二十六日目 暗愚なる灯台守
風邪をひいてたらいつの間にか二週間経ってました。
「そりゃあ、僕なんかより妖に精通した久城さんが協力してくれるのは心強いけど……具体的にはどんな風に?」
「買い被りよ、私は本当にさわりしか教わってないもの。でもまあ、少なくとも一般人よりは知っているでしょうね。だから、例えば芒さんに何か異常があった時は何らかの対応をすることが出来ると思う。
もちろんそれだけじゃないわ。人間について学ぶということは、異性だけでなく同性とのコミュニケーションについても知っておかないといけないでしょ? 事情を知った私なら適役だと思うんだけど、どうかしら?」
確かにその通りだ。人間社会に出れば異性よりも同性との関わりの方が多いだろうし、女の子同士でしか分かち合えないこともあるだろう。その最初の一人が久城さんならば、人格的にも問題は無いだろう。なにせ風紀委員に自ら立候補するくらいだ、僕よりも教育上は好ましいと言える。
「……うん、こちらこそよろしく頼むよ」
「ええ。一緒に頑張りましょう」
微笑みながら頷く久城さんの自信に満ちた表情は、この上なく頼もしく見えた。不思議と僕の心にも不安は無かった。
榊さんは芒のサポート役として僕を指名したけれど、「僕一人で」とは言われていない。であるならば、「僕の人脈」を活用することも問題ない筈だ。
「さて、そうと決まればやっぱりきちんとしておかないといけないわよね」
と思えば、何やら思案顔の久城さん。これからの予定とかプラントか考えてくれてるのかな。
「……何を他人事みたいな顔してるのよ。貴方にも関係することよ?」
「そんなことを言われても」
よく話すようになって分かった事だが、久城さんはどうやら主語が抜けることが多々あるようだ。誰でも心が読めるわけではないのだからどうにかして欲しいところである。特に僕みたいな朴念仁には。
「何よ、もう忘れたの? 今朝話していたばかりじゃない」
「今朝? って言うと……」
『秋斗……っ!』
たどたどしく僕の名を呼ぶ声がフラッシュバック。朝の光景が脳内で再生され、感情までもが戻ってくる。ああもう、意識しないようにしてたのに。
「お互いの呼び方……だっけ。でもそれが何でこの流れで出てくるのさ?」
「この流れだから、よ。呼び方というのは人間関係にけっこう重要なポイントなの。関係性だったり、心の距離感だったりね。例えば、それほど親しくない人なら“某さん”とか、気の置けない友達なら呼び捨てにしたり渾名で呼んだりするでしょ?」
「なるほど……言われてみれば確かに。夫婦なんかでも、子供が生まれると『お父さん』『お母さん』って呼び合うようになったりするもんね」
「え……な、ふ、夫婦とかいきなり何を言い出すのよっ!?」
「いやそういう意味で言ったんじゃないから!」
僕が何気なく放った言葉に、久城さんはずざざっ、と後ずさって身構える。が、すぐに反応が過剰であったことに気付いたのか、真っ赤になって弁解を始めた。
「あっ……ち、違うのよ、別にこれは貴方が嫌だと言ってるんじゃなくて、いきなりそんなこと言われたら面食らうって言うか、あ、別に二人で芒さんを育てていくって親子みたいでなんかいいなぁとかそんなことは全然思ってないんだから勘違いしないでよねっ!?」
「わかった、わかったから落ち着こう!? ほらお茶でも飲んで!」
いや、全く何の弁解にもなっていなかった。それどころか自分から爆弾を投げ込んでいる。
飴色の尻尾を振り乱しながら鬼気迫る表情で僕に詰め寄る久城さん。結局、彼女が平静さを取り戻すまで数分の時間を要した。
閑話休題。
時間もあまりない事だし、そろそろこの議題に決着をつけなくては。
先程までの話だと、二人称というのは両者の関係性に基づいたものである、ということのようだ。そして僕たちの場合は、というと。
今朝も話していた通り、二人の距離は最早「ただのクラスメイト」ではないだろう。かと言って、春仁のような気心の知れた間柄というほどでもない。「友達以上、恋人未満」ならぬ、「他人以上、友達未満」といったところか。なんとも微妙な関係である。
というか、少し難しく考えすぎではないかと思う。互いの呼び名なんて、付き合っていくうちになんとなく決まっていくものだろうし、それが駄目ならいっそ「何て呼べばいい?」と聞きさえすれば済む話だ。
とはいえ。初対面ならまだしも、なまじある程度仲良くなってしまうと、この手のことはどこか気恥ずかしくて、聞きづらいものになってしまう。
しかし、いつまでもそんなことを言っていても時間の浪費なので、とりあえず状況を整理してみることにする。
現在僕たちは互いに苗字に敬称を付けた二人称で呼び合っているが、久城さんはそれがよそよそしく不満だと言う。しかし、僕は基本的に他人を呼び捨てにすることはない。それでも試しに名前を呼び捨てにした結果が、今朝のあれだ。今話に出したら、久城さんがまた茹でダコみたいになるに違いない。
「ん? ……あ」
そこまで考えると、唐突にあるアイディアが脳裏に現れた。冷静に考えれば自然に出てくるはずの、しかし今までどちらも口にしなかった考えが。
「どうしたの?」
「うん、あのさ……苗字に敬称じゃ他人行儀って言うなら、下の名前に敬称を付ければいいんじゃないかなって」
「…………!」
久城さんが静かに息を呑む音が聞こえた。
蚊の音って、なんであんなに耳につくんでしょう。昨夜も安眠妨害してくれました。
ごはん目的で近づいて来るなら、隠密したほうが良い気がするんですが




