歓談のひと時
私はミルチェと共にスーイの居る客室を後にした。
私はその足で玄関ホールへと向かう。
玄関ホールまでは元々居た客室からそんなに距離がない。
私の後ろをミルチェが歩く。
早朝の出来事が無ければいつもと変わらない日常だった。朝の突発事項があった為か朝食もすっかり遅くなってしまった。
わざわざ朝食を作り直させてしまったことが私としてはいただけなかった。
いつも言われることなのだが、私どうやら他の貴族に比べて貧乏くさいようだ。これは多分、お母様の影響だろう。
私のお父様は生粋の貴族一族の中で生まれ、育ってきた為か良いも、悪いもまさに貴族なのだ。そんなお父様を婿にした私のお母様は平凡な庶民の出だった。
私の幼い時からお父様とお母様の金銭感覚の違いは良く知っている。いつもお父様が少し浪費するだけでお母様にもの凄く怒られているところを沢山観ていた。
私はそんなお母様の血を色濃く受け継いでいるのだろう。
私は勿体無いと思うことも貴族として我慢しなければならないことも多い。少し歯痒さはあるが貴族としての物腰は重要なのだと15年生きてきて学んだ。
最近は小さいことでは何も言わないことにしている。私だって日々学んでいるのだ。
私とミルチェは玄関ホールへと到着する。
ホールにある柱時計で時間を確認するが約束の時間の少し前だった。
しばし門扉の前で待つ。門扉といってもそこまで立派なものではないが。
少しして扉をノックする音がする。
それを聞いたミルチェが扉を空けると二人の女性が立っていた。
「ようこそいらっしゃいました。レイさんお久しぶりですね」
私は二人の女性のうちのつばの大きな帽子を手に持った髪の短い女性に挨拶をした。
「こちらこそ、お呼びに預かり光栄です」
向こうも社交的な挨拶を返す。
そしてお互いの目を見合わせた。
「…………ふふっ。会いたかったわレイ!本当に久しぶりね」
「ええ、ほんと。8年ぶりだもの。お互いにだいぶ印象が変わったね。フラニー凄い綺麗になったよ!なんだか貴方のお母様そっくりね」
私のほうから礼節を崩すと彼女の印象はガラリと変わり、とても快活な感じになる。
私としてはこちらの彼女の印象のほうが強い。
「そういう。レイもすっかり大人びたわ。なんだか、私が子供っぽく見えてしまうわ」
お互いに容姿を褒め合い、そして照れ臭くなる。
久しぶり会う友人に浮かれ合っている。
「それにしても、突然戻って来るのだもの。驚いたわ。もっと早く教えなさいよね!」
私は気恥ずかしさを別の話題で無理やり変えることにした。
「ごめんね。父様が突然こっちに戻ることになってさ。連絡遅くなったよ」
彼女は申し訳なさそうに言う。
レイは8年前ご両親の都合で少し離れたここより大きな街へと引越して行った。
その当時7歳だった私は突然の親友との別れに夜通し泣いていたほどショックだった。その時にミルチェが真摯に慰めてくれたのを今でも覚えている。ちなみにこの話題、ミルチェに振ると怒るので要注意であった。
だから、正直今再開した時、思いっきり抱き締めたいくらいだった。
「フラニーお嬢様、立ち話もなんです。そろそろ客間にご案内しては?」
なにやら良からぬことを思い出していると勘付かれたのか、鋭い視線のミルチェから適切な指摘が入った。
「そっそうね。レイ、こちらにどうぞ」
「わかったわ」
私達四人は客間へと移動し、話の続きした。
ミルチェは客間へと着くとすぐにお茶とお菓子の用意を始めた。レイの付きの使用人もミルチェのお菓子の用意を手伝っていた。
「どうぞ」
「ありがとう」「どうも」
私とレイの前にミルチェから淹れたてのお茶が置かれた。
先ほどかなり遅い朝食を摂った後も飲んだが、ミルチェの淹れるお茶は本当に格別だと私は思う。
「ねぇ。あの後の生活のこととか、離れていた間の話が聞きたいわ」
「私もよ。8年分もあるのよ。たっくさん話したいことがあるわ」
私から話を切り出す。
私の知らない彼女の8年間。
私はどのような話が聞けるのか楽しみだった。多分向こうも同じことを思っているのだろう。
自然と話は弾んでいった。
それからというもの私とレイはミルチェの淹れたお茶とお菓子を食べながら、時間を忘れて互いに思い出話をし続けた。
時間はあっという間で、気づくと夕方になっていた。
「もう夕方なのね。そろそろお開きかな」
笑いながら言うレイ。
楽しい時間はほんとに一瞬だ。
惜しむ気持ちが私の中に尾を引いていた。
「そうね。まだまだお話したいことはあるのだけれど、これくらいにしておきましょうか。今日は私も色々とあって楽しかったわ」
私は素直な感想を述べる。
今日は一日中心地よい疲れに包まれている気がする。
「色々って、私以外に何かあったの?」
レイが眼ざとく私が色々と言ったことに注目する。
私は今日この事を彼女に話すつもりは無かったが、早朝に起きたことを手短に説明した。
「なるほどね、それって行き倒れかなぁ。何か深い事情が有りそうね」
私から話を聞いた感想をレイが言う。
「でも……あまり、深入りしないほうがいいと思う」
最後のは、私を気遣っての言葉だろう。
「記憶が曖昧なようで、自分の名前も覚えてないようなの。行くところもないだろうし、放ってはおけないわ」
私の言葉にこのことを譲る気が微塵もないことをレイは察する。
「その性格、貴方のお父様そっくりね。全く心配する身にもなってほしいわ」
怒っているように言ってはいるが、あまり怖くない。
それより、お父様にそっくりと言われたことが驚きだ。確かにお父様は慈悲深いというか、他人の面倒見がとてもいい。
お父様の浪費のほとんどはそういった事によるものだった。そしてその度にお母様に怒れていた。
やはり、血は争えない。お父様の子である私もまた似たようなものなのだ。
「ここら遣いありがとう。でも、私は大丈夫よ」
レイを不安にさせないためにも強めに言う。
「それならいいのよ。また何かあったら言ってね。すぐに駆けつけるわ」
私を良く理解している彼女は説得なんてしない。それはそうと、彼女もかなりのお人好しである。
「ふふっ、ありがとう。またおいでね」
「当然よ。またね」
彼女は笑いながら庭先の外門から帰って行った。
私とミルチェはレイの見送りを終えて、夕陽に照らされた廊下を歩きながら、客室へと向かった。
レイと随分と話し込んでしまったため、時間はだいぶ遅くなっていた。太陽の陽はほとんど沈みかかっている。
客室の前まで来ると私は扉をノックした。
しかし、返事はない。少し、心配になる。
「スーイ失礼するわよ」
私はことわりを入れて、客室へと入る。
すると彼女は私の心配をよそのに、ベッドでぐっすりと眠っていた。どうりで、返事がないわけだ。
「寝てるわね」
「そのようですね」
私とミルチェは彼女の寝顔を覗き込む。
スーイは小さく寝息を立てていた。
「起こすのも忍びないわ。このまま寝かしておきましょう。夕食は先にいただくことにしましょう」
「承知致しました」
彼女の睡眠を妨げないために寝かしておく。
「なら、早く食堂へ行きましょう。お腹空いたわ」
私はミルチェにそう言うと、踵を返して客室を後にするのだった。