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Fox Tail ‼ ー綴樹秋斗の他愛のない日常ー  作者: 三原色みたらし団子
第一幕
36/38

二十七日目 ハウスキーパー芒

すっかり夏! という感じですね。日差しが眩しくて、昼間は外に出る気が起きません

 それからも二人で色々と話し込んでいると、いつの間にか窓の色が茜色から藍色に近いものになっていた。時計を見れば六時過ぎ、そろそろ夕食の時間だ。


「それじゃ、そろそろいい時間だしお暇しようかな」

「あら、もうそんな時間? 話していると時間が経つのが早いわね」


 片付けるから先に降りてて、と言う彼女と一旦別れ、一人門をくぐる。冷たい空気を胸一杯吸い込みながら伸びをすると、背中の骨がパキパキと小気味良い音を立てた。


「お待たせ」


 扉の音と声に振り返ると、一足早く冬物の上着を着た久城さんの姿が。柔らかな色合いが暖かそうだ。


「もう暗いし、無理して送ってくれなくてもいいよ? 帰り道なら多分覚えてるし」

「大丈夫よ、私も少ししたら帰るつもりだから。それに、貴方が逆の立場だったら送ってくれるでしょ? この前みたいに」

「そりゃまあ、もちろん」


 そう言われては口を閉じるしかない。それに、なんだかんだもう少し話していたかったのもあって、結局途中まで送ってもらうことになった。


 * * *


「ただいまー」


 すっかり暗くなった道を辿り、愛しい我が家へ帰りつく。鍵の音と共に扉を開けると、美味しそうな香りと共にスリッパの足音が近づいてきた。


「お帰りなさい、秋斗さん。ずいぶん遅かったですね?」

「ああ、ちょっと久城さんにお呼ばれしててね。立派なお宅だったよ」

「恵夏さんに、ですか? 何かあったんですか?」


 ごく自然な動きで僕の鞄を受け取りつつ、首を傾げる芒。


「うん、まあ。この前送って行った時、今度行くって約束してたから」


 彼女が協力してくれることになった(むね)を話そうかと思ったが、本人同士がいた方が何かと都合が良いだろうと思い留まる。その時が来れば、事前に話しておけばいいだろう。

 話しながら、廊下を見渡して感嘆する。床に(ほこり)が落ちていないのはもちろん、棚にうっすら積もっていた埃や窓のくすみなんかも、見違えるように綺麗になっているのだ。ざっと見たところ、目に付く範囲は全て手入れが行き届いている。おそらくは見えないところも同様だろう。


「………っ」


 ふと傍らより感じた視線に目を向けると、何かを期待するような表情の狐っ娘が一匹。ちらちらとこちらの様子を窺うようにしているのを見ていると、思わず頬が緩んでくる。


「なんだか随分頑張ってくれたみたいで……見違えたよ」

「……! いえいえ、このくらい当たり前ですよ!」

「何言ってるの、十分すごいことだって。いまどき、家事がきちんとできる若者は重宝されるよ? 多分」


 現在進行形で花嫁修業をしている人には失礼かもしれないが、間違ったことは言ってない筈だ、おそらく。円盤型のお掃除ロボットとか割と普及してるし。

 実際、彼女の働きは称賛に値するものであることは間違いない。本当に家にある道具だけでこれを成し遂げたのだろうか。妖狐なのだからそういった術なんかもありそうなものだが……真面目な彼女のこと、全て手作業でやったに違いない。しかも今日一日で、というのだから頭が下がるばかりだ。いや、あるいはそれだけ日中の間、暇していたということかもしれないが。


「そ、そうですか? えへへ……秋斗さんがそう言ってくださるなら、わたしも頑張った甲斐がありました」


 尻尾を忙しくぱたぱたさせながらはにかむ芒。ぽんぽんと頭を撫でると、くすぐったそうに狐耳が揺れた。


* * *


『秋斗さーん』


 夕食後、ベッドに寝転んで本を読んでいると、コンコンコンとドアがノックされた。


「芒? どうしたの。黒光りする例のアレでも出た? ゴ○ジェットなら階段の下だよ」

「違います、ゴキ○リくらいなら対処できますよ。そうじゃなくて、お風呂の用意ができましたので」

「ああ、ありがと……って、言ってくれたらそれくらい僕がやったのに」

「お(くつろ)ぎのようでしたから。それに、家事はわたしに任せていただいて構いませんよ。給湯器の使い方も分かるようになりましたし」


 そうなのだ。彼女は僕の与えた知識を面白いように吸収し、そつなく使いこなしてしまう。そのうちパソコンなどの情報端末も教えようと思っているが、僕より上手く使ってのけそうで戦々恐々としている今日この頃である。しかし、榊さんが目を掛けていたのもよく分かる。物覚えが早い生徒というのは教えていて気持ちの良いものだ。きっと師匠の言葉も全て素直に受け止め、真摯に学んできたからこそ今の彼女の人格があるのだろう。


「それじゃ、折角だし入ってくるかな。芒は先に入らなくていの?」

「いえいえ、わたしは後で結構ですよ。遠慮なさらずにごゆっくりどうぞ。今日は森の香りですよー」


 下着と着替えを持っていき脱衣所へ。すりガラスの向こう側から柔らかな灯りが溢れ、暖気がここまで伝わってきている。

 手早く衣服を脱ぎ去って浴室に入ると、鳥肌の立った身体を温められた空気にほんわりと包み込まれる。ほわほわと湯気の立つ浴槽には、薄緑色のお湯が並々と張られていた。

 髪と身体を洗って、ゆっくりと湯船に足を浸ける。そのまま首まで身体を沈めると、じんわりと温かいものが染み渡ってきた。


「ふぃー……極楽ごくらく」


 男が狐に化かされて、温泉に入ったと思ったら肥溜(こえだ)めに浸かっていた、なんて話を聞くが、これは間違いなく肩こりや腰痛に効き目がありそうなお湯だ。

 湯船の中で身体を伸ばしながら、なんとなく今日一日について考えてみる。ここ数日中でもなかなかに濃い一日だったのではないだろうか。特に恵夏さんとは、随分と距離が縮まったというか、関係が深まった様な気がしている。これが彼女の言う、呼称の持つ心理的効果というやつだろうか。それとも、知らず知らずのうちに僕自身が恵夏さんを――


 ぱしゃり、と顔にお湯を掛ける。どうやら少し逆上(のぼ)せてしまったらしい。茹でダコにならないうちに湯船から上がるとしよう。



「芒―、上がったよー」


 髪を拭きながらリビングに入ると、はーい、と芒が冷蔵庫から牛乳をコップに入れてくれた。僕の感想を聞くために、ここで待っていたようだ。


「お湯加減いかがでしたか?」

「うーん、もうちょっと(ぬる)めにした方が良いかも。あんまり熱いお風呂は身体に良くないって言うしね」

「そうでしたか、すみません。今度から考えますね」

「まあお風呂の温度は個人で好みもあるし、あとは自分の入った感覚だからね。そんな一度に覚えようとしなくてもいいんじゃないかな」

「……そうですね。それじゃあ、わたしも頂いて来ますね」

「んー、ごゆっくり」


 手を腰にやりながら牛乳を一気に飲み干すと、僕もリビングを後にした。


最近生活リズムが崩れまくって流石に危機感を抱いています……みなさんも夏バテ・熱中症には十分注意してくださいね

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