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悪役令嬢とつかの間の平和

…………………


 ──悪役令嬢とつかの間の平和



 シレジアに火が付くまで残り数ヶ月となった。


 世の中は完全に戦争に備えている。戦意高揚のために軍隊がパレードをして回り、店舗などでは国旗が多く売られている。愛国心など欠片もない私だが、こうも周りが愛国心をアピールしだすとちょっと引く。


「お姉様。お姉様も戦場に向かわれるのですか……?」


 いつもように円卓でブラウたちと一緒にお菓子をつまんでいたら、イリスが心配そうな顔をして私の方を見てきた。


「まあ、そうなるんじゃないかな。祖国の危機だからね。私も公爵家の娘として頑張らないといけないよね」


「そんな。お姉様まで戦争に行く必要はないのではないですか?」


 イリスがうるうると私を見てくるが、私は戦争に行かねばならないのだ。


 原作のアストリッドは多分さぼってただろうけど、私は帝国内戦を控えており、国外勢力は可能な限り叩き潰しておきたいのだ。帝国内戦やってるときにオストライヒ帝国が出しゃばってきたら邪魔だし。


 周辺の安全を確保してから、心置きなく帝国内戦! 私は勝利して、領地でぬくぬくと暮らすのである! ……いや、結婚しないとダメか。一応は公爵家の長女だしな。変なところに嫁に出されないといいけれど。


「アストリッド。あなたは戦争に行くつもりなのですか?」


「え、ええ。招集には応じるつもりですが」


 ここで何故かフリードリヒがしゃしゃり出てくる。イリスと喋ってるんだから、お前は引っ込んでろよ。


「招集、ですか。高等部の学生を招集するのはどうかと思っているのです。私のような皇族であるならば戦地に向かうのも義務でしょうが、そうでないもの──まだ子供に過ぎないものたちを招集して戦地に送るのはどうかと」


 まあ、学徒出陣とかやってたら末期感あるのは分かるぞ。


 だが、私にはオストライヒ帝国を叩きのめさなければならない義務がある!


 それにお前の彼女のエルザ君だって衛生兵としていく気満々だろう。


「フリードリヒ。例の話ですか?」


「ええ。アストリッドも招集に応じると」


「そうですか……」


 ここで何故かシルヴィオまでしゃしゃり出てくる、なんだか面倒くさいことになりそうだから、早急にいなくなって欲しい。


「僕は学生の動員には反対なのです。愛国心を煽るためでしょうが、得られるものと失うものを比較すれば、失うものの方が多い。将来有望な魔術師になるはずだったものを、戦場で消耗してしまうなど帝国にとって損でしかありません」


「そうですか」


 まあ、お花畑組は反対すると思ってたよ。君たちはラブ&ピースを謳って、マリファナでも吸ってればいいんじゃないかな。きっと綺麗なお花畑が見れるぞ。


「父にも反対だという意見は述べているのですが、聞き入れてもらえる様子はありません。このままでは本当に学生を招集することになるでしょう。帝国にとって不利益な結果になりかねないというのに」


「宰相閣下はそれなりに責任のある立場にあられるので、そうそう簡単に意見を翻すことはできないのではないですか?」


 まだ学生の自分の息子の意見を聞いて宰相が意見変えてたらそれはそれで問題だぞ。自分がまだ学生に過ぎないというのを分かっているのだろうか、この人は。


「それもそうですが、それにしても父の判断は間違っている。戦争を回避しようとしないどころか、愛国心などのために学生を動員するなど」


「そうですか」


 私はちっとも愛国心はないけれど、殺意と敵意だけはたんまりとあるぞ。オストライヒ帝国滅ぶべし。慈悲はない。


「あ、まさかフリードリヒ殿下は皇帝陛下に何かおっしゃられてはいませんよね?」


「私も父上には学生を動員するのは不利益な結果をもたらすとは言っています。皇族である自分ならば動員に応じるが、級友たちを動員しないで貰いたいと。シルヴィオと同じで聞き入れて貰える様子はありませんが」


 何やってんだ、お前はー! 阿呆か―!


 下手に皇帝陛下の機嫌を損ねたら、エルザ君と付き合えなくなるだろー! ここは我慢して機嫌取っておけよー! この大馬鹿者がーっ!


「で、ですが、エルザ君も招集に応じるつもりのようでしたよ? やはりここは祖国が一致団結して国難に立ち向かうのが正しい在り方かと。貴族でもないエルザ君が帝国臣民のために戦うのですから」


「ああ。エルザ嬢もそう言っていましたね。少しでも力になりたい、と。私としても彼女の思いを無下にしたくはないのですが、やはり学生を動員するのは……」


 彼女がいいって言ってるんだから、そこはオーケーしておけよ!


「ア、アドルフ様はどう思われます?」


 私は好戦的そうなアドルフに話題を振った。


「ああ。別に構わないんじゃないか。招集に応じるかどうかは選択肢があるわけだからな。臆病者なら招集に応じなければいいだけだ。または自分が戦場で役立てることがないと思っているならば拒否すればいい」


「アドルフ。選択肢などあるようでないようなものです。子供が招集に応じなかった家は名誉を失ったと考えるでしょう。そうなればどの家の子息子女も招集に応じざるを得なくなるのですよ」


 アドルフがブラッドマジックの本を読みながら告げるのに、シルヴィオが珍しく噛みついた。この仲良し3人組が意見が一致しないというのも珍しい話だ。


「アストリッド嬢も家の名誉のために招集に応じるのではないですか?」


「い、いやあ。自主的なものですよ。アドルフ様のおっしゃるように役に立たないと思ったら拒否してますし。私の友達でも応じないという子は何名かいますよ。はい」


 ミーネ君たちは能力がないということで招集に応じるつもりはないようだ。まあ、女の子だからね。男子とは事情がまた違うんだろうけど。


「アドルフが言うように本当に自分たちで決められることならばいいのですが」


 フリードリヒがそんなことを言う。


 実際のところ、学生を招集したところでそうそう役に立つとは思えない。だから、招集されても後方配置が続くだろう。我こそはと名乗りを上げて、結局戦場で戦うことはなかったとがっくりする学生の方が多そうだが。


 まあ、私はバリバリ前線に出るつもりですけどね。


「おふたりとも。これが愛国心を煽るための動員であるならば、学生から戦死者がでることは皇帝陛下方の望むことではないはずです。学生から戦死者が出たら、その家は招集を実行した皇帝陛下方に反感を抱くわけですからね」


「ふむ。それも一理ありますね。では、動員した学生はどこに?」


「後方の安全な場所で戦傷者たちの治療などをやるのではないでしょうか。少なくともよほどのことがない限り、最前線には配置されないかと思います」


 エルザ君もゲーム中では後方で衛生兵してたし、学生のすることなんてそんなものだろう。しかし、フリードリヒ、アドルフ、シルヴィオの3人は結構前線に出るんだよな。


「なので、心配することはありません。本当に学生が動員されるような状況になったら、それは帝国が戦争に負けるときですから」


 私はニコッと笑ってそう告げておいた。


「アストリッド嬢の言うことも確かですが、やはりここは……」


「後方が絶対に安全だという保障もないわけですからね……」


 フリードリヒとシルヴィオがふたりで勝手に喋り始めた。


 まあ、フリードリヒの気持ちも分からんでもない。恋人のエルザ君が戦地に向かうのならば、安全な場所にいて欲しいと思うことだろう。そういう点はフリードリヒとエルザ君の仲が進んでいるようで何よりだ。


「アストリッド先輩もシレジアに?」


「まあね。私も祖国のためにお役に立ってくるよ」


 次はディートリヒ君が心配そうに声をかけてきた。


「自分も高等部の学生だったら、招集に応じたのですが……。中等部の学生は招集されていませんからね……」


「そんなこと気にしなくてもいいよ。中等部の子まで動員し始めたら末期だから」


 ディートリヒ君は戦いたい派か。なよなよではないな。だが、気が早すぎる。その気合いをあっちのなよなよ男子たちにわけてやって欲しい。


「アストリッド先輩。必ず生きて帰ってきてくださいね」


「もちろんだとも」


 そういうのは微妙にフラグになるからやめて。


「お姉様。どうしても行かれるのですか? お姉様が行かれずとも戦争には勝てるのではないですか?」


「うーん。そうであることを祈りたいんだけどねー」


 いまいち危なっかしいからな、この国。


 ちょっといじめ騒ぎがあったくらいで大貴族で重鎮の家を取り潰すとかやっちゃうわけだし、戦争や外交でもへましそうなイメージがあるのだ。


「まあ、サクッと終わらせてくるから安心してよ! クリスマスまでには終わる!」


 という絶大なフラグを立てておいて、私は円卓を後にしたのだった。


…………………


…………………


 放課後。真・魔術研究部の部室にて。


「というわけで、私は招集に応じてシレジアにいくつもりだから」


 私はミーネ君たちにそう告げておく。


「そんな。アストリッド様が行かれずとも……」


「そうですわ。お考え直しください」


 ミーネ君たちはどうやら私が出陣するのに反対なようだ。


 ミーネ君たちは能力不足ということで学園に居残るグループだ。今のところ招集に応じる学生は男子ばかりで、女子で招集に応じると聞いたのは数名である。なので、ここではミーネ君たちが多数派だ。


「いいや。私は祖国のために役立ってくるよ。なあに、オストライヒ帝国ぐらい私に掛かれば赤子の手を捻るようなものだから!」


「確かにアストリッド様は魔術の才能があられますが……」


 なんだか心配そうだ。まあ、戦争にいくなら普通は心配するか。


「戦闘適合化措置も完成したし、もう私に敵はいないよ。圧倒的火力でオストライヒ帝国の連中の顔を青ざめさせてやろう。私が通った後には屍しか残らないってね!」


 無理やり心配するミーネ君たちを安心させようとしたが、部室は沈んだままだ。


「……私もいきますわ」


「へ?」


 ミーネ君がそう告げるのに、私が何のことやらとぽかんとする。


「アストリッド様だけを戦争に送って、自分たちはのうのうと後方にいるなんてことはできませんわ。私もアストリッド様と一緒に戦場に参ります!」


「ええー……」


 困った。ミーネ君が変なベクトルでやる気を出してしまった。


「でも、ミーネは戦えないでしょう?」


「それでも治癒のブラッドマジックくらいは使えますわ。アドルフ様も招集に応じられるとのことでしたし、ここは私も招集に応じて、アドルフ様やアストリッド様に万が一のことがあったら、対応できるようにしておきます!」


 ミーネ君も衛生兵志望か。まあ、衛生兵ならなんとかなるんじゃないかな。


「分かった! じゃあ、ミーネも参加ね! 一緒に頑張ろう!」


「頑張りましょう!」


 こうしてミーネ君も一緒に戦争に行くことになった。大丈夫かな。


「アストリッド様もミーネ様も勇気があられるのですね……」


「私もシルヴィオ様が心配ですが、戦地に向かうのは無理ですわ……」


 ロッテ君、安心したまえ。シルヴィオも後方勤務だ。


「それでは我らが帝国の勝利を願って! 乾杯!」


「アストリッド様。紅茶では乾杯しませんわ」


 私が杯を掲げるのにサンドラ君が突っ込んだ。


 ここは乗って欲しかったんだけどな……。


…………………

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