悪役令嬢は巨大魔獣と戦うようです
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──悪役令嬢は巨大魔獣と戦うようです
海!
臨海学校で楽しみだったのは友達と過ごす夜もだが、海もそうなのである。
海は楽しい! 泳いでもいいし、水辺を歩いてもいいし、潜って珍しいものを探してもいいし、楽しいことがいっぱいだ!
「あれ? ベルンハルト先生は水着じゃないんですか?」
「一応下に水着は着けてるが、俺の仕事はお前たちがいらんことしないかしっかり監視することだ。この浜辺をひとりで監視とか、本当に学園は……」
「お疲れ様です」
ベルンハルト先生はせっかくの海なのに半袖のシャツと短パン姿だ。下には水着を着ているのに泳ぎに行かないなんて海に来たのにもったいない。
そうだ! 私たちがベルンハルト先生を誘ってみよう!
「ベルンハルト先生! せっかくの海なんですから、遊びましょう!」
「だから、俺は監視する仕事があると──うわっ!」
へへっ! お堅いベルンハルト先生には水鉄砲をお見舞いだ!
「やったな、アストリッド嬢。覚悟しておけよ」
「やれるものなら!」
ベルンハルト先生がびしょびしょになった服を絞りながら告げるのに、私は颯爽と海辺に逃げ出す。ベルンハルト先生もため息をつきながら、私の背中を追いかけてくるのが分かった。
「そらっ! あんまり教師を舐めるんじゃないぞ!」
「うひゃっ!」
ベルンハルト先生が水球を飛ばしてくるのに、私がぴょんぴょんと跳ねながら回避しようとして、直撃した。水が冷たい! さてはわざと水を冷たくしているな、ベルンハルト先生! この鬼畜!
「反撃です!」
「うおっ! やりやがったな!」
私もちょっと冷え冷えの水をベルンハルト先生に叩き込んでやった。これで頭から足までびしょぬれだぜ。いよっ! 水も滴るいい男!
「全く、いつまでも子供だな!」
「子供ですから!」
ふうっ! 魔術を戦闘や勉強以外で使うのも楽しい! これもベルンハルト先生が構ってくれているおかげだな!
「まだまだ行きますよー!」
「おう! やってやろうじゃないか!」
乗ってきたな、ベルンハルト先生! 良い感じだ! 楽しい!
「──!? 伏せろ、アストリッド嬢!」
「へ?」
急にベルンハルト先生がブラッドマジックを使った速度で加速し、私の方に飛び掛かってきた。
な、何事!?
「きゃあっ!」
次の瞬間、凄まじい勢いの水流が私たちの頭上を飛んでいった!
「な、なんです!?」
「……クラーケンだ……」
私が慌てて周囲を見渡すのに、沖合の海面下から巨大なイカが姿を見せ始めた。
あれはクラーケンだっ!
「って、ベルンハルト先生! 背中が!」
ベルンハルト先生の背中がざっくりと裂けている! 血がボトボトと海面に滴り、赤い痕跡が海水に刻まれていく。
「これぐらいは平気だ。前にもっと大けがしたことがある。それより今すぐに学生を避難させるぞ。遊んでやった礼として手伝ってくれるか?」
「もちろんです!」
ベルンハルト先生が怪我したのも間接的には私のせいだし、私が何とかしなければ!
「みんなー! 海から離れてー! クラーケンが出たよー!」
「全員、海から出て浜辺から離れろ!」
私とベルンハルト先生が警告を発して回るのに、海にいる学生たちが大慌てで海から逃げ出し、浜辺にいた学生たちも海から可能な限り離れていく。
みんな、急いで逃げてくれ! クラーケンが迫ってる!
「よしっ! 全員避難しました!」
「後はお前だ。急いで逃げろ」
「いえ。私はクラーケン漁と行かせていただきます!」
「はあ?」
せっかく、楽しみにしていた臨海学校をイカの化け物風情に潰されてたまるか。おまけにベルンハルト先生に怪我までさせやがってっ! 向こうがやる気なら、こっちもやり返してやる!
「第3種戦闘最適化措置! 口径120ミリライフル砲!」
私は第3種戦闘最適化措置を実行すると共に、空間の隙間から口径120ミリライフル砲を取り出し、対戦車榴弾を装填して目標をクラーケンに定める。
「対戦車榴弾、連続射撃!」
私はクラーケンめがけて、引き金を絞る。
着弾! クラーケンの触手を引き千切る!
だが、まだ致命傷にはなっていないようだ。触手を数本失ったぐらいでくたばってくれるほど心優しい魔獣じゃないってわけだ。ならば、いいだろう。死ぬまで殺してやる。
「装填!」
私は空間の隙間から次の対戦車榴弾を装填すると、再びクラーケンに向ける。
「アストリッド嬢! 水流が来る! 危ないぞ!」
「了解!」
クラーケンはその触手の先端にエレメンタルマジックで水が圧縮され、一斉にそれが私に向けて放たれてくる。水流は海面を引き裂いていき、浜辺を引き裂いていく。水竜君といい、水の攻撃も馬鹿にならないな。
「だが、まだまだ!」
私はクラーケンに向けて対戦車榴弾を連続して叩き込む。触手が次々に引き裂かれるが、中には攻撃を回避する触手も現れた。本体は水の中に沈んでいて手が出せず、いつまでも触手の相手をしなければならない。
「ええい! 海から出てこい、このイカ野郎っ!」
そう叫んで私が展開させたのは──。
「対潜迫撃砲、砲撃開始!」
対潜迫撃砲だ。イギリス海軍がヘッジホッグとして開発したものを模倣したもので、いざ水面下の敵と戦うときのために装備しておいたものだ。
24発の対潜迫撃砲弾が勢いよく発射され、海面に突入していく。信管は深度で起爆するものではなく、触発式なので当たれば爆発する。これで確実にクラーケンを海中から叩き出してやるぞ。
そして、海面に大きく水柱が上がった。
「命中! 続いて撃て!」
私は新しく対潜迫撃砲を空間の隙間から引き摺りだし、再び24発の砲弾を叩き込む。
続いて水柱が上がる。そろそろ出て来るか……?
すると、触手が力なく萎れ、ずるずると海面下に消えていく。
あれ? ひょっとして倒した?
そう思ったとき、ゆっくりとクラーケンだったものが海面に浮上してきた。触手は引き千切れ、本体にも対潜迫撃砲が与えた損傷が見える。
そして、もう動く様子はない。
「やった! 倒した! 勝った!」
私は喜びにぴょんぴょんと跳ねる! ベルンハルト先生を傷つけたクソッタレのイカ野郎は今や海の藻屑だ! 勝者、アストリッド! 万歳!
「おい。まさか、クラーケンを殺ったのか?」
「ええ! 殺りましたよ! 私たちの臨海学校を邪魔しようとするクソ野郎はくたばりました!」
ベルンハルト先生が動揺して尋ねるのに、私はサムズアップしてそう返した。
「なんとも……。これが真・魔術研究部の活動の成果か?」
「一部はそうですね。っていうか、ベルンハルト先生の傷を治さないと!」
思わず戦いに向かってしまったが、ベルンハルト先生は傷を負っているんだった! 今すぐ治療してあげないと!
「ああ。傷なら自分で治したよ。ブラッドマジックは苦手じゃないんだ。しかし、お前の方は何かの傷は負ってないか?」
「私は平気ですよ。ちょっとやばいシーンもありましたけど」
「勘弁してくれ。教え子が海でミンチにされたと知れたら首だぞ」
私が二ッと笑うのに、ベルンハルト先生がため息交じりに笑った。
「しかし、それはあまり披露しない方がいいぞ。そろそろ高等部から動員って噂が本当になり始めているのに、そんな力があると知れたら、それこそ軍隊に動員されるぞ」
「ご心配なく。軍隊でもやっていけますよ」
「おいおい。軍隊を舐めるなよ。俺の兄貴は軍隊に入隊したが、地獄のようだったと言っていたぞ。平時だってのに」
「え? 先生のお兄さんって軍人さんなんですか?」
驚きの情報。
「ああ。近衛第1騎兵連隊の士官だ。言わなかったか?」
えーっ! よりによって近衛兵なのかー!
どうしよう。私が反乱を起こしたら、ベルンハルト先生のお兄さんと戦う羽目になってしまうのか。それは困る。実に困る。
「お兄さんには職業変えるように言っておいてください!」
「どうしてだよ」
私はそう告げたのだが、ベルンハルト先生は全く納得してくれなかった。
畜生!
ちなみにこの出没したクラーケンはあまりに損傷が大きく、加えて解体するときに最後まで残しておく内臓を傷つけてしまっていたので、食用にすることはできないと言われてしまった。
残念。
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