フラニーと私2
この部屋にミルチェが来て、フラニーから指示を受けて部屋を後にしてからしばらく経つと、ミルチェが何かを押して戻って来た。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
「ありがとう。スーイ、席には着けるかしら?」
「はい……」
私を席へと誘うフラニー。
私は促されるがままにミルチェの用意した席へと座る。
私にしてみれば此処に来てから初めて立つ。ここへ来る前の林とかいう場所に居る時よりは、だいぶマシに立てるようになっていた。
私はフラニーと向かい合うように席へと座った。フラニーの正面へと座ると、彼女が私に笑いかける。
その横では、ミルチェが食事の用意をしていた。
彼女の用意が全て終わる頃には、三人分の食事が並んでいた。
ミルチェは一通り仕事を終えると私とフラニーの間の席へと座った。
ミルチェが用意した食事からは不思議な匂いが立ち込めている。私は知らない感覚にまた少しあの胸の高鳴りというものを感じた。
「さあ!いただきましょう。ほら、スーイも!」
「…………」コクッ
フラニーが私にそう促す。
彼女は先に食事へと手をつけていた。
私はミルチェが用意した食事を見る。すると胸の奥がつっかえるような感覚を感じた。なんだろう、この感覚。私には体験したことの無いはずのこの状況が、どこか懐かしく思えた。どこで体験したかなんて無論覚えていないし、少し目線が違うような気もした。
何かとても忘れたくなかったはずなのに、どうしても思い出せなかった。
「スーイどうしたの?お腹空いてなかったかしら?」
私が物思いに耽って食事に手をつけない事を気にしてフラニーが声をかけてきた。
「いっいや……」
「そう……冷めないうちに召し上がって。そのほうが美味しいわ」
私は彼女を見る。
彼女は嬉しそうに食事をしている。
私は彼女を観察し、見様見真似で食事を口へと運ぶ。
私が口に入れたのは目の前にあった黄色と赤のふわっとしたものだ。「……んッ!!」それを口に入れると私は自然と笑っていたようだ。
「ふふっ、気に入ってもらえてよかったわ」
私の口角が上がっているのをフラニーは見逃さなかった。小さく笑ってそう言う。
「そのオムレツ私も大好きなの。美味しいわよね」
「はい。……おいしい……です」
私はフラニーの言葉に素直に同意した。
他にも色々な食事がある。
その中に私のだけ、フラニーとミルチェとは違うものがあった。フラニー達のものと同じものが私だけ液体に浸かっている。
私の目線で気づいたのかフラニーが直ぐに答えてくれた。
「もしかしてパン粥はお口に合わなかったかしら?体調を考えて食べやすい様にミルチェに頼んだのだけど」
「いえ……これもおいしいです」
フラニーは不安そうに私に伺いっきた。
私はパン粥なるものを一口食べるそう言った。パン粥なるものは本当に美味しかった。
「ねぇミルチェ、お昼からの予定を教えてくれるかしら?」
「昼間からバルガス子爵家のミヤ様とのご歓談が予定されていますが」
「そういえば今日だったわね……。朝から忙しくて忘れていたわ」
フラニーとミルチェは私には分からない話をしている。
その中で、私は黙々と食事を続けた。
「お疲でしたら、御断りを入れましょうか?」
「いえ、結構よ。彼女と会うの、私も楽しみなの」
「承知致しました。では、予定通り」
フラニーとミルチェのやり取りが一通り終わる頃、私は食事のほとんどを平らげていた。
「スーイがこんなに食べてくれて、私も嬉しいわ。元気になってよかった」
「……はい」
私の食事の後を見て言う。
「このあとの事なのだけれども、私に予定が入ってるの。一人にしてしまうのですが、大丈夫ですか?」
「…………」コクッ
フラニーの質問に私は縦に頷く。
「そう、なにかあればミルチェや他の使用人に言ってね。スーイのことは屋敷の皆んな知っているわ」
「はい」
私は再び頷きながら返答した。
その後、しばらくして三人共食事を終え、その後片付けをしている。
私とフラニーはミルチェが淹れた食後のお茶を飲んでいた。これもフラニーの見様見真似だった。
「お嬢様、そろそろお時間です」
ミルチェが後片付けを終えてフラニーに声をかける。
「わかったわ。では、私はしばらく空けるので、スーイはゆっくり休んでいてください。夕食までには戻りますから」
フラニーとミルチェの二人が部屋を出ると、私だけがこの部屋に一人残った。
今まで意識が覚醒してから絶えなかった話し声がなくなり、辺りが静まりかえった。
私は寝具へと戻り、彼女の言いつけ通り大人しく体を休めることにした。寝具へと寝そべり天井を見上げる。
同じ様な姿勢であの時に見た灰色の空を思い出す。硬く冷たい廃材と違って、この寝具は柔らかく暖かかった。あのころのことは不思議な感覚に囚われる少し前、つまり最初に意識を失う直前までしか覚えていないが、あのときの言いようのない感覚だけは鮮明に覚えていた。
今、この瞬間、この時のこの感覚は私の存在があることを有り有りと証明していた。
私は天井を見上げているとだんだん意識が虚ろになってきた。
前回のような追いやられる感じではなく、身を任せたくなるような感覚だった。
私はその心地よさに身を任せることにして、ゆっくりと瞼を閉じた。