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悪役令嬢と肝試し

…………………


 ──悪役令嬢と肝試し



 海辺を荒らしたクラーケン騒ぎも収まって、臨海学校は継続となった。


 夜のプログラムはなんと肝試し!


 ……肝試しなんだ……。


 私は幽霊みたいな鉛玉で殺せない相手は実に苦手で、友達と一緒にホラー映画を見ていると悲鳴がうるさい! と怒られるぐらい怖いものが苦手なのだ。ゾンビとかはばっちりなんだけどなー。


 そんなわけで肝試しは正直勘弁して欲しい。


 のだが、昼間にクラーケンを相手に大活躍した私を周囲の子が放っておいてくれるはずもなく、私は肝試しに駆り出されることになった。とほほ。


「で、で、でも、肝試しってあれだよね? 脅かす先生たちがいるだけだよね?」


「脅かす方などはいませんよ、アストリッド様。ただ、夜道を進んで、丘の上にある古い教会から到達した証のスタンプをこの紙に押して帰ってくるだけです」


 私が恐れおののくのに、ミーネ君は何でもないというようにそう告げる。


 怖いものがない子はいいね! 私はもう内心びくびくだよ! 古い教会とかお化けが出そうなスポットトップ10に入りそうじゃないか!


「ミ、ミーネ。私の代わりにスタンプ押してきてくれない?」


「アストリッド様はこういうの苦手なのですか?」


「はい。そうです……」


「意外ですわ」


 意外じゃないよ! 私は怖いのは苦手なんだ!


「だって、幽霊は殺せないじゃないか! 最初から死んでるなんてずるいよ! 生き返って! 今すぐ生き返って!」


「む、無茶苦茶いわないでください、アストリッド様。それに幽霊なんていませんよ」


「分からないよ! 吸血鬼やドラゴンがいる世界なんだから!」


 ……しかし、冷静に考えてみるとこれまで遭遇したもののなかにアンデッドの類はいなかったな。いや、いっそゾンビとかの方が対処しやすくていいんだけどさ。幽霊系の魔獣とご対面したことはないなー、と。


「では、アストリッド様は残られますか?」


「やっぱり行くよ! 思い出作りに!」


 そうだ! お化けなんていない! 私は夏の思い出を作るのだ!


「では、私と一緒に行きませんか? アストリッド様がおられると心強いのですが」


「いいよ! 私もミーネと一緒なら怖くないし!」


 ミーネ君とはこれまで苦労を共にした仲間だ。最近、苦労の4分の1くらいはミーネ君に由来するような気がしなくもないけれど。


「では、私はランタンを取ってきますね。一緒にスタートしましょう」


「待ってるよ!」


 そっか。ランタンかー。それっぽいなー。懐中電灯でもいいけど、ランタンの方が雰囲気でるかなー。


 いや、雰囲気が出るのはやだよ! なるべく怖いのはなしの方向で!


「よう。アストリッド嬢。昼間は助かったな」


「ああ。ベルンハルト先生。傷の方は大丈夫ですか?」


「まあ、特に問題はない。治癒のブラッドマジックを使ったのは久しぶりだが、我ながらよくやったと思うぞ。ただ、やっぱりあれだけの傷の後だと違和感は残るな」


「ですよねー」


 あれだけばっさりやった経験は私もない。だが、よくよく手の平を切る私でも、ブラッドマジックで治療した後は何か違和感を感じることがある。ベルンハルト先生みたいに大けがしたならばそれは顕著だろう。


「これから肝試しか?」


「ええ。夏の思い出作りに!」


 ベルンハルト先生も一緒に来てくれないかなー。


「知ってるか。ここら辺、出るんだぞ」


「え?」


 え? え? え?


「前に肝試しをやった時に行方不明になった学生がいてな。その学生が今でも古い教会の付近を徘徊しているらしい。その顔を見たら──」


「ぎゃー! 聞きたくない! 聞きたくないです!」


 やっぱり出るのか! 畜生、ファンタジーめ!


「冗談だ、冗談。そんなことがあったら二度とここでは肝試しなんてやらんだろ。なんたって俺たちが預かってるのは貴族の子息子女たちだからな。危ない真似はとてもではないがさせられん」


「そ、そうですよね。よかったー……」


 そうそう。怖い話というのは冷静に考えると突っ込みどころがあるのだ。そこが分かればもう怖くはない。


「だが、不審な人影は毎年でるらしいぞ。まあ、ほとんど何かの見間違いだと思うけどな。心配なのは野生のゴブリンなんかが出てくる方だ。教師陣としてはお化けなんぞよりも、魔獣に生徒が襲われる方が怖い」


「魔獣はいいですよ。だって、鉛玉で殺せますからね!」


「……お前は逞しいな、アストリッド嬢」


 私が自慢げにサムズアップしたら呆れたような目で見られた。


「でも、本当にお化けでませんよね? 先生たちが脅かしたりしませんよね?」


「俺たちは途中で見守るだけだ。脅かしたりはしない。ただ、夜の森と古い教会ってのはそれだけでなかなか来るものがあるぞ」


「う、うへえ」


 夜の森は確かに怖い。ジャバウォックを討伐したときはフェンリルと一緒だったから平気だったけど、今回は頼りになるフェンリルを出すわけにはいかないのだ。フェンリルなんて出そうものなら、お化けが出たときよりも大騒ぎになってしまう。


「まあ、これも夏の思い出だ。精一杯怖がってこい」


「はあい」


 あんまり怖いのは嫌だけど、適度に怖いなら平気かな?


 と、私はそう思っていた。


…………………


…………………


「ミ、ミ、ミ、ミーネ! ちゃんと手を握ってて! それから離れないで!」


「ちゃんとお傍におりますわ、アストリッド様!」


 肝試し開始から約10分後。


 私は死にかけていた。何と言っても怖いのだ。


 そこら辺に映る木の影が人影に見えたり、小動物が走っていく音が人の足音に聞こえたり、どこからか視線を感じたりしてビビりまくっているのだ。


「もうダメだ―! お終いだー!」


「大丈夫ですわ、アストリッド様! もうちょっとですから!」


 私が機関銃を取り出して振り回すのをミーネ君がしがみ付いて阻止する。


「くそう。思い出なんて単語に騙されなければよかった。これ滅茶苦茶怖い」


「そうですか? 魔獣もいませんし、特に怖いとは……」


「ミーネ! 魔獣は鉛玉で殺せるけど、幽霊は鉛玉じゃ殺せないんだよ!」


「は、はい。そうですね、アストリッド様」


 全く、ミーネ君は! 脅威の判定を間違うと己の身を危険に晒すことになるんだぞ!


「しかし、本当に怖いものはありませんわよ。それに目的の教会までもう少しですし」


「うう。もう少しの辛抱か……」


 いや、これって帰り道もあるでしょ。これで終わりじゃないよ……。


「よし。ミーネ。全力でダッシュして大急ぎでスタンプ押して帰ろう。そうしよう」


「私はあまり走るのは……」


「いざとなったら私が背負うから!」


「い、いえ、そこまでする必要は……」


 私の足ならミーネ君を抱えていても、5分未満で元の場所に帰れるはずだ。途中に人がいたら轢き殺すのみ。


「いくよ、ミーネ!」


「は、はい、アストリッド様!」


 ダッシュ! とは言ってもミーネと離れると怖いのでそこそこダッシュだ。


「あれが目的の教会だね。よし、スタンプを押して──」


 私が安堵の息を吐きそうになった時、それが凍り付いた。


 ……教会の傍に人影がある……!


 見間違いじゃない。明かにあれは人影だ。それも動いている。


 ──前に肝試しをやった時に行方不明になった学生がいてな。その学生が今でも古い教会の付近を徘徊しているらしい。その顔を見たら──。


 ベルンハルト先生が肝試し前に冗談めかして言っていた言葉を思い出して背中に冷たい汗が流れる。もうかなりやばい。


「ミ、ミ、ミ、ミーネ! あ、あ、あそこに人影が!」


「あら、そうですわね。ゴブリンなどではなさそうですが」


 なんでそんなに冷静なんだ、ミーネ君! お化けかもしれなんだぞ!


「よ、用心して進もう。お化けに気付かれないようにして。それからお化けの顔を見ちゃダメだよ」


「あれはお化けではないと思うのですが……」


 こんな怪しいところにいる奴がお化け以外にあり得るって言うのかい、君は!


「いざとなったら先制攻撃で蜂の巣に。いや、幽霊に物理攻撃は効かないし……」


 私たちはそろりそろりと古い教会に近づいていく。


「ド、ドアを開けるよ。ブリーチングチャージはいるかな?」


「あまり物騒なことはなさらないでくださいね……」


 確かに音でお化けに気付かれたら困る。ここは静かにドアを開かなければ。


 よし。やるぞ。


 私はそっと扉を開き──。


「わっ!」


「ぎゃーっ!」


 め、目の前にお化けが! 金髪碧眼のお化けが!


「アストリッド様?」


「って、エルザ君……?」


 よくよく見たらエルザ君だった。なんだそりゃ。


「エルザ君。ここで何してるの?」


「それがスタンプを押した紙をなくしてしまって。探しているのですが……」


「そっかー。パートナーの人は?」


「先に帰ってしまわれました」


 薄情な奴もいたものだ。これがいじめって奴じゃないだろうな。


「なら、一緒に探すよ。どこら辺まで探したの?」


「これから教会の中を探すところだったのですが、何分暗くて……」


 エルザ君もよくこんな暗い場所にひとりで入ろうと思ったな。尊敬する。


「ミーネ。ランタン貸して。ちょっと探してくる」


「いいのですか、アストリッド様?」


 私がエルザ君を手伝おうとするのにミーネ君はご機嫌斜めだ。いい加減に仲良くして欲しいんだけどなー。


「いいのいいの。お化けもいないって分かったし、へっちゃらだよ」


 全く、百戦錬磨の私がお化けごときでビビるとは情けない。そんな非論理的で非科学的な存在が、魔術に関する数式すら存在する論理的なこの世界に存在するはずがないじゃないか。


 エルザ君の落とした紙はどこかな、どこかな?


 と、教会を探していると背中をポンと叩かれた。


「ミーネ? 見つけたの?」


 私が振り返ると、そこにはエルザ君の名前が記されたスタンプ用紙が落ちていた。


「あっ! エルザ君、あったよー!」


「本当ですか!」


 私が告げるのにエルザ君が大喜びで駆け寄ってくる。


「ミーネに感謝しなよ。彼女が見つけてくれたんだから」


「え? ミーネ様は私とずっと一緒にいましたけれど……」


 え? え? え?


「じゃ、じゃあ、誰が私の背中を?」


「さ、さあ……」


 うわーん! もうやだ! 怖いのやだ!


 私は全力でスタンプを押すと、ミーネ君を負ぶって全力で元来た場所に帰った。


 しかし、あれは本当にお化けだったのだろうか……。


…………………

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