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悪役令嬢、戦場へ

…………………


 ──悪役令嬢、戦場へ



「号外! 号外! オストライヒ帝国がシレジアに侵攻したぞ!」


 シレジア戦争がついに勃発した。


 正直、ようやくかという感じだ。戦争になることはとうの昔から分かっていたので、早いところ始めて、早いところ終わらせてしまいたい。


 今のところメリャリア帝国とフランク王国は静観。恐らくオストライヒ帝国が優位に立ったら、メリャリア帝国も戦争に介入することになっているのだろう。卑しいハゲワシどもである。


 私たち聖サタナキア魔道学園の学生で招集に応じたものたちは、馬車でごとごとと揺られてシレジア付近に展開するプルーセン帝国軍と合流した。プルーセン帝国軍と言っても皇帝直属の兵士は1個師団と数個騎士団で、残りは諸侯軍だ。


 まあ、そこら辺の事情はオストライヒ帝国も同じだろう。この世界はまだ本格的な国民軍を作るには至っていないのだから。


「帝国のために集った諸君!」


 私たちが到着するととりあえず整列し、指揮官である陸軍大佐が演説する。


「今や我らが祖国プルーセン帝国は危機に瀕している! 敵はシレジアを奪った! その次はライヒ全体を握ろうとするだろう! プルーセン帝国によるライヒの秩序が脅かされているのである!」


 はあ、そうですか。


 いつの間にプルーセン帝国がライヒの秩序を担っていたかは知らないが、だったらシレジアの防衛態勢ぐらいきちんと整えておいて欲しかったものである。もうシレジア取られてるじゃないか。やる気のない軍隊だな。


 傭兵が主体の諸侯軍が常に動員できるものでないにしろ、常備軍の配置ぐらいシレジアに向けててもよかったんじゃない?


「若者たちよ! 祖国プルーセン帝国のために立ち上がった若者たちよ! 今こそオストライヒ帝国による秩序の破壊を阻止し、シレジアを奪還するのだ! シレジアは我らのもの! 何人たりともそれを乱させるわけにはいかん!」


「おーっ!」


 おーっ! とりあえずオストライヒ帝国の連中を吹っ飛ばそう。そうしよう。


「では、諸君は命令あるまでここで待機しておくように」


 そして私たちは天幕に通された。


「これからどうなるのでしょうか、アストリッド様?」


「んー。命令があるまで待機ってことだけど、戦闘が始まって死傷者がでるまでは待機だと思うよ。私たちは衛生兵要員としか思われてないみたいだし」


 男子は早速命令を受けて後方警備に向かったが、女子は置き去りである。恐らく女子は衛生兵としか思われていないのだろう。


「これでいいのでしょうか?」


「私的にはよくないね。私は戦うためにここに来たんであって、暇つぶしに来たわけじゃないんだから。なので、私はしばらくしたらちょっと勝手にやらせて貰うとするよ」


「勝手に……?」


 私はオストライヒ帝国の連中を葬り去るためにここに来たのだ。のんびりと戦傷者がでるまで待っているつもりはない。いや、戦傷者が出るまでは待たなければならないが、それ以上待つつもりはない。


「ゲルプ。報告!」


『対象Eは救護所の設置作業中!』


「ロート。報告!」


『対象Fは前線指揮官と会話中!』


 ふむふむ。平民であるエルザ君と皇族であるフリードリヒは既に働かされているようだ。フリードリヒはこれから部隊を指揮して戦うはずであるし、エルザ君はこれから何十名という戦傷者を治療するはずだ。


「ブラウ。報告!」


『ぜ、前線では戦闘が始まってるです! あわわわ……』


 おっと。ようやく始めたのか。遅いな。


「ゲルプ、ロート、ブラウ。撤収!」


『了解!』


 私は偵察に出していた妖精たちを呼び戻す。


「怪我人だ! 怪我人を連れてきたぞ!」


 天幕の外で兵士たちの声が響く。


 私が天幕の外を覗くと、引き摺られるようにして運ばれてきた戦傷者たちがエルザ君たちの設置した救護所に運び込まれていた。悲鳴と呻き声、そして怒号が救護所からは響いてくる。これが戦争の音って奴か。


「んじゃ、私は行って来るね」


「ど、どこに行くのですか、アストリッド様!」


 私がひらひらと手を振るのにミーネ君が血相を変えて慌てふためいた。


「そりゃあ、戦争に来たんだから戦場にいかないとね。指揮官の人には戦場に向かったって伝えておいて!」


「アストリッド様ー!?」


 どうせ正規の指揮系統には組み込まれていないのだし、怪我人が運ばれてきてもお呼ばれしないということは本格的に置物にする気である。ならば、こっちは勝手に戦争をやらせていただきましょう。


「おじさん! おじさんはどこの部隊?」


「あ? 俺はハルデンベルク候軍第1歩兵連隊だ。お嬢さんがここで何をしてる?」


「戦争をしに来ました」


 ハルデンベルク候軍第1歩兵連隊、と。


「ちょっと軍服の上着貸してください」


「え、え?」


 私はおじさんから軍服をはぎ取る。ぬぎぬぎ。


「じゃあ、おじさんはお疲れのようなので、私が代わりに戦ってきますね」


「お、おい。それはどういう……」


 私は困惑するおじさんを置いて軍服を羽織り、04式飛行ユニットを展開すると、一気に高空へと舞い上がった。


 これからやることはひとつ。


 戦争だ。


…………………


…………………


 シレジア。


 緩やかな山岳地帯が半分を占める土地。


 ここは以前からプルーセン帝国とオストライヒ帝国の間で奪い合いが続いていた。


 そして今、再びシレジアを巡ってプルーセン帝国とオストライヒ帝国が衝突している。この土地の領有のみならず、ライヒ全体の主導権を巡った争いだ。ここで勝者となったものが、ライヒの主導権を握るのだ。


 まあ、そんなことはどうでもいい。政治家の話だ。私には関係ない。


 私に関係するのはオストライヒ帝国を木っ端みじんにしてやることである。来たるべき帝国内戦において国外勢力が口出ししないように!


 私は04式飛行ユニットでゆったりと空を飛行すると、前線に向かった。


 前線には遠くからでも魔術攻撃の様子が窺える。噴煙と炎が舞い上がり、空気を揺さぶる爆裂の音が響く。前線は相当愉快なことになっているのだろう。


 おっと。眼下に移動中の味方部隊が見えたぞ。


 空を飛んでいる私には気付いていないようだ。まあ、この世界で空を飛ぶのは基本的に魔獣だからな。人間が空を飛んでいるとは思いもするまいよ。


 で、前線に到着。


「第3魔道中隊、てっー!」


 魔術師部隊は相変わらずのクロスボウと魔術札戦術である。直接的な効果は薄くとも、相手の動きを制限することぐらいはできるようだ。


 しかし、それではぬるい。私が本当の火力というものを教えてやる!


「ライフル砲!」


 私は空間の隙間から口径120ミリライフル砲を取り出して構える。


「目標、前方の敵軍! 弾種、榴弾! 連続射撃!」


 私は前方のオストライヒ帝国軍に向けて、榴弾を叩き込んだ。


 着弾!


 おお。面白いように人が吹っ飛ぶ。流石はイギリスの誇る戦車砲だ。クロスボウなんかと比べたら射程も精度も段違いだぜ。


 この調子でばかすか叩き込んでやろう。目標は敵の魔術師だ。魔術師を無力化したら、次は歩兵を狙ってやるぞ。軍の偉い人は言っていた。自分の脅威になるものから排除せよと。なので歩兵も弓兵から排除だ。


 自分に攻撃が飛んでこない環境を作りだせば一方的にタコ殴りって寸法さ。


「というわけで、てーっ!」


 私は榴弾の雨をオストライヒ帝国軍の魔術師部隊に向けて放ちまくる。


 うーん。いろいろと吹っ飛んでいて素晴らしいのだが、いまいち火力が足りない気がしてならない。やはり、数千、数万と敵が蠢く戦場を最大5発の火砲で乗り切るのは無理があるというものか。


「ではっ!」


 こんなこともあろうかと私はちゃんと準備しているのである。


「多連装ロケット砲、展開!」


 私の04式飛行ユニットに付随する形で装着されたのはふたつの40連装ロケット砲である。口径は122ミリ。かつてソビエト連邦が使用していたものとほぼ同じタイプである。


 この手の間接砲撃装備は魔術の都合上修正射撃ができないので躊躇ってきたが、間接砲撃せずに直接砲撃すればいいのだと気づいて準備してみた。多連装ロケット砲の直接射撃とか我ながら頭のおかしい作戦である。


 まあ、当たればいいのだ。ということで──。


「全砲門、フルファイア!」


 私はオストライヒ帝国軍の戦列をなぞるようにして砲口を動かしながら、口径120ミリライフル砲と多連装ロケット砲の砲弾を叩き込んでいく。


 おお。おお。凄く敵が吹っ飛ぶ。面白いように吹っ飛ぶ。これは凄い。


 オストライヒ帝国軍に降りかかりますは85発の砲弾。それが凄まじい勢いで炸裂しながら魔術師も歩兵も吹っ飛ばしていく。戦列には噴煙が立ち込め、炎が立ち上り、さながら地獄の蓋を開けたような様相となった。


 戦争は本当に地獄だぜー!


「まだまだー! 次弾装填!」


 ふふふ。砲弾は数十万発と作ってあるので、いくらでも叩き込めます。弾切れを期待していたなら残念だったな!


「おらおら! くったばれー!」


 薙ぐように撃つべし、撃つべし。とにかく砲弾の雨を降らせて、敵を叩きのめしてやるべし。オストライヒ帝国滅ぶべし。


 第3種戦闘適合化措置状態の私には慈悲などない。相手を憐れむ感情など持ち合わせてはおらぬ。よって容赦なく殺してやる。君たちが生きて祖国に帰ることはないのだよ!


「次弾装填!」


 砲撃。


「次弾そーてん!」


 砲撃。


「次弾そーてん!」


 砲撃。


 数百発の砲弾を叩き込んだのちに私がオストライヒ帝国軍の戦列を眺めると、敵軍は完全に叩きのめされているのが分かった。もはや動くものはなく、軍旗が虚しく地面ではためいているだけだ。


「はい、勝利! 勝った!」


 超イージーモードである。我ながら大人げない。


「お、おい。あれはなんだ?」


「空を飛んでいるぞ。何者だ……?」


 私が勝利の余韻に酔いしれていると、下の方が騒がしいのが分かった。まあ、これだけばかすかやっていたら、流石に気づきますか。


 このまま飛び去ってもいいんだが、それではただの不審者なので事情を説明するために地上に降下する。下の方では私が降下してきたのに悲鳴が上がっている。私は勝利の女神なのにどーいうことだい。


「ども! ハルデンベルク候軍第1歩兵連隊から派遣された魔術師です! 敵は蹴散らしてやったので心置きなく前進してください!」


「ど、どうも」


 私がハルデンベルク候軍第1歩兵連隊の軍服を羽織ったまま告げるのに、ここの戦線の指揮官らしき人がうろたえ気味に頷いて見せる。


「ちなみに、他に戦ってる戦線ってあります?」


「アントン要塞の攻略に手間がかかっていると聞いているが……」


 私が尋ねるのに、指揮官殿が地図を広げて一点を指さした。


 アントン要塞か。完全にオストライヒ帝国領だな。プルーセン帝国軍は敵の策源地を潰してから、侵攻軍を叩こうって気なのかな?


「じゃあ、私はそこに行って来るので、皆さんの健闘を祈りますね!」


「あ、ああ。健闘を祈る」


 よし。情報はゲットした。後はアントン要塞に向けて飛行するだけである。


 敵に出会ったら手当たり次第に吹き飛ばしながら、軽快に前進していこう!


…………………

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