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悪役令嬢と二度目の文化祭

…………………


 ──悪役令嬢と二度目の文化祭



 今年も文化祭の季節がやってきた。


 我が部では今年は出し物はしないので、ゆっくりと見て回れる。


「イリスは演劇部の方にずっと出てるの?」


「いえ。演劇部の劇は時間が決まっていますので、自由時間もありますよ」


 そっか。今年はイリスが演劇部のヒロインだから一緒に見て回れないかと思ったよ。


「じゃあ、今年もいろいろと見て回ろうか。もちろん、イリスの劇の方も応援に行くからねっ! お姉ちゃんは今年はフリーだから何でも言ってね!」


「お姉様は今年は何も出されないのですか? あの美容エッセンスというのは大変人気で文化祭で楽しみにしているご婦人方もいらっしゃるということでしたが」


「ちょ、ちょーっと原材料に都合がつかなくてね……」


 水竜の血液は全部使っちゃったから在庫がないのだ。それに文化祭で大勢の前で披露すると誰かが錬金術だと気づく恐れもあるので。


 水竜の血液に都合が付けばねー。


「では、今年はお姉様とずっと一緒ですね」


「うんうん。でも、ヴェルナー君をないがしろにしちゃダメだぞ?」


 イリスはヴェルナー君の婚約者でもあるので、彼もイリスと一緒に文化祭を見て回りたいだろう。私としてはイリスの家庭が円満であることを祈っているので、学生の時期からラブラブでいて欲しい。


「ねえ、ヴェルナー君。イリスの劇はもちろん見に行くよね?」


「もちろんです。イリス先輩がヒロインを演じられるのに見ないわけがありません」


 ヴェルナー君がそう断言するのに、イリスが照れて頬を赤く染めていた。


「お姉様は誰か殿方と一緒に見て回られたりはしないのですか?」


「あ、相手がいないんだよ、イリス……」


 ごめんね。恋愛に関してはイリスの方が私より先に進んでいるんだ。私は恋愛発展途上国なんだよ。よよよ……。


「まあ、ミーネやロッテたちが──」


 はっ! ミーネ君もロッテ君たちもアドルフとシルヴィオという地雷処理作業に当たるんだった。文化祭ではふたりきりで見て回りたいものもあるだろう。それに私が付いて回るのは迷惑かもしれない。


「お、お姉ちゃん。今年はボッチかもしれない……」


「それでしたら、自分が一緒に」


 そこで声を上げたのはディートリヒ君だった。


「いいの? ディートリヒ君も誘いたい女の子とかいるんじゃない?」


「いえ。自分もひとりなので」


 そうなのか。ディートリヒ君、成績いいみたいだし、凛々しくて可愛いし、小学生にしては身長も高いし、女の子が放っておかないと思うんだけどな。


 ……やはり、私のこと好きなのかな?


「じゃあ、私はディートリヒ君と見て回るね。文化祭、楽しみだね」


「ええ。楽しみです」


 イリスがフリーの時は私とヴェルナー君と交代で。私はイリスが劇の時はディートリヒ君と一緒に。ミーネ君たちもフリーならば、一緒に見て回らないか誘ってみよう。それで楽しい文化祭が送れるだろう。


 私たちはまさかこのとき、あんなことが起きるとは思いもしなかったのだ……。


…………………


…………………


 待ちに待った文化祭!


 イリスの演劇も楽しみだが、他にも様々なことがいろいろある。


「イリス。演劇部の劇はまだだよね?」


「ええ。まだです。劇はお昼から開幕なので」


「なら、一緒に見て回ろっか!」


 私たちは第2体育館で開かれている展示物を見に、イリスと一緒に展示ブースを見て回った。展示ブースには様々なものが並んでいる。料理研究部から、文芸部まで様々な展示物があるのにどこから見て回るか悩むところである。


「料理研究部は今年はどんな料理を出してるんだろう?」


「今年はお菓子が中心のようですね。創作菓子が提供されているようです」


 料理研究部は去年は魔獣料理で興味を引いたが、今年は王道のお菓子で勝負してきた。料理研究部の展示ブースの方からは甘い匂いが漂ってきている。


「いらっしゃいませ! ようこそ料理研究部の展示ブースへ!」


 おおっ! 料理研究部の展示ブースには色とりどりのお菓子が並んでいる!


「お勧めのお菓子ってあります?」


「それでしたら、このグリーンティーケーキを。遥か東方から取り寄せた新鮮な茶葉を使ったお菓子です。ほろ苦い感触が甘さを際立たせてくれて、試食会では大変好評なものでしたよ!」


 ……要は抹茶ケーキか。でも、この世界に来てから抹茶系のお菓子は食べてなかったから、ここはひとつ試してみよう。


 私とイリスは小さく切り分けられた抹茶ケーキをパクリ。


「わあ。美味しいですね、お姉様! 確かにほろ苦いのですが上品な苦さです。それにこの生クリームと合わさった時のおいしさと言ったら。これまで食べたケーキの中で一番おいしいかもしれません!」


「そうだね、イリス。とっても美味しいよ」


 故郷の日本だったらなんにでも抹茶使ってたからなー。


 でも、この抹茶ケーキが美味しいことは確かだ。


「大変美味しかったです。これからも頑張ってください」


「はい! またどうぞ!」


 料理研究部は今年も素晴らしいものを提供してくれた。感謝感謝。


「文芸部は本を出してるみたい。評論本?」


「難しそうですね……」


 文芸部は最近の文学に対する評論本を出していた。イリスと一緒にぱらぱらと見て回ったがなかなか面白い。こういう感想もあるのかと思わされるものがいくつもある。いい評論本だ。


「これ、おいくらです?」


「そちらの方は無料配布となっております。ご自由にお持ちください」


 ふえー。立派な装丁の本なのにただなのか。流石はお貴族様の学園だ。


「お姉様はそんな難しい本が分かるのですか?」


「そこまで難しくはないよ。本を書いた人がどんな思想を持っていたかとかを分析してあったり、作品の時代背景だったりを記した本だから。実際の作品を読んだ後にこういう本を読むとなるほどな! って思えて楽しいよ」


 こう見えて私も一応は文系女子の端くれ。こういう文系科目のことに関しては、興味があるのです。なかなか面白い本をゲットできてうれしい限りである。


「それにしてもこの作品の評論面白いな。誰が書いたんだろ?」


 私はペラペラとページを捲ると評論を書いた人の名前が書いてあった。


「……シルヴィオ・ハインリヒ・フォン・シュタイン……」


 感動したと思ったら著者がシルヴィオだった……。そういえばあいつ文芸部員だっただよな……。


 まあ、あいつに評論の才能があることは間違いないだろう。主観は極力排除して、ちゃんとした資料に基づく評論をしている。だが、お前はこんなことしてないでプチ反抗期を早く治せ。


「あっ。お姉様、そろそろ演劇部の準備がありますので」


「分かった。ディートリヒ君たちを連れて必ず見に行くからね!」


 イリスは演劇部の劇を演じる時間になった。時間が流れるのは早いものだ。


「ディートリヒ君、ヴェルナー君! お待たせ!」


「アストリッド先輩。そろそろ時間ですか?」


 ディートリヒ君たちとは中庭で待ち合わせをしていた。劇が始まる20分前に中庭で落ち合って、それから劇を見に向かうのである。中庭には文化祭を見に来た一般の来場者──といっても父兄だが──で溢れているが、初等部の制服姿のディートリヒ君たちは目立つのですぐに分かった。


「そうだよ! イリスがよく見れるようにいい席取ろうね!」


「ええ。行きましょう」


 イリスの劇を見逃すわけにはいかない! 一番いい席から観賞しなければ!


「って、もう満席っ!?」


 私たちが第1体育館に飛び込んだ時にはもう既にかなりの人がいた。


「ヴェルナー君、ディートリヒ君! 手分けして席を確保しよう! 急げ!」


「はい!」


 席が全て埋まってしまってはのんびりとイリスの演技を見つめることができない! ここは3人で手分けしていい席を探して確保するのだ!


「ありましたよ、アストリッド先輩! ここです!」


「でかした、ディートリヒ君!」


 ディートリヒ君が中央前列付近の席をゲットした。ちゃんと3人分だ。


「ふい。じゃあ、座ろうか」


 私は何の迷いもなく中央に席に腰かけた。


 すると、ヴェルナー君とディートリヒ君が両脇に座る。これでふたりが喧嘩したりすることはないだろう。たまにだけど、まだこのふたりは喧嘩するからな。早く大人になって欲しい。


「ご入来の皆さま、お待たせしました。これより聖サタナキア魔道学園演劇部が演じます演目“姫と悪魔”の開幕です」


 ナレーションを務める学生がそう告げて、劇は開幕した。


 劇は素晴らしいものだった。


 イリスの演じるお姫様はどんな悪魔のとんちきな試練にも健気に立ち向かい、王子様役のラインヒルデ君はそれを支え、時にはリードした。ふたりとも役に没頭しているようで、演技のようではなく、リアルに感じられる。


 喜劇ながら、イリスが必死で、ラインヒルデ君も格好良く、最後の願いを叶えて貰ってハッピーエンドを迎えるシーンでは思わず涙してしまった。


 ……ちなみに悪魔役の嫉妬女君の演技も凄かったです。コミカルなキャラもできるんだね、君……。


「さて、楽屋に挨拶しに行こう!」


「いいのですか?」


「いいの、いいの。ラインヒルデとは友達だし、イリスは私の従妹だし!」


 というわけで楽屋にゴー!


「お姉様! 劇はどうでしたか?」


「最高だったよイリス! 100点満点!」


 楽屋に入らせて貰うとイリスが私の胸に飛び込んできた。


「それはよかったです。お姉様のアドバイス通り、役を演じることに集中したら恥ずかしさもなくなりましたから。お姉様のおかげです」


「そうなの? それはよかった!」


 お姉ちゃんは的外れなアドバイスをしていなかったようで安心したよ。


「その、ヴェルナー様はどう思われましたか?」


 そして、イリスが恥ずかしそうにヴェルナー君に尋ねる。


「素晴らしいものでした。あまりにイリス先輩の演技に注目しすぎて、時間が経つのを忘れてしまい、あっという間の時間に感じられました。流石です、イリス先輩」


「よかったです……」


 ヴェルナー君がべた褒めするのにイリスが恥ずかしそうに視線を俯かせた。役を演じてないといつものイリスだな。


「しかし、王子役の方には嫉妬してしまいますね。あれだけ親しくされると」


「そ、それは演技だから、ね?」


 それは冗談で言っているんだろうな、ヴェルナー君。目が笑ってないが。


「そうだ! こうなったら、ヴェルナー君も演劇部に入ってイリスの王子様役をゲットしちゃいなよ! それならいいでしょう?」


「ええ。必ずイリス先輩に似合う王子役を演じられるようになりますね」


 ヴェルナー君たちは前向きだなー。


 ちっとは見習えー。誰とは言わないけれどー。


「やあ、アストリッド様。劇はどうでした?」


 私とイリスたちが喋っているとラインヒルデ君がやってきた。


「素晴らしかったよ、ラインヒルデ。君は本当に演劇部の王子様だね」


「ありがとうございます。あなたを満足させられたなら私も本望です」


 私はラインヒルデ君に手を振り、ラインヒルデ君はにこりと笑った。


「お姉様……」


 と、ここで小声でイリスが話しかけてきた。


「お姉様は殿方が好きな方ですよね?」


「え? そ、そうだけど?」


「なら、安心しました」


 ……どーいうわけだい、イリス。


「じゃあ、ヴェルナー君はこれからイリスと行動ね。私はディートリヒ君とまだいろいろと見て回るから。後で中庭で会おうね」


「はい、お姉様」


 ここでイリスとヴェルナー君をふたりきりにしてあげるのだ。イリスの家庭が円満でありますようにっ!


「ディートリヒ君。何か見て回りたいところある?」


「うーん。自分はアウトドア派なので、文化祭はどこをみていいのかいまいち分からないのです。アストリッド先輩のお勧めはありますか?」


「それなら料理研究部と文芸部、それから新聞部を見るのが定番かな。他にもコアな部活はいろいろあるけど、まずはこの3つって感じ?」


 そーか。ディートリヒ君はアウトドア派か。私はインドア系兼アウトドア派という面倒くさい性質をしているからいろいろと助言してあげよう。そうすれば将来ディートリヒ君が気になった子を誘う時に役立つぞ。


「料理研究部の展示ブースは第2体育館でしたか」


「そだよ。行ってみよー!」


 私はディートリヒ君の手を引いて文化祭を楽しむ人々で溢れる学園を進む。


「おや、アストリッド嬢?」


「ああ! ベルンハルト先生!」


 そうしたらばったりとベルンハルト先生にエンカウントした。


 ベルンハルト先生は帝国の赤い近衛兵の軍服を纏ったちょっと年上の男性と一緒だ。


「今年は展示はなしだって? 去年の奴をやればよかっただろうに」


「いやあ。同じことを何度もしても何ですから」


 ベルンハルト先生が告げるのに、私はそう返す。


 戦闘最適化措置は確かに面白い見世物ではあるのだが、あれを頻繁に披露すると対策を講じられそうな気がするので、あまり人目につかないようにしているのだ。今は。


「ああ。紹介し忘れたな。こっちの兵隊が俺の兄貴のトビアスだ」


「よろしく、アストリッド嬢。それからそちらはヴァレンシュタイン家の次男かな?」


 うわー。なんかベルンハルト先生に似てるなと思ったらお兄さんでしたか。


 しかし、本当に近衛兵とは……。将来戦う定めにあるかもしれないのに……。


「そういえば、お前の従妹は演劇部だったな。舞台には立ったのか?」


「ええ! もちろん! ヒロインですよ! ベルンハルト先生も後で見に行ってくださいね! 午後の部もありますから!」


「分かった、分かった。そんなに大声で言わなくても聞こえてる」


 ベルンハルト先生にもイリスの素晴らしさを知って貰わなければ!


「それじゃ、俺たちはあいさつ回りがあるから失礼するぞ。騒動は起こすなよ?」


「もー。私が騒動を起こしたことなんてありませんよー」


「アーチェリー部。屋上。グラウンド」


「あんまりないですよー……」


 ぐぬ。言い訳のしようがない。


「それじゃな」


 ベルンハルト先生はぽんぽんと叩くと去っていった。


「さて、私たちも第2体育館に急ごうか!」


「……アストリッド先輩は先ほどの先生と親しいのですね」


「まーねー。部活の顧問だし、担当教諭だし、いろいろとお世話になってるし」


 ん? どうした、少年。顔が暗いぞ。


「ささ、急ごう、ディートリヒ君! 料理研究部の展示は人気だから売り切れてるかもしれないぞ!」


「はい!」


 というわけで、私たちは午後はいろいろと文化部の展示ブースを見て回った。


 新聞部によるとシレジア情勢がのっぴきならない状況になっているそうだ。オストライヒ帝国はシレジアか戦争かを突き付けつつあると。


 イベント通りだと来年には戦争だからなー。


 それにしても、後でベルンハルト先生にあったとき“あれは本当にお前の従妹か?”と尋ねられたのがショックであった。確かに私はイリスのような儚げな美少女ではないけれどさ!


…………………

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