悪役令嬢は妖精にエンカウントしました
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──悪役令嬢は妖精にエンカウントしました
森。森。森。
ひたすらに森だ。
迷わないように方位磁針は持っている。これも魔術で作った品だ。この世界には方位磁針はあるけれど、公爵令嬢は方位磁針を必要とする機会などないと思われているので、買って貰えず、自作することに。
お父様たちと歩いた道は覚えている。この森のマッピングはできている。間違っても遭難することはないだろう。森には西の方角から入ったから、西に向けて進んでいけばいいだけの話である。そうすれば少なくとも森からは出る。
「しかし、なかなか獲物がいないなあ……」
お父様たちはシカを見つけたり、野ウサギを見つけたりするのに、なぜ私はネズミ一匹見つけられないんだろうか。この森は豊かな森だと聞いていたのに、なかなか獲物は捕捉できない。試し撃ちができない。
「おっと! なんだ、あれ……?」
私が森の中をブラッドマジックを使って駆けまわっていたとき、私は衝撃的な光景を目にしてしまった。
森のやや開けた場所に鷲の半身と肉食獣の半身を持った化け物が鎮座していたのだ。その大きさは私たちの馬車を引く馬の2倍はある。
「グ、グリフォン?」
確か、暇つぶしに読んでみた魔獣図鑑ではこういう獣はグリフォンという名前だったはずだ。かなり獰猛で、人間を襲って食べること多々あるとか。特に大好物は馬だという風に聞いている。
なんだってまたこんな危険な生き物が軍務大臣閣下の狩場に……。冒険者が手入れしているはずじゃあ……。
「ひいっ! おいしくない! おいしくないから! ブラウ、おいしくないですから!」
そして、よくよく見ればグリフォンの目の前には更に不思議なものが。
3頭身で、お子様が着るような水色のエプロンドレス姿で、水色の髪に、水色の目をした小人。手の平サイズで、実にファンシーな存在だ。それがグリフォンに滅茶苦茶睨まれている。
「あれって妖精って奴なのかな……?」
ファンシーな小人さんは初めてみるが、ヴォルフ先生から聞いたこともある妖精と思って間違いないだろう。
その妖精さんはグリフォンに食われかかっている。グリフォンはベロリと舌なめずりし、涎を垂らしている。君の好物は馬じゃなかったのか。そんなに小さな生き物を食べても君の大きな胃袋は膨れないと思うぞ……。
「あっ! そこの人間さん! 助けて! 助けてえ!」
と、ぼんやりとグリフォンと妖精さんを観察したいたとき、妖精さんがこっちを向いてブンブンと手を振ってきた。すると、グリフォンまでこっちを向いて、私を威嚇するように唸り始めたのだ。
「あれま。やるしかないな。ちょうどいい的だ」
私はブラッドマジックを限界ギリギリまで行使して身体能力ブーストを実行すると、背中に背負っていたショットガンにスラッグ弾を5発装填する。
さてさて。相手が可哀想な妖精さんを食べようとしていた魔獣ならば、殺しても誰も文句は言うまい。今夜のおかずは唐揚げだぞ。
「キイイィィッ!」
グリフォンはけたたましい鳴き声を上げ、私に向けて突撃して来る。
「さあ、来い、唐揚げ予定」
私はニッと笑うとまずはグリフォンの頭部を狙ってスラッグ弾を叩き込む。
「ギイィ!?」
スラッグ弾は見事にグリフォンの馬鹿でかい頭に命中したが、いかんせん致命傷にはなっていないのか、グリフォンは悲鳴は上げれど突進を止めない。
「下から行くか」
私はハンドグリップを動かして薬莢を吐き出し、次弾を装填すると、突進してくるグリフォンに向けて突撃した。
何を馬鹿なことをしてるんだと思っているだろうが、グリフォンは分厚い頭蓋骨に覆われた頭を盾にして突撃してきているので、このまま正面から撃っても、きりがない。弾切れになるだけだ。
ならば──!
私はスカートがめくれるのも無視して、一気にグリフォンの正面に迫り、一瞬でひらりと身をかわすと、スライディングする要領でグリフォンの下わき腹に回り込む。
そして、一撃。
「キイイィィ!」
見事に決まった、わき腹から入ったスラッグ弾はグリフォンの内臓を抉って、そのまま体内に留まる。すかさずハンドグリップを気持ちよくガチャンと言わせて、2発目のスラッグ弾を叩き込む。
「キイィ……」
グリフォンは心肺の大きな血管をやられたのか、ふらりと足元が揺らいで倒れ、ズウンと音を立てて崩れ落ちた。
「やったか、っていうのは止めておこう」
私は倒れたグリフォンの頭を足で踏んづけると、もう一度頭部に向けてスラッグ弾を叩き込んだ。今度のスラッグ弾は比較的薄いこめかみの頭蓋骨を撃ち抜き、地面に脳漿をまき散らした。
これでよし、と。
「大丈夫だった?」
「た、助かりました、人間さん……」
私がファンシーな妖精さんに声をかけるのに、妖精さんは深々と息を吐いて、背中に生える蝶のような羽を羽ばたかせて、ふよふよと私の方向に向かってきた。
「しかし、人間さんは私が見えるです?」
「普通に見えるけど」
妖精さんが首を傾げて尋ねてくるのに、私は当たり前のことを聞かれたようにしてそう返す。妖精さんの水色のファンシーなドレスと3頭身の可愛らしい恰好は、目の前の現実としてはっきり見えている。
「ほうほう! よかったです! 人間さんには適性があるのですね!」
「てきせー?」
ヴォルフ先生からは妖精さんについてはちょっと聞いただけだからさっぱりだ。
「妖精が見えるのは一部の魔獣と人間だけなんですよ。それを妖精への適性っていうんです。人間さんの名前はなんていうんですか?」
「アストリッド。アストリッド・ゾフィー・フォン・オルデンブルク。君の名前は?」
いろいろと聞きたいことはあるが、まずは名を尋ねる。
「ブラウはブラウです、アストリッドさん。助けてくれて、感謝です!」
「そういえばなんで食べられようとしていたの? あのサイズの魔獣が食べるようなサイズじゃないよね、君」
妖精さんもといブラウちゃんがそう告げるのに、私は心底疑問に思っていたことを尋ねた。グリフォンが食べるには、妖精さんはあまりに小さい。横綱がプチシューを半分こして食べてるぐらい小さい。
「妖精には魔力があるんです。食べると力が得られると魔獣たちは学習しているんです。だから、妖精の見える魔獣は私たち妖精を狙うんです。さっきも危うく食べられてしまうところだったんですよ」
へー。妖精さんを食べると魔力が……。
「ア、アストリッドさん? ブラウを見る目がさっきのグリフォンと同じになってるんですけれども……」
「ところで君っておいしい?」
「ぎゃー!」
まあ、妖精さんを食べるわけにはいかないね。そこまで私は猟奇的ではありません。
「冗談、冗談。で、ブラウは何ができるの?」
「妖精は妖精のやれることがやれますよ?」
それが分からないんだってば。
「妖精と契約したらいろいろとお得な特典があるですよ! 人間さんは私を助けてくれたので、契約してもオーケーですよ!」
「へー。でも、よく分からないからなあ……」
妖精でも怖いのだと魂を取られるとかあるかもしれないし……。
「じゃあ、ついていっていいですか、アストリッドさん? 大人の人たちが契約してもいいといってくれたら契約しましょう! そうしましょう!」
「それならいいよ。私の一存だけじゃ決められないからね」
この子やけにハイテンションだな。やはり何か裏が……。
「な、なんでそんなに胡乱な目で見るんです、アストリッドさん? ブラウはいい妖精ですよ?」
「いや。まだ分からないから」
正体不明なものは警戒するのだ。フーッ。
「アストリッドー! どこだー!」
「げっ! お父様が気付いた……!」
と、お父様が私を呼ぶ声がし始めたのはそんなときだった。
「お父様! ここでーす!」
私はブラッドマジックを使ったダッシュで一気にお父様たちの下へ。私がいたところに来られるとグリフォンの死体について説明しなければならなくなる。それは非常に面倒くさい。
「アストリッド! どうしたんだ!? いきなりいなくなったから驚いたぞ!」
「そ、それが森で妖精さんを見つけて……」
お父様がお怒りだ。せっかく稼いだ好感度があ……。
「おっ。確かに妖精を連れていますね。エレメンタルは風かな?」
「はい! ブラウのエレメンタルは風です!」
あれ? フラウンホーファー伯爵閣下も見えちゃう人?
「妖精がいるのか? 見えないぞ?」
「パウルには適性がないんでしょう。そこにいますよ。アストリッドちゃんの肩の上に座っています。随分となつかれているようですね」
「それはアストリッドさんがブラウをグリフォンから──」
余計なことを言おうとする妖精の口を私は速やかに塞ぐ。
「森でひらひらと飛んでいるのを見かけて、ついて行ったらなつかれまして。クッキーを上げたのがよかったんだと思います」
「ブラウ。クッキーなんて貰って──」
ええい。話を合わせるんだ、駄妖精!
「それはそれは。妖精は魔術師にとってよきパートナーになりますよ。そこまでなつかれているなら契約してはどうですか?」
「フラウンホーファー伯爵閣下。これって契約しても大丈夫な奴ですか? 命とか取られません? 寿命とか縮まりません?」
「そ、そんな妖精は聞いたことがないですね……」
よし。フラウンホーファー伯爵閣下のオーケーが出たなら大丈夫だ。
「ブラウ。契約しよう」
「はいです!」
私の言葉にブラウが待ってましたとばかりに頷く。
「では、契りを」
ブラウがひらりと私の手の平に乗って告げる。
「我、カルパートの森のブラウは汝アストリッドと魂を結びて契約せん」
魂ってやっぱり怖いな。
「契約を受け入れるならば接吻を。契約を受け入れぬならば瞼を閉じよ」
でも、フラウンホーファー伯爵閣下も妖精は魔術師の良きパートナーだっていうし、ここは契約してしまおう。
私はブラウの額にそっと唇を当てる。
「これにて契約はなされたです。これからよろしくです、マスター!」
「こちらこそ、よろしく、ブラウちゃん」
まあ、役に立たなくても可愛いマスコットが手に入ったと思えばいいか。
「なんとまあ、妖精とは。思わぬものを狩りましたね、アストリッド嬢」
「お前の娘は本格的に宮廷魔術師になるんじゃないか、パウル?」
お父様たちががやがやと騒ぐ中、日も沈み始めて狩りは終わった。
この日のおかげでお父様の好感度は急上昇! 魔術の訓練時間ものばしてくれた!
そして、ゲームには登場しなかった妖精まで手に入れてしまって、私の魔術街道はこれからも進んでいくぞ。おー!
ちなみに、あの後でグリフォンの死体が見つかって誰がグリフォンをやったのか騒動になったとか。私は素知らぬ顔をしてお父様がグリフォンの話をするのを聞いていたが、お母様はいつものオリエンタルスマイルを私に向けていた。
お母様、鋭い……。
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