BIG SISTER IS WATCHING YOU
【第93回フリーワンライ】
お題:
恋は罪悪
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
『BIG SISTER IS WATCHING YOU』
(彼女が見守っている)
[029233]番は帽子の鍔の下から辺りを伺った。何十人もが同じ作業服を着て、下を向いて作業に従事している。
――誰も見ていない。
[029233]番はこっそり自分のパーテーションを抜け出した。
気付く者はいないし、止める者もいない。誰も彼も、自分のノルマだけが大事で、他人のことなど意識しようともしない。それでも巡回に見つからないよう注意しつつ、工場を離れた。
目立たないように帽子を深く被り直す。髪がこすれて、ざり、と音を立てる。[029233]番に限らず、規則で男女ともに髪は短く刈り込んでいる。ここでは性別の区別はない。等しく貴重な労働力だ。
惑星開拓の第一陣と言えば聞こえはいい。母星は遠く、後続が来る様子はない。限られた資材と機械はすべてコロニーの建設と維持に回され、社会生活に必要な単純加工作業は人民の義務労働として課されていた。
生活に不満があるわけではなかった。コロニーの外は不毛の地だし、ここで生きていくには全員が義務を果たさなければならない。
路地をいくつか渡り、いつもの場所が見えてくる。空は人工物に覆われ、三日に一度の節電で辺りは暗かったが、不思議と彼女の周りは明るく見えた。
彼女の背後の壁に、ポスターが見える。党の標語が一部隠れ、残った『IS WATCING YOU』の部分だけが読めた。コロニーの指導者たる書記長が、我ら人民を見守っている。そういうポスターだ。
書記長は男だとも女だとも、老人だとも若者だとも噂されるが、その正体は秘匿されていた。人民に混じって平等に生活しているからだと言われている。
「見つからなかったか?」
こちらに気付いた[2553283]番が言った。彼より二つ年上で、性差のない言葉遣いのために男勝りのように思えるが、頭のいい清楚な女性だった。
「勿論。ノルマはこなしたからしばらく気付かれない」
[029233]番は彼女の手を取った。[2553283]番はびくりと身を震わせ、素早く辺りを見回した。
それは禁じられた行為に抵触する。
このコロニーでは身分も資産も平等だ。そして、配偶者も国家からあてがわれる。公序良俗のためであり、また、適正人口を守るためでもあった。
男女の個人的な会合だけでも違反ぎりぎりなのに、接触ともなれば保安隊に逮捕されても文句は言えない。
「聞いてくれ。ずっと考えてたんだ。ここを出よう」
「……ここを出て、いったいどこへ?」
[2553283]番が不安そうに言う。
「米国自治コロニー。このコロニーより貧しいが、自由恋愛が認められてるらしい」
儚げだった彼女の雰囲気が、急に変化した。[2553283]番が見たこともないような冷たい表情で、彼に握られていない方の手を上げる。
――すると、今までどこにいたのか、十人ほどの保安隊が現れた。
「反体制主義者だ。拘束しろ」
[2553283]番が、その背後にある書記長の似顔絵とされるポスターと同じ目で、冷徹に告げた。
『BIG SISTER IS WATCHING YOU』了
(彼女が見張っている)
お題の「恋は罪悪」を見た時、『王ドロボウJING』の「赤い風車と恋愛税」編を思い出して、そこにジョージ・オーウェルの『1984』をミックスしてみた。まあ、「赤い風車と恋愛税」が『1984』のオマージュみたいなもんだと思うけど。
ただし『1984』は大筋と「BIG BROTHER IS WATCHING YOU」は知ってるけど、実際読んだことはないという体たらく。
余談ながら、登場人物の名前は管理社会の雰囲気付けでわかりにく数字になってますが、携帯電話のキー入力に対応していて、それぞれ[029233]→「2/9*2/3*3」→「かれし」、[2553283]→「2/5*5/3*2/8*3」→「かのしよ(かのじょ)」となります。どーでもいいことですが。