初めて見る景色2
私は今、見たこともない鮮やかで、たくさんの人で賑やかな世界に立っている。
見慣れない青い空はもちろんのこと、背の低い、煌びやかな建物が並ぶこの場所は私の元いた世界とは全く違う様相を呈していた。
私の知っている世界の建物はもっと、天にも届くくらい高く、そして冷たい印象だったはずだ。しかし、ここにあるもの全てからはそういった冷たい印象ではなくむしろ間逆の、温かさを感じた。そして、その雰囲気で満ちていた。
きっとこれは周りの景色だけの印象ではないのだろう。
この場所にいる人々全てからそんな印象を受けるのだ。
私はこれに近しいものを知っている。
例えるなら、この感じは彼女が笑った時に近いような気がする。そう、フラニーが笑っている時の、あの雰囲気に。
私は数少ない情報の中で、そんなことを内で考えていた。
それにきっと、他の人から見れば、私達もこの雰囲気の一部なのだろう。
私の隣ではフラニーが周りの人や建物を見渡しながら歩いていた。
そして、その後ろをミルチェが付いて来ている。
私はフラニーの側で彼女に付いて行った。
「ねぇ、スーイ。このお店なんてどうかしら?かわいいものがたくさんありそうよ」
「私は、なんでも……」
「そう。なら、入ってみましょう!」
「はい……」
私にはよく分からないので全てを彼女に任せる。
フラニーは私の手を取り、一軒の建物へと私を誘った。
彼女に連れられて入ったその建物の中は色鮮やかで見たことのないものでいっぱいだった。
それらは今、私の身につけているものに似ている。
今日、身につけているものはフラニーが選び渡されたものだ。
フラニーは"服"と言っていただろうか。
私が身につけている服はゆったりとしたものを腰の硬い素材で締めて固定している。
ここにはその服というものがたくさん置いてあった。
私は服にあっという間に目を奪われ、ずっとそれらを見ていた。
「どう?気に入ってくれたかしら?」
「えっと……はい」
「ふふっ、よかったわ」
彼女に声をかけられて我に帰る。
その時、私は少し顔が熱くなったような気がした。
私は思わず彼女から顔を逸らす。なんだかそうしたくなったのだった。
しばらくして私は少しフラニーの方を見ると、彼女は別のところでミルチェと服を見ていた。
それを確認すると、私は頭から熱が引ききったくらいからまた服を見る。
するとその中でも一つの服が私の目に留まった。
その服はこの世界に来て初めて見たあの鮮やかな空の色に似た青色だった。
私は思わず、その服に手を伸ばしていた。
「気に入ったものがありました?」
後ろから突然、話しかけられ伸ばした手を思わず引っ込める。
「えっと……その……」
「手に取ってもいいのですよ?」
まるで私のことを見ていたかのようなフラニーの言葉に先ほど引いた熱が戻ってくる。
「これ……」
私は空の色をしたその服を手に取り、彼女に見せた。
「綺麗な色の服ね。スーイによく似合いそう。気に入ったのならこれにしましょう」
「はい……」
「他にもいくつか見繕ったものがあるわ。私のを貸すのでもいいとは思うのだけれど、自分のものがあるほうが便利よね。ミルチェ、これらを頼みます」
「承知致しました」
フラニーがたくさんの服をミルチェに渡す。
ミルチェはそれを受け取ると建物の奥へと向かった。
私はフラニーと先に建物を出る。
外に出ると光が一気に目の中に飛び込んでくる。
私は咄嗟に目を細め、手を当てた。
「外は眩しいわね、スーイ」
私のことを見てフラニーが言う。
「今度は私のお気に入りのお店が近くにあるの。そこへ行ってみましょう」
「……はい」
私の一歩先を歩きながら彼女が言った。
その笑顔は周りの雰囲気と似た温かさを感じた。
私とフラニーの買い物はしばらく続いた。
この日、一日であらゆるものを知ることができた気がする。見るもの全てが初めてのものでいっぱいだった。
少し前まで青色だった空が最後に入った建物を出た時には空と大地の境目を燃やすような赤色になっていた。
この世界の空は私の予想の遥か上をいく変化を見せる。
「買い物はこれくらいにして、今日は最後に寄りたいところがあるの」
私が赤く染まる空に気をとられているとフラニーがそう言ってきた。
私は彼女に連れられてある建物の前まで来た。
その建物は他の建物より少し背が高く、どっしりとしている。
「少し待っていて」
フラニーはそれだけ言うと私とミルチェを建物の前に置いて中へと入って言った。
空の赤さが濃くなってきた頃フラニーが戻ってきた。
「どうでしたか?お嬢様」
「駄目でした。なにも手がかりは得られなかったわ。スーイの歳や見た目の少女に捜索依頼は出てないわ」
「左様ですか……。残念です」
「ええ。スーイの身元判明の依頼はこちらから出したわ。しばらくは様子見ね」
どうやらフラニーは私の身元を探してくれたようだ。
当然の結果だろう、私の身元などこの世界の人に分かるはずもない。きっといくら待っても私を知る者はこの世界から出て来ることはない。
私はフラニーとミルチェの会話が終わるのを黙って見ているしか無かった。真実を話すことがいいのか迷っていた。
「さぁ、今日はもうお屋敷に帰りましょう。そろそろお腹が空いたわ。スーイはどう?」
私はフラニーの言葉に返答しようとすると、代わりにお腹から変な音を鳴らす。
「ふふっ、スーイもみたいね!」
私がぽかんとしているとフラニーが笑って言う。私は途端に顔が熱くなっていた。
私達は来た道を戻る。
私は道を歩きながら考えていた。
このまま、内緒にしておくことが良いことなのか。私がどこから来たか話すべきではないのかと。しかし、信じてもらえるのだろうか。
自分ですら未だに信じられないこの状況で、出会ったばかりの彼女にわかってもらえるだろうか。
なによりこの世界では元の世界での私のような存在はまだ見ていない。
もしかするとこの世界にはそういった存在はいないのかもしれない。
だとすると、私の話はさらに信じてもらえないだろう。
ならば、このまま話さずに彼女の元でこの世界の情報を集めるべきなのかもしれない。このことを話して変に思われて居場所を失うことは得策ではない。
今はとにかくこの世界を知ることが重要なのだから。
そんなことを考えていると、私はある建物の中にあるモノが目に留まった。
私は思わず立ち止まる。
それから道を歩く、私達と反対を行く人々の流れを目で追った。
それからもう一度建物の中を見る。建物の中には人の形をしたものがたくさん置かれていた。光のない暗い建物の中にそのシルエットだけがよく見えていた。
「スーイどうしたの?」
私が立ち止まったことに気づいたフラニーが声をかけると私の側まで来た。
「スーイ……?」
「私は……ひと……なの?」
私は唐突に彼女に質問をぶつけていた。
「えっ……?」
彼女は素っ頓狂な声を出す。
私は無意識に口走っていたことに気づく。
さっきまで、言わないと思っていたことを目の前の光景に反応して、自然と言葉が出てしまうなど、人間の不自由さを感じた。
そして何と言って、取り繕えばいいのか私にはわからない。だから私は彼女のことなど意にも介さず、さらに続けた。
「私はひと?」
「えっと……そうだと思うのだけれど。違うの?」
彼女は言葉に詰まりながらも私に返答した。
「分からない。でも、前は……違ったと思う」
「そうなの?前はって……?」
私が言った言葉の中でフラニーが気になった言葉を繰り返す。
「前は……」
私はそう言いながら建物の中を指差した。
「えっと……人形?」
私の指差した方向をフラニーは見て言った。
「私、前は"アレ"みたいだったと思う」
「えっとスーイ、あれは人形と言って人ではないのよ?スーイはどこから見ても人よ。人形は話さないし、動かないもの。人形であるはずがないわ。」
「そう……」
フラニーの言葉は多分周りの人たちと一緒なのだろう。
私はこの建物の中に飾られた人形とは違う。
人形ではないと。だからこの場所を歩いていても違和感はない。誰も不思議には思われない。
この世界では人形は喋らないし、動かないと。
フラニーそう言っているのだろう。
私の予測は当たっていたのだ。
「…………」
「…………」
少しの間、二人とも沈黙が続く。話を切り出しづらい空気がそこにはあった。しかし、それを破ったのはフラニーだった。
「それにしてもスーイがこんなに話をしてくれたのは初めてね。内容には驚いたけれど、話してくれて私は嬉しかったわ。」
「……えっ?」
唐突にフラニーがそう言ったので私は驚く。
「私はもっとスーイのことが知りたいわ。だから、これからも何でも話して」
「……わかった」
私は小さく頷く。
「さぁ、もう暗くなるわ。早く帰りましょう」
「……うん」
彼女が私の手を取って歩き出す。
私は引っ張られるようにその建物の前を後にした。
やはり、私の話はおそらく彼女に信じてもらえていないだろう。
まだ話していないこともある。
いつか信じてもらえるのかも分からない。
いつか話せるのかも分からない。
最後まで信じてもらえないかもしれない。
最後まで話せないかもしれない。
だけれども彼女になら自然と何でも話せるような気がした。
今はまだその時ではないだけで、彼女の優しい、温かな笑顔が、そういう気持ちにさせている気がした。
これは私の心理変動を観察して導いた結果だ。
この世界に来て初めて導き出した答えだった。
自信はある。
今はこの答えを頼りに彼女に引かれた手をただ握りしめる。
先の道には、私とフラニーを待つミルチェがいた。
空は暗みの掛かった赤が広がっている。
建物からは所々光が漏れている。
隣ではフラニーとミルチェが笑いながら話しをしている。
私の目の前には見たことのない、温かな景色が広がっていた。
ゆっくり続けていきます。
よろしくお願いします。