八日目 ある人は言った、秋は別れの季節と
とは言うものの、別れなんてものは唐突に訪れるもので。
つまり、いつ別れが来ても良いように、悔いを残さないように暮らしたいものですね
「――まあ、それを聞いていたのが神様じゃなくて榊さんだったのは予想外だけどね」
「その熱意に心打たれた(いい加減鬱陶しくなった)私は、健気な少年の元へ弟子をひとり送ってやったというわけさ。うむ、喜んでくれているようで何よりだよ」
僕が話を締めくくると、榊さんが引き継ぐ形で捕捉を入れた。なんか聞こえてはいけない副音声が聞こえたような気もするが、きっと気のせいだろう。
「……………」
反応を窺うように芒に視線を送ると、彼女は案の定、ぽかーんとした様子で固まっていた。それもそうだろう。今の話には芒の意思は全く介在していない。
「……ごめん、芒。本当は昨日の夜言うべきだったね。黙ってて悪かった」
心ここにあらずと言った風情の芒に僕は頭を下げた。
「それから、僕の勝手な事情に巻き込んでごめん」
僕の願いが無ければ、彼女は今も山で穏やかに暮らしていただろう。それを邪魔する形になってしまったのは、無責任な願い事をした僕に非がある。
そして、簡単に許してもらえると思えるほど僕は楽天家ではない。もしかしたら、これっきりということになるかもしれない。その時は潔く、幸せな夢を見ていたということにしよう。
「……はぁー…………」
しかし、僕の頭上から降って来たのは決別を告げる言葉ではなく、深い溜息だった。
「……芒?」
「本当は怒るべきなんでしょうけど、なんだかもう、呆れちゃいました。いいですよ、ちゃんと謝ってくれたので許してあげます」
柔らかな微笑みを浮かべる芒は、僕の眼には天使に見えた。芒ちゃんマジ天使。
「秋斗さんの事情は分かりました。次は師匠の番ですよ」
天使――もとい芒は笑みを消すと、今度は榊さんに矛先を向けた。
「む。少年の説明では納得できなかったか?」
「惚けないでください。私の知る師匠はあれだけの理由でこんなことをする方じゃないです」
「ほう。よくわかっているな」
くっくっと喉の奥で笑いを漏らす榊さん。彼女は不意に真剣な表情を作ると、逆に問いを投げかけた。
「然り。お前を選んだのは私なりの考えあってのことだ。……時に、お前が私についてから何年になる?」
「えっと……十三、四年? くらいでしょうか……?」
「うむ。お前が物心ついて間もない頃からだから、そのくらいにはなるな。お前は稀に見る優秀な生徒だったぞ」
「し、師匠? いきなりどうしたのですか?」
昔を懐かしむように話す榊さんの様子に、芒も戸惑っているようだ。
「私から教えられることはもうさほど残されてはいないだろう。あとはお前がお前自身の経験から学ぶべきことだ」
それは、自分からの卒業――親離れを示唆する言葉だった。ショックを受けたように目を見開く芒。
「そ、そんな! わたしなんてまだまだ未熟で……」
「いいや、お前はもう十分な力を備えているよ。その尻尾が何よりの証拠だろう。知っているか? 大抵の者は四本も揃えば良い方なのだよ」
「でも、でも……」
「不安なのは分かるがな、誰しもが通る道だ……それに、何の為にその少年がいると思ってるんだ?」
芒がはっとしたようにこちらに顔を向ける。って、え、僕?
「これからは少年の元で〝人間〟について学べ。それが私がお前に出す最後の課題だよ」
「師匠…………わたし、わたし頑張ります!」
目じりに浮いた涙を拭い、芒は力強く言い切った。榊さんは満足そうに頷くと、その手を芒の頭に伸ばす。そして胸に飛び込んできた芒を、そのまま優しく包み込んだ。
ああ、なんと美しき師弟愛……いやどっちかって言うと親子愛? ……手持無沙汰な僕が漠然とそんなことを考えていると、榊さんの顔がこちらに向けられた。
榊さんは芒をそっと押し戻し、僕に向き直る。
「少年――いや、秋斗」
「は、はい」
「この子をよろしく頼むぞ」
「はい……っていやそんな、頭を上げてくださいよ! 僕のお願いでもあるわけですから――」
僕は思わず榊さんに駆け寄る。が、彼女はそれを見越していたのだろう。僕は襟を掴まれ、ぐいっと引き寄せられた。
「うぇあ!?」
突如視界いっぱいに広がった美貌に、僕は動揺を隠せない。昨夜の芒よろしく、頬が紅潮しているのが分かる。
しかし彼女は僕の様子を意に介した風もなく、ごく自然に耳元に口を寄せ――
「――もし芒を悲しませるような真似をしたら……理解っているだろうな?」
「ひッ……‼」
ゾクリ、と全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。きっと『身の毛もよだつ』とはこういうことを言うのだろう。銀毛八尾の実力を、頭ではなく身体で理解した僕は、コクコクと何度も盾に首を振る。
榊さんは満足げに僕の身体を離すと、瞬時に元の温和な雰囲気を纏った。芒を見やると、彼女はきょとんとこちらを眺めており、師匠の豹変にまるで気が付いていない様子だ。
僕は、何があろうと彼女に悲しい顔はさせるまいと改めて心の底から誓った。
現実の季節が作品内の季節に追いついてきました
読書の秋ということで、山積みになった未読の本を少しずつ崩していきたいです