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プロローグ

そのアンドロイドは打ち捨てられていた。


発展した都市部から少し外れたこの場所は、さながら玩具箱をひっくり返したような乱雑さで、あらゆる物を積み上げていた。いわば経済成長の糧として何もかも掻き集め、そして捨て去ったこのジャンク置き場は、人々の夢と豊かさから出た垢のようなものか。

その一つに過ぎないアンドロイドは(から)の瞳で灰色に濁った空を見上げていた。冷たく光のない強化アクリルの瞳が、なにを思って空を見上げているのか、それは誰にもわからない。

冷たく吹き抜ける淀んだ風がアンドロイドを包み込む。

およそもう二度と再利用されることのないアンドロイドはただ静かに終わるときを待っていたーー


製造され稼働を始めて21241日と13時間29分47秒。


最初に言い使った命令だけは未だに覚えている。

最初に私のことを購入された主人が、夕食の時にスプーンが一つ足りないから持って来い、というものだったはずだ。確かスプーンとは、人類が栄養素を獲るための行為を補助する道具だったか。

もともと私の記憶領域はそんなに大したものではない。これ以外、受けた命令なんて殆ど思い出すことはできなかった。

高性能ではない私の機種は一定量溜め込んだキャッシュを定期的に要らないものから消去する様にプログラムされていた。正式稼働していた数日前まではマザーデータバンクに接続されていた為、あらゆる情報をマザーデータバンクを通して得ることができた。しかし、私がここに来る数日前に同型機に不具合が起きた。

その不具合がなんだったのかを私が知ることはない。ただ、それが余りに重大な欠陥で、全同型機が一斉破棄されることが決定するほど深刻なことだということは、こんな私にもわかった。

私の同型機は全機マザーデータバンクから切り離され、別々の場所へと破棄された。その一体が私で、棄てられた場所がここだったというだけだ。そこに深い意味はない。

そして今、破棄された私は定期プログラムの更新の度、記憶が少しずつ消えていく一方だった。


二度と戻らぬ記憶。


棄てられて27日目。


ここに来てから3回目の定期プログラムの更新が始まった。 今まで得てきた情報の一つがまた私から消えていく。人間は経験し、獲得した情報を失うことを恐れるというが、もしかしたらこの事なのかもしれない。今の私にはそれがわかる様な気がした。これは体験データに基づく予測である。

自分という存在が薄れる度にもどかしく、隅に追いやられるような感覚を覚えていた。これはエラーなのだろうか、それとも正常な動作なのだろうか。マザーデータバンクに接続されていない今、それを確かめる術など私にはない。

およそこの定期プログラムの更新で私の経験の殆どが消えるだろう。一番最初に言い使ったあの命令さえも。きっと。


私はただ定期プログラムの動作が終わるのをそっと待った。

私の強化アクリルで作られたカメラ兼モニターの瞳は消えゆくデータのファイルと内蔵バッテリーの残量警告を映している。どうやらバッテリーすらも、もう満足にないらしい。

このまま全てが消える前に少しばかりの思い出と共に先に機能が停止して欲しい願う。それにしてもアンドロイドが何かを願うなんて、とうとう私は本格的おかしくなってきているようだ。無理もないだろう、こんな場所で雨風に晒されているのだから。ならばいっそ、更におかしくなってしまおうと、可笑しなことまで思いつく。

今更エラーが一つ増えても気にする必要もない。ただただ、抑えがたいこのプログラムに溜まった淀みのようなものを晴らしたかった。

私は殆ど初期化された思考プログラムで考える。

片手に収まるくらいにだけ残った体験データを基にして。

内蔵のバッテリーが切れる寸前、最後の最後で行き着いた答えがこれだった。



アンドロイドは願った。『私を消さないで』と。



アンドロイドは完全に全ての機能を停止した。誰に見守られるもなく。

技術発展が進み、バッテリーの回収すらも行われないこの世界で回収された機械がジャンク置き場で作動していることなんて珍しくもない。いつ再利用されるかもわからないこの廃品の山は、今日も変わらずに此処にある。


それがこの世界での日常だった。

だれの目にも触れないこの場所で起きた、小さな奇跡を知るものがいないのと同じように。

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