最後の言葉~観月さんへの『クリプロ2016』参加特典ギフト小説~
『クリプロ2016』に参加してくれた観月さんへの参加特典のギフト小説です。
今年もまた招待状が届いた。俗に言う“クリスマスケーキ”の会。つまり、25日を過ぎて売れ残ったケーキに例えた、25歳を過ぎた独身女たちの女子会のお誘い。今年で何回目なのだろうか。参加する方も年々人数が減っていく。
『観月も行くよねえ?』
親友からの電話。彼女とは高校の頃からの腐れ縁。私と同じで男運がない。行遅れた理由を“運”で片付けてしまうのは不本意なのだけれど、他に体のいい理由が見つからない。
「ごめん…」
『えーっ!まさか出来ちゃったの?一緒にイヴを過ごす人が?』
「違うわよ。仕事よ」
本当は仕事なんかない。ただ、毎年、そこで卒業(結婚)したメンバーの噂話を聞くのにも飽きてきた。だったら、一人で居た方が気が楽だ。
『そっか、残念だわ。じゃあ、観月の分まで楽しんでくるね』
そう言って彼女は電話を切った。結婚する気があるのかないのか…。私も人のことは言っていられない。
「私、結婚したいのかしら…」
今まで、男の人とのお付き合いがなかったわけではない。20代前半には結婚を意識して付き合っていた人も居た。彼はカメラマンだった。
「帰ってきたら結婚しよう」
「うん。待ってる」
そう言って彼は搭乗ゲートへ歩いて行った。それが最後の会話だった。そう言って遠い外国へ行ったきり、彼は帰って来なかった。
12月24日。
「観月さん、この新刊、店頭に並べておいてください」
店長から指示された雑誌を台車に乗せて店頭へ持っていく。
いつか彼の撮った写真が雑誌に載るのではないか。その時は真っ先に私が見つけてあげよう。そう思って私は書店で働くことにした。もうそんなことなど忘れてしまった。けれど、ここで働いていてよかったと今では思っている。
それは人気のグラビア雑誌だった。梱包を解いて数冊をまとめて取り出した。それを棚に並べようとして私は思わず手を止めた。表紙の隅に小さいけれど載っていた名前。“日下部良介”その名前に私は心臓が止まってしまうほど驚いた。その名前を目にすることはもうないものだと諦めていた。そして、とっくに忘れてしまっていた。いや、無理やり忘れたつもりになっていたのかもしれない。私は改めてその雑誌を手に取るとページをめくった。そこには彼の写真が掲載されていた。4ページにわたって特集が組まれていた。プロフィールの欄に近況が書かれていた。まだ独身でいるらしい。年末は久しぶりに帰国すると書いてあった。
「あれ、観月さん、どうしましたか?」
私の様子を見に来た店長に声を掛けられた。気が付けば、私の頬を涙が伝っていた。
「彼が帰って来るんです…」
「えっ?」
「あ、いえ、なんでもありません」
私は涙をぬぐって仕事を再開した。
帰国するといっても私に会いに来るわけじゃない。そう、私のことなんかもう覚えていないはず。たとえ覚えていたとしても、彼は名前が売れたカメラマンになったのだ。私なんかに会いに来る時間などあるはずがない。期待するのはやめよう。後で辛くなるだけだから。
「お疲れ様…」
店を閉めた後で店長に声を掛けられた。
「観月さん、この後になにか用事はありますか?」
「いえ、特には」
「よかった。それでは食事でも一緒どうですか?僕からのクリスマスプレゼントということでどうです?」
「ありがとうございます。今日はなんだか疲れちゃって。帰ってから食事の支度するのは億劫だなって思っていたんです」
店長と来たのは近所の中華料理店だった。妙にかしこまった店ではないのが嬉しかった。私は酢豚定食を、店長は担担麺と半チャーハンを。
「あと、餃子を一皿下さい」
頼んでから、店長は餃子は二人でシェアしようと言った。食事が来る前にビールを一杯ずつ飲んだ。それで酔ったわけではないのだろうけれど、店長が唐突に切り出した。
「観月さんにはいつも助けられてばかりで、本当に感謝しているよ。ま、それとこれとはちょっと別なんだけれど、僕とその…。お付き合いをしてもらえると嬉しいんだけど、どうでしょうか?」
店長が私に好意を持ってくれているのは何となく気づいていた。けれど、こういう風に面と向かって言われると驚いてしまって言葉が出てこない。私が考えていると、そこに料理が運ばれてきた。
「返事はすぐじゃなくてかまわないから。さあ、食べよう!腹ペコだ」
助かった…。
店長とは店を出て別れた。帰りの電車の中で頭に浮かんだのは店長の言葉ではなかった。
「帰ってきたら結婚しよう」
最後に彼の口から出たその言葉だった。
「うん。待ってる」
思わず私は呟いていた。
マンションの前で立ち止まって私の部屋を見上げた。もしかしたら明かりがついているのではないかと。
「あるわけないか…」
ため息と一緒にエレベーターに乗る。3階。ドアが開く。エレベーターを降りると信じられない光景が目に飛び込んできた。
「良介?」
「鍵をなくしたんだ」
彼がそう言った。私は彼めがけて駆け出した。
「帰って来たよ。結婚しよう」
「うん」
メリークリスマス!