。第3種戦闘適合化措置にはグロ耐性も付けておくべきだったな、と少し後悔する。
「化け物だっ! 化け物が攻めてきやがった!」
「悪魔だ! 悪魔だ! 殺される!」
私が機関銃を振り回し、フェンリルが敵の体を振り回すのに、敵の戦意も振り回されている。もはや、士気はがたがたで、指揮官の指示なしに兵士たちが逃げまどっている。全く、しょうがないな、君たちは。
「化け物とでも、悪魔とでも好きに呼ぶがいい! だが、私は君たちが全滅するまで殺し続けるぞ!」
私はそう告げると同時にロートたちを放つ。
「ロート、ゲルプ。索敵! 敵がいたら教えて!」
「了解です、マスター!」
私の指示にロートたちがふよふよと上空に舞い上がって上空からの視野を提供する。
敵は私たちが暴れている西に向けて押したり、引いたりしている。その周囲を囲むプルーセン帝国軍は状況がまるで把握できていないのか、動く様子はない。ただ、私が要塞に突入するのを確認してくれたのか、投石器は動きを止めている。
「フェンリル! 東に回るよ! 敵を殲滅する!」
「任された、我が主人!」
私はブラッドマジックで増幅された速度で、フェンリルと共にアントン要塞の東に向けて駆ける。そこには壊滅した西に援軍を送ろうとしている敵がいるのだ。そいつらに向けてたっぷりと砲弾と銃弾をお見舞いしなくては。
「来たぞ! 悪魔だ!」
東では西に援軍を送ろうとしていたオストライヒ帝国軍が待ち構えていた。生き残った魔術師たちもいるのか魔術札付きのクロスボウが私たちに向けられている。ちょっとばかり面倒だな。
「第1魔道中隊、てーっ!」
指揮官の号令で一斉に私とフェンリルに向けてクロスボウの矢が降り注ぐ。
「障壁!」
だが、私には奥の手がある。障壁だ。
ジャバウォックの素材で作った指輪が私の魔力を受けて輝き、前方に見えない壁を形成した。クロスボウの矢はそこに向けて突っ込んでくる。
そして、矢に付けられていた魔術札が炸裂。
「やったか!」
オストライヒ帝国軍の兵士が歓喜の声を上げるのが聞こえる。
「そういうセリフはきっちりとトドメを刺してからいうものだよ、諸君?」
私とフェンリルは無傷だ。私にもフェンリルにも見えない盾がある。
「なあっ!? そんな馬鹿な!」
「撃ち続けろ! ただのまぐれだ!」
見通しの甘い指揮官だことで。
「ライフル砲!」
私は再び口径120ミリライフル砲を取り出す。
「軽快に死にたまえよ!」
私は狙いを定めて引き金を絞る。
弾種は榴弾。命中した端から兵士たちが吹っ飛んでいく。一部は抵抗しようとしていたが、フェンリルの顎に捉えられて食い殺された。
もはや、私たちを遮るものは何もなく、ただただ殺戮があるのみ。
戦争って虚しいな。やっぱり兵器は使って楽しむものではなく、平和の中で眺めて愛でるものなんだな……。
「どういう腑抜けた顔をしている。敵は逃げ散ったぞ」
「残りの仕事は友軍にやって貰いましょう。ということで、フェンリル、ハウス」
「つまらんな」
フェンリルは文句を言いながらも、空間の隙間に戻ってくれた。
「さて、我らがプルーセン帝国軍はようやく動き始めたか」
上空を飛行するロートたちの視界からは遠巻きに包囲していたプルーセン帝国軍はおっかなびっくり前進しているのが映っている。私も敵と誤認されないうちに合流することにしよう。
というわけで、テイクオフ!
……その後、突如として飛び上がってきた私にびっくりした友軍に攻撃されそうになりながらも無事に友軍と合流。
「とりあえず、要塞は落としました!」
「ど、どうやって?」
「頑張って」
「え?」
「こう頑張って」
件の大将閣下はプルーセン帝国軍を長らく足止めしていたアントン要塞が、女学生が頑張ったら落ちましたと素直に報告書に書いて、中央から随分と怒られたそうな。
そりゃそうだ。
…………………