悪役令嬢、空を飛ぶ
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──悪役令嬢、空を飛ぶ
「ほう。狩りにいかれて妖精と契約されたのですか」
お父様の好感度稼ぎが成功した狩りの日から2日後、ヴォルフ先生がまた家庭教師に屋敷に来てくださった。
ヴォルフ先生は私がゲットした妖精に興味津々だ。
「ええ。成り行きで。ブラウちゃんって言うんです」
「ブラウです! 初めまして!」
ブラウは私の肩からふよふよとヴォルフ先生の前まで行って挨拶する。
ブラウはほとんど私の傍を離れずについて回っている。まあ、女の子なのでトイレの時以外は一緒だ。お風呂にも入れてあげたが、溺れて死にそうになっていた。妖精は水に弱いのだろうか。
「ヴォルフ先生。ところで、妖精って何の役に立つんですか? この子、別段役に立つ気配がないんですけれど……」
「酷い!」
酷いって事実じゃないか。
ブラウは人の周りをふよふよ飛び回るだけで、これといって役に立つ気配はない。ごく潰しと言いたいところだが、妖精は特に何も食べないので何も潰していない。本当に何もしてないな、この子。
「ふむ。この妖精のエレメントは風ですね。ならば、風に関わる魔術の行使の際にかかる魔力が軽減されます。また、風の魔術の行使がより緻密に行えるようにも。これが妖精の恩恵と呼ばれるものですね」
ヴォルフ先生曰く、妖精は精霊と仲が良く。人間が魔術を行使する際には精霊の力を借りやすくしてくれるそうである。それを人々は妖精の恩恵と呼び、一人前の魔術師ならば何らかの妖精と契約しておくことは当たり前に近いとか。
「ヴォルフ先生も妖精と契約してるんですか?」
「ええ。私のはロッティと言います。おいで、ロッティ」
ヴォルフ先生が胸ポケットを叩くと、のそのそと眠たげな眼をした妖精が這い出してきた。短い金髪に金色の目をした妖精だ。ブラウと同じようなファンシーなドレスに身を包んでいるが、見るからにやる気がない。
「凄く眠そうな妖精さんですね……」
「ロッティは夜型なんですよ。司っているエレメントは火です。彼女の火の力のおかげで、いろいろと便利に暮らしていますよ。夜の研究でも明かりを消し忘れることはないし、冬の寒い日に暖炉の炎を灯しておくのも問題ありません」
うーん。ちょっと地味な効果かな? あると便利って感じだ。
「魔術の自動制御って感じですか?」
「ええ。ある程度のことを頼んでおけば代わりにやってくれたりもします。それから、自分が操る魔術の制御も助けてくれます。アストリッド様はどこまで魔術を行使しても安全か分からないので、妖精が安全装置になるといいですね」
そう考えると、いろいろと便利そうだな。
「ブラウちゃんがやれるのは風の魔術の制御だけですか?」
「ええ。妖精には精霊との相性がありますから。基本的にひとつのエレメントしか操れないということになっています」
うーん。風だけだとやれることが限られるなー。
風を使った魔術、魔術、魔術。
「あっ! そうだ! ふたつ思いついた!」
全自動魔術行使ができるなら、ふたつぐらい私のやりたかったことができるぞ。
「その前にヴォルフ先生。妖精さんって何体も契約できないんですか?」
「難しいですね。出来ないことはないかと思いますが、妖精と言うのは基本的に人見知りな性格をしていて、あまり人前に姿を見せませんし、契約する人物を選びますから」
「ブラウはマスターじゃないと契約しなかったですよ!」
うーん。妖精はコミュ障の引きこもりなのか。面倒くさいな。
「それなら妖精はおいおい“捕まえて”行きたいと思います。それより、ひとつ凄い発見をしたのでヴォルフ先生に見ていて欲しいんですが、いいですか?」
「つ、捕まえ……? それはそうと、凄い発見というのは例の魔力制御の容易な金属ということについてでしょうか?」
「いいえ。別のことです。先生は万が一の場合に備えてブラッドマジックの準備を願います。身体回復が必要になるかもしれませんから」
よしよし。私は前々からやりたかったことがあるのだ。ずっと思い浮かべていたが、風の魔術の制御が難しいことから諦めかけていたけれど、ブラウの自動制御があればやれるかもしれない。
「土の精霊、よろしくお願いします!」
私は何度も、何度も見た軍事雑誌の写真と基地祭りで見たあの姿を思い浮かべ、イメージとして固めて、土の精霊ノームおじさんがそれを安全なように調整し、そしてそれが目の前の現実として現れる。
「完成っ!」
現れたのは主翼2枚、尾翼2枚、垂直尾翼2枚の計6つの翼とふたつのエンジンを持った機械。
そう、飛行機の部品だ!
……実際の飛行機よりちんまりとコンパクトで、それも翼とほぼがらんどうのエンジンだけしかないのは、これは背負って使うものだからです。名付けてアストリッド式飛行ユニット。または04式飛行ユニットである。
「アストリッド様。それはどう使うものなのですか?」
「こう使うんです!」
私は風の精霊に働きかける。背中のエンジンの空気を回転させ圧縮し、圧縮し続け、その圧縮された空気を──。
「火の精霊、点火!」
そして、ここで火の精霊を使い、一気に圧縮した空気をあらんかぎりに加熱する。
そうすれば!
高温高圧のガスが発生! そのガスは推進力となり、この私を──。
「おーっ!」
「おおっ!?」
私とヴォルフ先生の両方が驚きの声を上げる。
宙に浮いた! 浮いたぞ!
「ジェットエンジンって魔術で再現できるっ!」
私は宙に浮きながら歓声を上げると、ぐっと拳を握り締めた。
ジェットエンジンの仕組みはある意味では簡単。
コンプレッサーという扇風機のお化けで空気を圧縮し、その圧縮した空気を燃料の燃焼で加熱し、それで生じた高熱&高圧のガスを排気流として吐き出して推進力とするのだ。このようにシンプルだからこそ、お馬鹿な私でも覚えていられた。
「ブラウちゃん。今のエンジンの仕組みを覚えた?」
「覚えましたですよ! 再現できるです!」
よし、空気を回転させて圧縮する作業も制御は簡単じゃない。これを任せることができるならば、かなり楽になる。で、その余った分の処理量で、機体の操作が行えるというわけである。
「じゃあ、いっくよー!」
私は魔術エンジンを全力で回転させ、体を水平に傾けると一気に飛翔した。
ああ。全身に降りかかる風が風のエレメンタルマジックを使って軽減してもなかなかだけど、私は空を飛んでるぞ。本当は戦闘機そのものを作ってみたかったけど、流石にそこまでメカニックなことはできないし、今の私にはこれが限界だ。
だけれど、空を飛べるというアドバンテージは今後の予想される“運命との対決”において大いに有利になる。空から銃弾、砲弾、航空爆弾を降り注がせてやれば、敵はあっという間に殲滅だっ!
私は思う存分、空を飛ぶ。しかし、あまりに急旋回とか激しい空中戦闘機動を行うと重力加速度がきついから、やれることは限られる。だが、この速度と高度なら呼吸も苦しくないし、飛行する分にはまるで問題ないね。
さて、そろそろ着陸しないとヴォルフ先生が心配するかな。
私は着陸に適した開けた地形を探し出すと、着陸態勢に入る。
高度をゆっくりと低下させ、速度を落としていき、フラップを降ろせば着陸態勢は完了。後はブラッドマジックを脚部に使い、機首上げ──というか頭と上半身を上げて空気抵抗を大きくする。
そして、着陸!
これまでのスピードを発散させるようにして、牧場傍の草原を一気に走り抜ければ、速度は落ちていき、ちょうど離陸した地点に到達した。ビンゴだ。
「どうですか、ヴォルフ先生! 空を飛びましたよ!」
「え、ええ。飛びましたね。かなり飛んでましたね」
ヴォルフ先生は唖然とした表情で私の方を見ていた。
「そ、その魔術はアストリッド様が考えられたのですか?」
「まあ、そんなところです」
本当は軍事雑誌に載ってた“馬鹿でも分かるジェットエンジンの仕組み”って記事のおかげだけれどもね。
「凄いですね。この魔術のメカニズムを記すだけでも、学園で博士号が取れますよ。しかし、危ないのでこれからはなるべく控えてくださいね? もし、あの速度で鳥とかにぶつかったりしたら大けがをしますよ?」
「ああ。バードストライクも考えなければいけなかったんですね……」
確かにあの速度で鳥と衝突した日には目も当てられない事態に……。
「それにもしあの高さから落ちたりなどしては……」
「それならパラシュートが必要ですね。でも、パラシュートってどうやって作ればいいんだろう……?」
「さ、さあ……」
緊急離脱用にパラシュートのひとつでも準備しておくべきだろうが、パラシュートって布だから精霊さんには作って貰えないし、自分で縫うにしてもどういう形状にすれば適切なのか分からないしなあ……。
「ああ。それはそうといい忘れましたが、物質中の魔力制御について発展があったようですよ。なんでもこの鉱物を含む金属は比較的物質中の魔力制御が楽になるとか。論文で使用した真水では500分の1でしたが、この金属の内部では50分の1だとか」
「おおっ! これですね!」
ヴォルフ先生が取り出したのは銀色の物質だったが、銀ではない。
「ありがとうございます、ヴォルフ先生! 試してみます!」
「ええ。上手くいくといいですね。それはそうとさっきの驚くべき飛行を実現した魔術はどうやって……?」
うーん。それをヴォルフ先生に教えちゃうと私のアドバンテージがなあ。
「私が博士号の論文に書くまで待っててください♪」
私はそう言ってごまかしておいた。
「また、やりよったようだな」
「あっ。ノームのおじさん!」
私たちが話しているとノームのおじさんが渋い表情で姿を見せた。
「お前さんのイメージから何に使う道具かは分かっていたが、まさか実際にあれを使って見せるとは。それも驚くような速度ではないか。あれはこの世のものとは思えんものであるぞ」
「えへへ」
「褒めてはおらん」
あれ? 褒めてくれたんじゃないのか?
「あれも世界の──」
「バランス・オブ・パワーを崩す恐れがある?」
空を飛べたら確かに戦争は変わるよね。けど、私の銃火器とセットにして運用しないと、クロスボウ程度の武器じゃあ風に流されてまるで当たらないぞ。
でも、航空偵察ができるようになったり、航空爆弾代わりに油を撒いて火をつけるとかしたら、私の飛行技術だけでもバランス・オブ・パワーが崩壊……するかなあ。微妙な気もするなあ。
そこまで大きな変化は生まれないようにも思えるけど。
実際に第一次世界大戦で飛行機が登場したけれど、戦局を変えるまでの活動はできていないってネットで読んだし。
「なにやら考えておるようじゃの」
「本当に私の04式飛行ユニットでバランス・オブ・パワーが崩れるかなって思って」
飛行魔術と言ってもいろいろと制限はあるし、風のエレメンタルと親しい妖精と契約していないと満足に飛行させられないし。
「お前さんは知らぬのだろうが、空から戦力が見れるのは戦争を変えるぞ。敵の布陣が分かれば、戦争の勝敗は決することがあるということだ」
「そうか。航空偵察ならば、敵の布陣が分かるわけか。敵が予備兵力を隠し持っていたりするのも分かり、それに応じて行動できるわけですよね」
空の目があるだけで戦争は変わるか。私はジェット戦闘機と言えば、爆撃とか空対空戦闘ばかり考えていたよ。
「分かったよ、ノームのおじさん。でも、これから人間たちも進歩していくんだから、いつまでも人間を縛ってはいけないと思うな。私は私の運命と対決するためにも、誰かに教えたりするつもりはないけれど」
「そんなものは精霊に頼らずに自分たちの手で作れることになってから言ってみろ」
うう、返す言葉もございません。
今の私は精霊さんに頼って作って貰っているから、自力で作れていなんだよな。
「なら、内密にしておきますね」
私はノームのおじさんにそう約束しておく。
だが、別に隠さなくとも、ジェットエンジンの仕組みが分かるのは私だけだ。空気を圧縮して加熱するという方法は私ぐらいしか理解できないだろうしね。
「さあ、今日の実験はつつがなく終了しました! ヴォルフ先生、この金属借りてもいいですか?」
「ああ。いいですよ。上手くいければ、教えてください」
よし。これで金属内の魔力制御が可能ならば、銃火器は進歩するぞ。
「私の魔術への探求が進む。私が運命を殴り倒す日は近いぞっ!」
「運命を殴り倒す……?」
ヴォルフ先生が怪訝に思う中、私は決意を新たにしたのだった。
…………………
次話を本日21時頃投稿予定です。