悪役令嬢VS水竜
…………………
──悪役令嬢VS水竜
週末!
テスト勉強も投げ出して、私は冒険者ギルドにやってきた!
……どんどん勉強も難しくなっているというのに私は馬鹿じゃなかろうか。
しかし、水竜討伐クエストは貼りだされているのだろうか。
「おっ。来たな、アストリッド。ちょうどいい」
「え? もしかして?」
「そのもしかして、だ。水竜討伐クエストが張り出されたぞ」
おおっ! やったー!
「参加しますよね!?」
「もちろんだ。今、ゲルトルートが手続きに行ってる。今回も大所帯でいくことになりそうだぞ。まあ、取り分は保証されているがな」
やったぜ! 私は運に見放されていなかった! きっとテスト勉強を頑張ったから、神様がご褒美に与えてくださったに違いない!
……いや、神は私を悪役令嬢としてこの世界に転生させたわけだ。良くわからないけど、こういうことをするのは神に決まっている。
おのれ、神! 私を悪役令嬢なんかに転生させやがって! 許すまじ!
まあ、神を恨んでもしょうがないので、私は水竜討伐に一生懸命になるのだ。
「やあ。アストリッド。いいタイミングだな。今、水竜討伐クエストを受注してきたところだ。我々もなんとか参加できた。この手のクエストは人数制限があるからな。早い者勝ちなんだ」
「流石です、ゲルトルートさん!」
やったぜ。これで水竜討伐クエストに参加できるぜ!
「でも、水竜って水の中に潜んでいるんですか? 水辺で活動するとしか図鑑には載ってないんですよ……」
水竜討伐ということもあって、私は魔獣図鑑で水竜については調べたのだが、テスト期間中ということもあって、あまり調べる時間はなかったのだ。
「水竜は確かに水辺の付近で行動するが、上陸することもある。ついでに風のエレメンタルマジックによって、飛行することもある。ついでに奴のブレスは金属を切断したってくらいには強力だ」
うげっ。となると私の新兵器の出番はなさそうだな。
「どうやって仕留めるんです?」
「それは現場についてからの話だ。現場の状況によって、作戦は変わるからな。そこは現場指揮官の判断次第だ」
ふむ。まだ作戦は決まっていないのか。
「水竜ってどこら辺が急所なんです?」
「水竜は鰻みたいに長細い体をしてて、心臓を狙って止めることはまず不可能だ。狙うなら頭部だが、あの野郎はぬるぬると動きやがるから、なかなか狙いを定められない。今回は物量戦で押しつぶすしかないな」
うむ。図鑑でも見たけど水竜は鰻にワニを足して、翼を生やした感じだった。
確かにあの細長い体を狙うのは難しいな。ピンポイントで撃破するのは不可能だろう。ここは弾幕を展開して、数の力任せに仕留めるしかない。あの使い捨て榴弾砲改を使って、ありったけの砲弾を浴びせてやるしかない。
だが、水竜って意外に俊敏に動きそうだし、場所によっては周りから集中攻撃するのは無理かもしれない。
しかし、この程度のことで諦める私ではない!
この竜殺しの魔女アストリッドが必ずや水竜を仕留めてご覧に入れましょう!
…………………
…………………
というわけでやってきましたケーニヒス湖から続く川。
この川を水竜が下っていて、もうすぐ市街地に入りかねない位置にいる。
「作戦はシンプルだ」
今回のパーティーのリーダーはまだ若い冒険者の青年だった。
「水竜は絶対に街には行かせてはいけない。奴が街に入れば大暴れするだろう。その前に仕留めてしまうことがクエストの条件でもある」
ふむふむ。上陸前に叩くのですね。
「決戦予定地点はここを想定している。まずは投網で身動きを封じ込め、前衛が後衛を守りながら後衛は水竜に向けてあらゆる遠隔攻撃を仕掛ける。迂闊に暴れ回る水竜に近づくと、大けがではすまないからな」
炎竜討伐の時と内容はほぼ一緒だな。投網を使うところ以外。
水竜は投網で捕まえられるものなのだろうかという疑問がふつふつと湧いてくるが、経験のある冒険者の方がいうことなので信用しておこう。もしかすると魔獣捕獲用の強力な投網なのかもしれない。
「では、各自持ち場についてくれ。投網を投げるパーティーは細心の注意を払って行ってくれよ。これはクラーケン捕獲用の投網だからそう簡単には破れないと思うが、万が一という場合がありえる」
「任された」
クラーケン捕獲用の投網か。それはなかなか効果がありそうだぞ。
「よし。では、水竜がここまで下ってくるまでの時間は6時間ほどだ。何としてもここで奴を食い止める。いいな?」
「おうっ!」
私も気合を入れて参加する。おうっ!
「ペトラさん。私たちの持ち場は?」
「喜べ。最前線だ。あの冒険者はお前が竜殺しの魔女だって知ってる。だから前衛は任せるというわけだ。まあ、有名税みたいなものだと思っておけ」
わお。最前線か。まあ、どんとこいというところである。
「さて、あたしたちの準備は万端だ。行こうぜ、ゲルトルート、エルネスタ」
「出発ー!」
私たちは投網が投下された後は最前線となる川の岸辺付近に身を潜めて、水竜が迫ってくるのを今か今かと待ち構える。
「ブラウ。何か感じる?」
「途方もない水のエレメンタルマジックと風のエレメンタルマジックの気配を感じるです。これは相当大きなドラゴンですよ……」
ブラウは今回のクエストにも反対だったが、無理やり連れてきた。
「ゲルプ、ロート。状況は?」
『目標Sは順調に川を下っています。このままなら数時間で接触しますよ』
ゲルプとロートは偵察のために上流に送り込んでいる。その視野を共有すると、確かに鰻のようなぬるぬるとして細い体に、翼が生えているのが目撃できた。急速に川を下っている。
「ゲルトルートさん。敵は予定通りの時間にきそうです」
「そうか。なら、万全の態勢で迎えなければな」
既に冒険者の皆さんは配置についている。私たちも最前列で攻撃のタイミングを窺っていた。ゲルトルートさんとエルネスタさんが前衛として立ち、その脇に投網を投げる冒険者が配置されている。
いつでも水竜を迎撃できる態勢だ。
さあ、いつでも来やがれ!
「水竜が来るぞーっ!」
冒険者の声が上がり、上流から雄叫びが響く。
「水竜……! ついに来たっ!」
上流から迫りくるのは蛇の頭に鰻のようにぬるぬるした体表、そして翼が生えた怪物である。勢いよく翼をはためかせて、バタフライのように泳ぎながら、水しぶきを上げて突撃して来る。
「投網の用意!」
指揮官である青年冒険者が叫び、冒険者たちが投網を投擲する準備をする。
「投網投下!」
そして、一斉に投網が水竜に向けて投げつけられる。投網は広がり、水竜の体に巻き付き、その動きを封じ込めた。水竜は暴れまわるが、まだまだ投網が解ける様子はない。かなり頑丈な投網が使用されているようである。
「大暴れしている! 今のうちに叩いてくれ!」
「了解!」
戦闘魔術師と後衛の弓兵の皆さんが一斉に攻撃を放つ。
だが、矢はぬるぬるとした体表には突き刺さらず、戦闘魔術師さんたちの攻撃は激しく吹きすさび始めた暴風と大量の水の壁によって弾き返された。
そうか。水竜は水のエレメンタルと風のエレメンタルに守られているんだな。これじゃあ、遠距離火力で水竜を叩くのは不可能そうだな……。
「ペトラさん。いつも水竜討伐ってこんな感じなんですか?」
「ああ。奴が魔力切れを起こすまで押しとどめる。いくら水竜でも魔力は有限だからな。だから、長期戦になるぞ」
なるほど。魔力切れを狙っているのか。魔力切れを起こすと体に致命的な影響が及ぶからな。理にかなったやり方だ。
まあ、私には心強い相棒がいるからいけますけどね!
「口径120ミリライフル砲、展開!」
私は準備しておいた口径120ミリライフル砲を水竜に向ける。
「いくぞ!」
よしっ! そのぬるぬるした面を吹っ飛ばしてやる!
「てーっ!」
私は水竜の頭部に砲口を向けて、引き金を絞る。
だが、外れた! こいつ、動きもぬるぬるしてて当てにくいぞ!
「こっちに気付いたっ!?」
水竜は自分が振りまいている風と水の壁を貫いて攻撃してきた私を認識し、その眼球がギョロリと私の方を向いてきた。
「おい、馬鹿っ! これは攻撃を急所に当てると不味いんだよ! 何せ、あの野郎は攻撃を感知したら──」
ペトラさんが叫ぶのに、大量の水が飛んできた!
「うわっ! あぶなっ!?」
「だから、攻撃を当てると不味いんだよ! あの野郎が本気で攻撃してきたら、そこらじゅう水浸しになっちまうから!」
「そ、それ、先に言ってくださいよー!」
川の岸辺は一面水浸しだ。炎竜のように炎でないからいいようなものの、これでは大洪水になってしまう。周辺環境への影響は絶大だぞ。クエスト報酬どころか、賠償金を請求されてしまいそうだ!
「ええい! こうなったら、即座にぶち殺してやる!」
「お前、物騒だな! 本当に公爵家令嬢かよ!」
私は口径120ミリライフル砲の砲口を水竜の頭に向けると、連続して引き金を引いた。とにかく、第3種戦闘適合化措置の状態で、手あたり次第に砲弾をばら撒いて、うねうねする水竜に当たるのを祈るのみである。
いくら体感時間が遅延していても、引き金を引いて砲弾が発射されるまでにはラグがある。そのラグを利用するように水竜はうねうね、うねうねと動き、隙あらば私に猛烈な勢いで射出される大量の水を浴びせかけてくるのだ。
むきーっ! 腹立ってきた!
「ペトラさん! 私、前に出ますから!」
「お、おい! 何するつもりだ!」
「超至近距離射撃です!」
相手が砲弾をかわすなら、回避できない距離にまで迫って砲弾を浴びせればいい。ナイスアイディア!
「オオオオォォォォ!」
水竜が雄たけびを上げて再び水を射出してくる。
本能から私はそれを回避したが、回避してそれは正解だった。高圧で射出された大量の水は大地を切り裂き、水をあふれさせた。
ちっ、ウォーターカッターって奴か。面倒なことしやがる。
「気をつけろ、アストリッド! まともに受けたらミンチだぞ!」
「りょーかいっ!」
当てるのは苦手だが、回避するのは問題ない。
「あらよっと! ほらよっと!」
連続する水竜の攻撃を回避しつつ、一気に水竜との距離を詰める。
だが、距離が縮まるにつれて、水竜の攻撃も激しくなる。何十発という水の嵐が吹き荒れ、私の頬を掠める。危うい攻撃が数発ばかり発生する。結構面倒だな。流石はドラゴンといったところだ。
「それっ! お返しだ!」
だが、私もやられてばかりではない。
距離さえ詰めればこっちのものだ。どでかいのをお見舞いしてくれる!
私は口径120ミリライフル砲の引き金を絞り、砲弾を叩き込んでやった。
命中!
攻撃は見事に水竜の首に命中した。血飛沫が飛び散り、水竜が悲鳴じみた雄たけびを上げてのたうつ。
「こいつでトドメだっ!」
シリンダーが回転し、次の砲弾が装填されると、それを叩き込んだ。
水竜の頭部に向けて。
命中っ!
水竜は激しくのたうつと、痙攣しながら川に沈んでいった。
そして、真っ赤な血が川の水面に広がっていく。
「やった! 倒した!」
これで倒した竜は炎竜、ジャバウォック、水竜と3匹だ!
「おお。すげーな。本当にやっちまうとは」
ペトラさんが水浸しになった岸辺を歩いてきてそう告げる。
「やりましたよっ! どうですか! やっちゃいましたよ!」
「ああ。よくやった。報酬ゲットだな。まあ、ここまで川が荒れると損害賠償を政府から請求されるけど」
「ええっ!? ち、ちなみにおいくらぐらい……?」
「冗談だ、冗談」
ふうっ。そういう冗談はシャレになってないよ、ペトラさん。
「しかし、これでいよいよ竜殺しの魔女の名が広がるな。ここにいる全員がお前が水竜を叩きのめすのを見ているわけだし」
「げっ」
私の被っていたフードは水竜の噴水で流され、今や馬鹿目立ちする赤毛が露出している。しかも、連携を振り切ってひとりで突撃したために目立ちまくりである。
「よかったな、竜殺しの魔女?」
「うー……。あんまりその名前で呼ばないでくださいよう」
はあ。これからは本格的に変装しておかないとな。
しかし、このクエストの達成で私は報酬30万マルクをゲット! 早速ヘルヴェティア共和国の銀行に送金し、貯蓄としておいた。
ふふふ。これでいざお家取り潰しになっても再起することができそうだぞ。
見ていろ、運命! 今に貴様をあっと言わせてやるからな!
…………………