お前は幾らだ?
男の厄年って…何歳だっけか?ー
住良木 灰人〈すめらぎ はいと〉は、そんな事を喫茶店の最奥の端の席でそう思っていた。
彼はあまりいい人生を送ってきてはいない。
15歳の時に突然3歳上の姉が蒸発し、18歳の時に事故に合い両親を失った。
天涯孤独という奴だ。だが、独りでも何とか生きてきた。
誰に迷惑をかける事もなく、ただひたすらバイトに勤しんできたのだ。
なのに、この仕打ちは何なんだ、神様よ。そんなもんがいるのならば、訴えてやる。
只今、灰人の向かい側の席には、見知らぬ女性が座っている。
女性…と言うには少し幼いか。高校生にも見えるし、20歳を越えているようにも見えるな。
にしては化粧っ気がない。…ないが、肌は透き通るように白く、ツヤツヤとした黒髪を垂らし、人形
のように整った顔をしている。多分だけど、お嬢様っぽい。
とはいえ、この人は誰なんだ。こんな知り合いは頭の中の知人リストにはいない。
リストにあれば確実に上位にいる存在だ。
知っていれば、忘れるわけがない。
元カノの知人?元カノに頼まれて文句言いに来たとか?
だが、元カノと言っても別れたのは2年程前の話だ。
喧嘩別れではない。あっちが勝手に他の男作って「サヨナラ」を言ってきただけだ。
むしろこっちが被害者なわけで…ってか俺2年も一人なんだ。色々、枯れるわけだ。
自分の恋愛遍歴はどうでもよくて、今までの記憶をどんなにたどっても目の前の彼女は現れない。
こうなったのはかれこれ20分前〈20分も沈黙なのか〉
昨日の深夜から働いて、眠い眼を無理矢理開けながら家路について、丁度、今いる喫茶店の前に
差し掛かった時、
「住良木 灰人だな?」
後ろから声をかけられた。
振り返ると日の光が眼に眩しくて、思わず眉間に皺が寄った。
チカチカする視界の中に浮かび上がったのは彼女だった。
「話がある」
「話?」
「あの店に入ろう」
「えー…っと…」
「朝食を奢ってやる」
知らない人に付いて行ってはいけないと、親からありきたりな教えをうけてはいたが、灰人は「奢り」
と言う言葉にホイホイ付いて行った。
別に金に困っているわけではない。一応、それなりに生きている。
馬車馬のように働きながらだが。
だからか「奢り」という言葉に弱い。
別にそれが嘘であっても、食事代くらいはだせる。
その結果がこの有様だ。
彼女は一切話さない。ただこちらを値踏みでもするように見つめている。
話があるんじゃないのか?
「お待たせいたしました。モーニングAセットと、キャラメルミルクティーでございます」
2人の間にまったくの会話がないまま、注文の品が運ばれてきた。
彼女は、置かれた甘い匂いの紅茶に手を伸ばし、一口、口に運ぶ。
その際、小さく開いた口元から鋭い牙のような物が見えたのは、錯覚だろうか。
「食べないのか?」
呆然と見つめていた灰人に、彼女がやっと口を開いた。
「…ああ…いただきます」
促されるまま、灰人はトーストに齧りついた。
やっぱ美味い、家だとこうはいかないんだよな。
顔を綻ばせながら食事をする灰人を、彼女はまたじっと見つめていた。
止まっていた事態が動いたのは灰人が食事をすませ、食後の珈琲が運ばれてきた頃だった。
「さて、話をしようか」
どうやら彼女は、灰人が食事を終えるのを待っていたらしい。
苦痛だった。
「俺…貴女の知り合いですか?」
とりあえず、素朴な疑問を口にした。
向こうが知ってて自分は知らない、そんな事は多々ある。
人によっては話を合わせたりするが、灰人はそんな器用ではない。
「いや、お前は私の事は知らない」
お前って、随分上からだなこいつ。
最近の奴は礼儀を知らないと灰人は、内心ムッとした。
それに顔に似合わず、お固い口調だ。
「私は、お前の事はよく知っている」
ストーカーか。
バシッと言い放って、不敵に笑う彼女に口元が引き攣る。
にしては堂々としすぎやしませんか。
飯まで奢りますか?最近のストーカーは。
「それで…俺にどうしろと…」
安っぽい珈琲の香りが鼻孔を散歩しているのを感じながら、灰人は彼女を見つめた。
「住良木 灰人。お前は幾らだ?」
「はっ?」
いくら…?イクラ?食いもんのことか?
いやいや、そうじゃないだろ。頭の変換機が誤作動、起こしている。
幾ら…という事は、自分の値段を言っているのか、この人は。
「いくらとはどういう…」
「幾ら払えば、お前を買える?」
買える…?
人身売買?!
何だこの裏社会の人?!顔に似合わず、手は真っ赤っかだったりするのか?!
更に変換機が、誤作動を起こしてオーバーヒート寸前なんですが!
灰人が口を開け呆然としていると、彼女は鞄から分厚く膨れた茶封筒をだし差し出してきた。
「これでどうだ」
ふつつか者ですがよろしくお願いします。
更新は、あまり開かないでしたいなあと思ってます。