第14話 俺と違って、な
春太が目を覚ますと、そこは宿屋ぽかぽか亭のベッドの上……ではなかった。
「シュンたんしっかりして、ボスが来るよ!」
マキンリアが顔を覗き込んできている。
くりくりした瑠璃色の瞳には心配とも焦りともつかない色が浮かんでいた。
「マキンリアか……何で宿屋じゃないんだ?」
近い。
そう思った瞬間、春太の鼻水が大量生産され始める。
仰向けになっていたので鼻水は外ではなく口内に向かってきた。
ゴボゴボと溺れそうになる。
「シュ、シュンたん何も無いところで溺れそうになってるよ?!」
「ゴハッ! ガハッ! はぁはぁ……ちょ、ちょっと離れて」
「そっか、そういう体質だったね! 忘れてたよ。心霊現象かと思った」
「種も仕掛けもあるから心霊現象じゃないよ……」
「宿屋じゃないのはね、蘇生薬を使ったからだよ。せっかくのボスだから他の人に倒される前に倒そうよ」
「君は無事だったの?」
「あたしは顔を引っ込めるのが間に合ったからね。シュンたんは300くらいダメージ食らってた」
けっこう低いダメージだな、などと春太は思った。いや即死には変わりないんだけど、いつも2600くらい食らって死んでるからな。しかし悔やまれる。話に気を取られて岩陰に隠れるのが遅れたとは。
春太が体を起こすと、大岩の向こう、窪地の方からドドドドという足音やギャアギャアというカラスの鳴き声が聴こえてくる。
「とにかくシュンたん、二手に分かれてどっちかが子分を引き付けよう! それでもう一人がボスを倒せば良いよ!」
マキンリアが手短に作戦を説明した。
確かに有効な作戦だ。まともに戦っても勝てないのだからどちらかが子分を引き付けるしかない。
だが、春太は弱った笑顔で辞退した。
「いや、いいよ」
「何で?! 諦めちゃうの? せっかくここまでダメージ与えたのに」
「いや、そうじゃない。だってさ……」
春太は自身の両隣にいるプーミンとチーちゃんを指し示した。
「……この子達が倒しちゃうから」
プーミンは春太が殺されたとあって既に怒り心頭である。セピア色の体毛は逆立ち、小さな牙を剥き出しにしている。チーちゃんもやる気満々で、ウルウルした瞳はそのままにそわそわが止まらなかった。セリーナだけは自分が出るまでもないだろうと落ち着いて伏せていた。
「え、この子達って、ちょっと待って! この子達が倒す? ボスを?!」
マキンリアが信じられないといった感じで春太に訊いた。
ボス達の発する音はどんどん近付いてきて、その姿を現す。
窪地の外周に沿ってぐるりと回ってやってきたようだった。
ダンルガーが咆哮をあげる。
「ゴオオオオオオオオオォウッ!」
それを合図に大量にいる子分イノシシが突進の予備動作でザッシュザッシュと地面を蹴る。カラスが騒ぎ立て、旋回を始める。
「ああ、そうだよ。この子達が倒す」
春太がそう言うがマキンリアは不安でいっぱいだ。
「本当に?! 本当に大丈夫なの?! だって召喚獣って普通は主人のサポートくらいしかできないし、主人より弱いし!」
そこで春太はフッ甘いな……とキザな笑みを見せた。
「いや、ウチのペットは強いのさ……俺と違って、な」
「なんか凄くカッコつけて言ってるけど中身はカッコ悪いよ?!」
マキンリアが突っ込みを入れると共に、子分イノシシ達が走り出す。
カラス達もそれに便乗して飛来する。
それらを迎え撃ったのは、小さな猫が発動した極太の雷だった。
雷はもはやレーザーと言っても良かった。
耳をつんざく音を撒き散らし、木のように枝分かれして、子分達を一匹残らず捉える。
4300とか4200とかのダメージの吹き出しが一斉に咲き乱れた。
全ての子分が昇天、ドサドサとアイテムが落ちる。
「なにこれええええええええぇっ?!」
マキンリアがテレビ番組みたいな反応を見せる。まさに取れ高OKのナイスリアクションだ。
「いや、まだだ。『右の頬を打ったら、左の頬も打ち抜け』という言葉がある。ビンタは往復ビンタなんだよ……!」
春太がそう言うと、チーちゃんが炎の魔法を発動。
ダンルガーが炎の竜巻に包まれた。
与えたダメージは4619。
ゴウゴウと熱風が吹き荒れ、春太達の髪の毛が踊った。
「グアアアアッ……」
ダンルガーが情けない声をあげてひっくり返った。
「えええええええええぇっ?!」
マキンリアの驚きは止まらない。
そりゃそうか、と春太は思う。初めて見た人はこうなるよな。考えてみたら、最初からこうしていれば良かったんだ。ボスなら経験値も沢山もらえるだろうから、チーちゃん達のレベル上げのためにもなる。チーちゃん達のレベル上げが一番重要なもので、俺のレベル上げはオマケにすぎない。
「ね、ペットを大切にするのもいいもんでしょ?」
春太は得意げになって立ち上がり、尻を払った。
ドロップアイテムは大量だった。
これを二人で分けることになる。
すると、マキンリアが一つのアイテムに興味を示した。
「あっ……! これ出てたんだー……あたしこれ集めてるんだよねー」
彼女が持ち上げたのは毛玉状のアイテムだった。
「それは?」
「『さわやかグラデーションの糸』。カラスがたまーに落とすレアアイテムなんだよ。綺麗でしょ」
確かに毛玉はグラデーションがかかっていて、綺麗だった。
「集めてるなら、それはあげるよ」
「え、いいの?!」
「俺には物の価値も分からないし、てきとうでいい」
春太はこともなげに言った。MMORPGをプレイしていた時の話だが、そこで知り合った人から『アイテムの山分けはきちんとやろうとするとけっこう面倒なことになるんだよ』と聞いたことがある。意見の食い違いが出て険悪な空気になったりとか。レアアイテムが人の心を惑わすのかね。俺はギスギスするのが嫌なので、てきとうにやる。
「ありがとー! シュンたん気前がいいね!」
マキンリアは喜んで毛玉を抱いた。
それから二人でアイテムを好きなように拾った。途中マキンリアが『これけっこう価値あるからシュンたん持っていきなよ!』とか言って幾つかのアイテムを渡してくれた。きっとこれで俺が損しないように調整してくれているんだろう。
アイテムを拾い終わると夕方になっていることに気付く。
空がオレンジから藍色のグラデーションだ。
そして、昨日見た景色に遭遇する。
ルビーのような赤い山脈やダイヤのような浮島だ。
やはりプラッケ山は最初に降り立った場所だった。
今日はもう帰ろうか、と春太は思う。ボスも倒したし、この狩場は制覇だ。明日はまた別の狩場に行こう。
そうしてマキンリアに声をかけようとしたら、彼女は腕組して考え込んでいた。
どうしたんだろうと思い、春太は声をかけるのを躊躇った。
マキンリアはようやく頭が整理できたのか、一つ頷くと口を開いた。
「あたしもやっぱり育ててみようかな、召喚獣」
意外な言葉だった。
召喚獣を囮としてしか見ていなかった彼女が。
「どうしたの、急に?」
春太が尋ねると、赤茶髪の少女は輝くような笑顔で心境を語った。
「シュンたんのペット、すごくいい子達だし、強いし、楽しそう!」
夕陽を受けた彼女の顔が魅力的で、クッ人間のメスなんぞに赤くなってたまるかと春太は堪えつつ、嬉しいと思った。
『楽しそう』と言ってくれたことが春太の琴線に触れた。そう、楽しいんだよ。使役するだけの存在でなく、共に生きた方が絶対楽しい。
「ああ、絶対楽しいよ!」
春太も自然に笑えた。何だかこの娘といると気が楽だ。行動も言葉もはっきりしているところが良い。これなら俺も無理して背伸びする必要が無いし、疑心暗鬼にもならずに済む。体質改善の助けになってくれるかも?




