五日目 無垢な瞳で
神社、結構好きなんですよね
散歩中とかに、神社を見かけるとつい参拝したくなります
大分落ち着きを取り戻し、ちらりと後ろに視線を送ると、芒は数メートル後ろをゆっくり歩いていた。道路を忙しなく行きかう自動車や、所狭しと並べられた看板などを物珍しそうに見回している。その様子は、さながら遊園地に心躍らせる幼子のようだ。
僕は立ち止まって彼女が追いつくのを待つ。やがて芒はこちらの視線に気付くと、小走りで駆け寄ってきた。
「人間の街に来るのは初めて?」
「はい! 師匠のお話や物の本から知識としては知っていたんですけど、実際に訪れたのは初めてです」
「そうなんだ。それで、ご感想は?」
「わたしの生まれ育った森とは大違いですね。とても賑やかで、いろんな希望に溢れてて……なんだか、おもちゃ箱みたいです」
なるほど、おもちゃ箱とは上手い喩えだ。この整理されつつもごちゃついている感じは、確かに子供のおもちゃ箱のそれと似ている。
「なんなら、少し街を散策する? 神社は昼からでも行けるし」
「いえ、今は先に神社に行きましょう。事情も分からないままでは行動しづらいですから」
「まあ、それもそうか」
僕は芒の提案に頷くと、今度は彼女に歩調を合わせて歩き出した。少し気恥ずかしいが、美少女と連れ立って歩くのはなかなかに気分の良いものだ。ましてやそれが、狐っ娘だというのならば尚更である。
「狐っ娘とデート」という僕が抱いてきた野望の一つが果たされた幸福を噛み締めつつ、神社へ向けて歩を進めた。
浮舟神社は、僕の通学路沿いにひっそりと建っているこぢんまりとした社だ。とはいえ管理は行き届いており、例祭の時には提灯でライトアップされたり、境内に所狭しと出店が並んだりと、それなりに盛り上がりを見せる。
しかし僕は、今日のような平常時の静かなこの場所が好きだ。厳かながらもどことなく安らぎのある空間で過ごす時間は、忙しい日常の中での一服の清涼剤のように感じられる。
とはいえ、今日はそんなことは言っていられない。僕たちがここを訪れたのは静寂に浸るためではないのだ。
鳥居をくぐり、阿吽一対の狛狐の間を通って、社へ二人並んで進む。この時に、道の真ん中は通ってはいけないと聞いたことがある。なんでも、神様の通り道らしい。
「芒はここに住んでるの?」
「そうと言えばそうなんですけど、正確にはこの裏の山で生活していました」
「ああ、そういやそう言ってたね」
僕は参拝を済ませると、芒について拝殿の中に上がり込んだ。お祭りの時でもないと解放されない拝殿に立ち入るのは流石に緊張したが、芒の尻尾に集中することで心の安定を図る。
拝殿の中は二十畳ほどの空間で、奥の方には御神体らしきものが安置されていた。日の照る外とは裏腹に冷房が効いているかのようにひんやりとしているのは、「師匠」とやらの術なのか、はたまた神社の特性なのか。
「師匠ー? いらっしゃいますかー? 師匠ぉー!」
芒は部屋の中央付近で立ち止まると、奥に向かって声を張り上げる。僕はといえば、七五三以来入ったことが無い殿内に興味津々で内装を見回していた。不思議なもので、見慣れない場所なのに自室にいるような心地良さを感じる。それでいてどこか張りつめたような空気が漂っているのは、流石に神の社といったところか。
「……何やら騒がしいと思えば、お前だったか」
――不意に、凛とした声が響いた。
家の近くに朽ちた感じの社があるんですよ。
でも流石にそこには参拝する気になれないですね。神様じゃなくて妖怪とか動物霊とかいそうですし