悪役令嬢と臨海学校
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──悪役令嬢と臨海学校
夏休み!
なのですが、今年は臨海学校があります。
「対潜迫撃砲準備よし。口径120ミリライフル砲準備よし。グレネードランチャー準備よし。機関銃準備よし。自動小銃準備よし。ショットガン準備よし。自動拳銃準備よし」
「マ、マスター? 戦争にでもいかれるんです?」
私が空間の隙間の武器庫で兵器の状況をチェックしているのに、ブラウが怪訝そうな表情をしてふよふよと飛んできた。
「いやあ。臨海学校で何か出たら大変だしさ。念には念を入れてね」
「りんかいがっこーとはそんなに危険な場所なのですか……」
世の中何が起きるか分からないものである。
フリードリヒとエルザ君の仲を知っている私を抹殺しにフリードリヒが刺客を送り込んでくるかもしれない。あるいは海にシーサーペントやマーマンが出没するかもしれない。または空から炎竜が飛んでくるかもしれない。
……嘘です。ただ単に兵器眺めてうっとりしてるだけです。
いや。フリードリヒが刺客を送り込んでくる可能性は皆無ではないが。
「マスター。危険なところならいかない方がいいのでは……?」
「大丈夫、大丈夫。万が一だから、万が一」
ロートもふよふよと飛んできて心配そうに告げるが、まあ臨海学校にシーサーペントや炎竜が襲来することはないだろう。仮にもお貴族様の学校の臨海学校である。警備は厳重なはずだ。
……いや、待てよ。そう言って新入生オリエンテーションではコカトリスが出没しなかったか? また冒険者ギルドの掃除済みですっていう看板が立てられているのではないだろうか?
うん。やはり完全武装で行った方がいいな。何が起きるか分からないよ。
「後は必要なものを確認……はメイドさんがしてくれるか」
流石は公爵家だ。私がやらなくても全部メイドさんがやってくれるぜ。やったね。
この特権を守り抜くためにも、来たるべき帝国内戦には勝利しなければならない。フリードリヒの首を刎ね飛ばし、私の傀儡となる皇帝を立てて、帝国を背後から支配するのである。
……いや、そこまではしなくともいい。
「あーあ。しかし、こうもあれこれして貰うと怠け者になってしまいそうだ。ちょっとは没落後に備えて自分でいろいろする習慣を付けないと」
帝国内戦に負けてお家取り潰し&国外逃亡の身となったら、なんでも自分でしなければならないのだ。いつまでも貴族気分じゃいられない。
「さて! そういう憂鬱なことは考えないようにして、今日から思いっ切り臨海学校を楽しむぞー!」
実は臨海学校楽しみにしてたんだよなー。地球ではなかったし、この世界って修学旅行とかもないからね。
昼は海でみんなと遊んで、夜は遅くまで恋バナとかするのだ。
うん。最高に乙女って感じだぜ!
さあ、いざ臨海学校に出撃だ!
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臨海学校!
おおっ! 見事なものである!
貴族の邸宅のような豪華な建物で、流石はお貴族様学校だと思わされる。それも海辺に相応しい白塗りの建物だ。夏の暑さを感じさせない涼し気な建物である。よきかなよきかな。
「ミーネ! 一緒の部屋にしようね!」
「ええ! そうしましょう!」
私たちも今日はお泊りということもあってテンションが上がっている。友達と過ごす夜は特別なものなのだ。
「部屋は一部屋6名かー。ロッテたちを呼んでも1名余るね」
「アストリッド様と一緒の部屋になれるならどの方でも来られるのでは?」
「そうかなー?」
私ってそんなに人気者なんだろうか。確かに最初は公爵家令嬢ってことでみんな他所他所しかったけど、最近ではある程度親しくしてくれている。
……そう言えばみんなが親しくし始めてくれたのって私がブラッドマジックの実験で屋上から飛び降りたり、アーチェリー部の練習に乱入し始めた時期だったっけ。もしかして、可哀想な人として同情されているのだろうか。
う、うーん。それはあんまりだ……。
「あと1名か。エルザ君を誘ってみる?」
「ええ? あの平民の方をですか?」
その露骨に嫌そうな反応! だと思ったよ!
「エルザ君は嫌かい? あの子、いい子だよ?」
「でも、平民の方ですし……」
ああ。ダメだこりゃ。
「分かった。後1名は誰だか探してみるよ。それか5名で一部屋占拠してしまおう!」
エルザ君のことをミーネ君たちに理解して貰いたいのだが、この調子では当分無理そうだな。恋バナなんかしてうっかりエルザ君がフリードリヒとのことを漏らした日には火の海ですわ。
「おっと。あそこに人垣ができているぞ?」
私が残り1名を探していたとき、私は臨海学校の部屋わけの掲示板前に人垣ができているのを発見した。私も野次馬根性に惹かれて、人垣の中を覗き込む。
「ラインヒルデ様! 同じ部屋にしていただけませんか!」
「是非とも私と一緒に、ラインヒルデ様!」
おおっ! 誰かと思ったらラインヒルデ君だよ。
流石は演劇部の王子様なだけあって、凄い人気だ。集まっているのはみんなラインヒルデ君のファンだろうか。それなら相当なファンを抱えているぞ、ラインヒルデ君は。
「すまないね。誰かに特別にすることはできないんだ。誰かを愛することで、別の誰かを傷つけたくはないからね」
うわー! 流石は演劇部だ! きざなセリフがすっとでる!
だが、ラインヒルデ君だけひとり部屋というわけにもいかないだろうし、ここはどうやって決めるのだろうか?
「私がラインヒルデ様と一緒の部屋になるわ!」
「いいえ! 私よ!」
おいおい。乱戦で決定するのか。誰も彼も傷つくのではないか、これは。
「どうですか、アストリッド様」
「うーん。演劇部のラインヒルデ君が大人気すぎて、私たちの方には注意が全然向いてないみたいだよ」
ミーネ君が状況を確認しに来るのに私は首を捻ってそう返した。
「なら、いっそラインヒルデ様を誘われては?」
「い、いや、それだとラインヒルデ君のファンに袋叩きにされそうで怖いよ……」
「大丈夫ですわ。皆さんラインヒルデ様とアストリッド様ならつり合うと思っていますから!」
いつの間にか私はラインヒルデ君と良い感じにされているのだろうか。まだ喋ったこともないのに。どーいうわけだい。
「まあ、まあ。お誘いしてみましょうよ」
「サンドラ君がそこまでいうなら」
サンドラ君はラインヒルデ君のファンだもんな……。
「あの、ラインヒルデ君? ちょっと話があるんだけれど」
「何でしょう、アストリッド様? あなたも私の演劇を見て?」
うっ! このイケメンオーラ! サンドラ君が惚れるのも分かるものだ。
「そ、それが部屋わけで1名余っちゃって。よければラインヒルデ君に一緒の部屋にしてくれないかなと思って」
まあ、にわかファンの私が誘っても拒否されるかなー。
「いいですよ。同じ部屋にしましょう。よろしければですが」
「ええ。よろしいですよ。喜んで」
あれ? 意外にすんなり通ったぞ?
「アストリッド様はイリス嬢の従姉でしたね。演劇部では期待の新人として有名になっていますよ。あれならば文化祭でもヒロインを演じられるかもしれませんね」
「そうなんですか! 自慢の従妹ですから、私も嬉しいですよ!」
いやあ、ラインヒルデ君が絶賛するとは、イリスは流石だな!
「積もる話もありますし、ご一緒しましょう……」
そう告げてラインヒルデ君がさりげなく私の手を握り、指を絡めた。
え? どういうこと?
「これで部屋割は決まりましたわね。ささ、荷物を置きに行きましょう」
「そ、そうだね」
ラインヒルデ君の態度は謎だが、私は面倒ごとに首を突っ込みたくはない。我関せずの態度を貫き続けよう。
こうして臨海学校の部屋割は決まった。
エルザ君がハブられているのではないかと心配したが、エルザ君も無事にどこかの部屋に入っていた。だが、部屋の中でいじめられたりしないよね……?
思いっ切り臨海学校を楽しみたいのに、エルザ君が心配でしょうがないよ。ここでいじめ発生となったら、やっぱり私が黒幕扱いされてしまいそうだし。
エルザ君には自己防衛を身につけて貰いたいものである。
というか、お願いだから自分の身は自分で守って……。
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