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狼男の伝言ゲーム(中)

 どれくらいの間、待たされたのだろうか。


 何の前触れもなしに、後方から声をかけられた。


 「お待たせいたしました、反田将矢さん」


 思わず、肩がびくりと震えた。気配もしなけりゃ、扉が開いた音さえしない。加えて、真意がつかめない、ぬらりぬらりとしたこの声音。ホラー映画よりも、余程臨場感のあるサスペンス。


 「お、おう……」


 ただ、びびっていると思われては、男の沽券に関わるので、精々ゆったりと構えた態度で答えた。


 「これが、今回の担当者です」


 ぐるりと机を回って、反田の目の前にやってくると、黒生徒会長は、心なしか嬉しそうに隣に立つ人物を指した。

 これ扱いっていうのは、非道いような……。


 「よろしく!反田くん!」


 詐欺師の声を持つ黒生徒会長とは対極的に、夏の海を思わせる、爽快な声音で挨拶をされた。

 顔を上げてみれば。

 またしても、反田は絶句してしまう。


 すらりとした体躯は、黒生徒会長と同じく、粂里くめさと高校の正規の制服ではない、黒の学ランに包まれている。モデルのような体型だ。モデルを間近に見たことはないが。

 だが、特筆すべきは、その恵まれた身体だけではない。というか、それすらも霞むほどのインパクト。それは、その髪と瞳。

 髪は、どうすればそんなに真っ二つになるのかと、首を傾げたくなるほどに、ツートンカラー。しかも、黒と銀。黒は、まあ、アジア人的にはポピュラーな色味なので、この際置いておくとしても、銀色は、おかしい。違和感がありまくる。反田とて、校則で禁止されているものの、休みの間だけなど、期間限定で頭髪を染めたことはある。断言しても良い。こんな銀色は、アジア人の色素では出ないはずだ。

 そして、その両目。これまた、カラーコンタクトでは到底出せない、ブルーグレイ。丁度、狼なんかがこういう目の色をしている。そう連想して、その髪の色も、狼を思い出させるかと思った。


 何か、新手の、コスプレなのだろうか。


 「えっと」


 何か言わなくては、と、何故か焦って、意味のない言葉を口にした。


 二色頭の男は、反田の戸惑いなど歯牙にもかけず、

 「今回、反田くんの願いを担当させていただきます、白銀粉はらや伝馬てんまです。よろしくなー」

 「あ、よろしくっす」


 屈託なく笑われて、ついでに手を差し出されては、ついつい反田もそれを握ってしまう。


 「では、伝馬。後はよろしく頼んだよ」

 「おーらい。あ、六花りっか。どこ、使えば良い?」

 「どういった場所が、一番適切?」

 「うーん。広いとこ、かな」

 「じゃあ、体育館でも使えば良いよ」

 「誰もいない?」

 「誰もいなくさせよう」

 「じゃ、その辺は、六花に任せるよ」


 反田の手を握ったまま、首だけを黒生徒会長に向けて、二色頭が会話をこなす。

 その内容がちんぷんかんぷんなのもそうだが、繋がれたたままの手に、段々と違和感を覚える。


 「じゃ、行こうか、反田くん!」


 無意味に大きな声で誘われた。手は、繋がれたまま。


 「あの、手、手を、ですね」

 「ああ、ごめんごめん。おれ、子供のお守りとかが多くてさ。ついつい、こうやって手を引く癖がついちゃってんの。あ、反田くんのこと、子供扱いしてるとかじゃ、ないからな。その辺、誤解のないよーに」

 「はあ」

 「じゃあ、手も離したところで、行きますか」

 「行くって」

 「うん。広いとこのがいいかと思ってさ、今、六花の使い魔が、体育館に人が近づけないように陣を張ってくれてるとこだから。ゆっくり歩いていけば、丁度良い頃合いだと思うよ」

 「使い魔?陣?」

 「あ、あれ?六花から、説明受けてない?」


 不審げに首を振ると、たちまち、二色頭は、冷や汗をかいて乾いた笑いを洩らす。


 「あーらららら。あ、そう。そうか。そうか、そうか。説明は、まだか。やっばいな、てことは、おれが説明しなくちゃなんないのかな?説明、苦手なんだよなあ」


 ひとしきり、独り言をわめき散らすと、よし、と両手の拳を胸の前で固く握る。


 「反田くん。君の願いってのは、自分と向き合うことだったよね?」


 改めて、他人にそうやって言葉にされると、ザ・青春といった感じで、恥ずかしい。反田は、眉根を寄せつつ、小刻みに何度か頷いた。


 「ここへは、どうやって来たの?あ、徒歩、とかじゃなくてさ。えっと、この、夜間生徒会のことは、どうやって知ったのかって意味なんだけど」

 「人から、聞いただけだけど」

 「そっか。でも、うーん、こんなこと言うと失礼だけど、反田くんて、そんな、根も葉もない噂を、丸呑みにしちゃう人?そうは見えないんだけど」

 「それは、違うけど。なんつーか、ここに来たことがあるってやつが、オレの知り合いだったから」

 「後学のために、その知り合いのひとの名前を聞いても良いかな」

 「榎本。榎本里奈」

 「えのもと、りな、えのもと、りな……。ああ!たまきの担当の!うんうん、覚えてる」

 ブルーグレイの瞳を細めて、二色頭が言う。

 「何、あんた、榎本に会ったの?」

 「ううん。おれは会ってないよ。直接、榎本さんに会ったのは、六花と、担当者だっ瑶だけだと思う。でも、依頼人たちが、夜中、無事に家に戻るまでを見届けるのは、おれの仕事だから。すごく良い顔して帰っていったんだよね、あのこ。そうかそうか、反田くんは、榎本さんの知り合いかあ。それで?榎本さんが、ここに来たから、自分もここに来ようと思ったの?」

 「いや、まあ、うん、そういう感じ」

 「はっきりしないなあ」

 「その、榎本がさ。ここ、夜間生徒会?っていうの?ここに来てから、何か、変わったんだよ。それで、だから、何でかなって」

 「なるほどー。気になっちゃったわけだ。榎本さんが、あんまりにも、魅力的になってたから」

 「いや、そんなこと言ってないけど!」

 「またまたあ。いいよ、いいよ。いやあ、青春だねえ」


 二色頭の、勘に障る物言いに、反田は耳まで真っ赤にしながら、尚も抗議した。


 「だから!違うって!ただ、だから、その、ただ、何でかなって思っただけだよ。それだけ。本当に、それだけだから」

 「じゃあ、まあ、そういうことにしておきましょうかねえ。あれえ?でも、だったらどうして、反田くんの願いは、榎本さんの変化の原因が知りたい、じゃないの?」

 「それは……」


 飄々とした態度の割に、この二色頭は、鋭くひとのことを観察している。


 返事に窮する質問に、反田は、嘆息すると、

 「それは。榎本のせいで、オレの調子が狂っちゃったから」

 突き放すように言った。


 「なるほど」


 一言、二色頭が呟く。笑顔もそのままなのに、細めた瞳もそのままなのに、何故かそれは、さっきとは別人のもののようで、反田は違和感を覚えた。


 「じゃ、さっきの説明に、戻りまーす」


 がらりと雰囲気を変えて、底抜けに明るい調子で、二色頭がバスガイドのように片手をあげた。


 「えっとね。この、夜間生徒会っていうのは、さっき反田くんが会った、不知火しらぬい六花りっかを生徒会長にしています。で、オレが副会長。あと、宇生たかおき鳴璃めいりって議長と、空生たかふゆ汐藍せきあって書記がいるんだけど。会った?」

 「垂れ目になら」

 「あ、じゃあ、それが、汐藍。鳴璃は、ものすんごいつり目だから。で、こうやって、反田くんみたいに、依頼人がやってきて、その願いを六花がとりあえず、聞く。その願いの種類によって、担当者がひとり、呼ばれるってシステムになってるんだ」


 黒生徒会長が、手もつけなかった日本茶に、二色頭は躊躇いなく手を伸ばすと、一気に飲み干した。


 「もう、何年になるかなあ、この生徒会を発足させてから。まあ、隠しているわけではないから言っちゃうけど。おれたちは、全員、人間ではないんだよね」

 「は?」


 あまりにも突拍子のないことで、反田は頭の奥から声を出す。


 こいつ、頭おかしいのか?


 じっとりと二色頭を見ると、頭を掻いて苦笑した。


 「うん。そういう反応をされるとは、思っていたけど。ここはね、六花のための機関だから。六花の願い事を叶えるためのもの。たまたま、依頼人の願いと、こちら側の要求がマッチしてしまっただけで、人助けの慈善事業ではないんだ。そこ、誤解しないでね。おれたちは、人間に対して、何の感情も抱いていないんだから」


 軽く言ってのける二色頭は、薄気味の悪い笑みを浮かべていて、反田は顔を顰める。


 「まあ、紆余曲折ありまして。今の形に収まっているのは、事実だからさ。えっと、だから、うん?おれ、何が言いたいんだっけか……。ああ、そうだ。そうそう。だから、まあ、今夜、反田くんが、信じられないような光景を見たとしても、おれたちでは、保証しかねるってこと。それから、反田くんの願いは、叶えられるだろうけれど、それに伴う諸々のことについては、おれたちは、ノータッチだから。その辺、ご理解いただけますでしょーか?」


 ウインクをひとつ。男から、ウインク。鳥肌がたつ。

 無意識的に自身の二の腕をさすりながら、反田は、それでも、頷いた。


 「いいよ。別に。何だってさ」

 「それじゃあ、陣も張られた頃合いでしょうし、行きますか」


 からりと笑って、二色頭が、反田の手を引く。


 「いざ、体育館へ!出発、しんこーう!」


 だから。手を離して欲しい。


 反田の、その願いが叶うのは、もう少しあとになるようだった。


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