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Fox Tail ‼ ー綴樹秋斗の他愛のない日常ー  作者: 三原色みたらし団子
第一幕
3/38

三日目 施しの代価は

 世の中ギブ&テイクが基本ですよね。万引きはダメゼッタイ。

 数分後。芒の前には、湯気の立つきつねうどんが鎮座(ちんざ)していた。……カップ麺の。


「こんなものしか無くて悪いけど……」

「いえ、嬉しいです! 一度食べてみたかったんですよ、カップのきつねうどん!」


 その言葉は嘘ではないのだろう。椅子の上でせわしなくパタパタする尻尾がそれを雄弁に証明している。芒は「いただきます!」と言うが早いか、瞳を輝かせて麺をすすった。


「んっ……美味しいです! お湯を注ぐだけでこんなに美味しいものが出来るなんて、人間はやっぱりすごいですね!」


 すっかりきつねうどんの(とりこ)になってしまったようだ。これだけ幸せそうに食べてもらえるなら、生産者も本望だろう。


「ふー……お腹いっぱいです……」


 あっという間にカップを空にした芒が、満足気に溜息をつく。


「あ、そういえばまだあなたのお名前を窺ってませんでしたね」

「そういえばそうだね。僕は秋斗。綴樹秋斗つづりぎあきとっていうんだ。よろしく」

「はい、よろしくお願いします!」


 丁寧に頭を下げる芒。ぺこぺこと二人で頭を下げ合う様子は、傍から見ればさぞ微笑ましく映っただろう。


「さて、今日はもう遅いから寝ようか。明日は休みだし、浮船神社に行ってみよう。詳しい事が聞けるかも」

「何から何までありがとうございます。本当に、何とお礼を言ったらいいか……」

「ん? 今なんでもするって言ったよね?」

「ふぇ!? 言ってないですよ!?」


 聞き間違いだっただろうか。しかし、そんなことはどうでもいい。僕はもう我慢の限界だった。先程から意識して見ないようにしていたが、この欲望はもう抑えきれない。


「あ、秋斗さん……? 目が怖いですよぅ……」


 涙目になって後ずさりする彼女に、僕はじりじりと迫っていく。それ以上はいけないと理性が必死に叫び続けているが、この衝動を止めることなどできはしない。

 やがて、芒の背中が壁に当たった。彼女はもう逃げられない。芒もそれを悟ったのか、それ以上動こうとはしなかった。


「そ、そうですよね……ただでお世話になるなんて、虫がよすぎますよね……。わ、わたしも覚悟を決めます……! あ、で、でも、初めてなので優しく――」

「――尻尾をモフらせてくれ!」

「……ふぇ?」



 僕がその欲望を吐き出すと、震える声で何やら言っていた芒はきょとんとした表情を浮かべた。


「尻尾だよ尻尾! もう我慢できないんだ!」

「ええと……尻尾、好きなんですか?」

「ああ大好きだ! いや、この感情は最早好きという言葉で表しきれるものではない! そう、言うなれば――愛だ」

「は、はあ」

「僕が思う尻尾の魅力とは――(以下略)」


 拳を振り上げて熱弁する僕に芒はちょっと(だいぶん)引いている様子だったが、


「ちょっとだけなら……いいですよ?」と、少し恥ずかしそうに尻尾をこちらに向けてくれた。五本の白い穂先が一斉にこちらを向くさまは、まさに圧巻の一言に尽きる。


「じゃあ失礼して……」


 ――ああ。おそらく僕は、この瞬間のために生まれてきたのだろう。

 恐る恐る手を触れた芒の尻尾は、見た目以上に繊細で柔らく、そして暖かかった。包まれているだけで幸せな気分になる。


「ふぁ……んっ……くすぐったいです……」


 僕は湧き上がる衝動に身を任せ、尻尾に顔をうずめた。心地良い温もりが僕を包み込む。


「もういっそこのまま死んでもいい……」

「ええ!? それはわたしが困りますよー!」


 よく漫画などで「神々の谷間(胸の谷間)で窒息死したい」などと言っているキャラクターがいるが、今ならその気持ちがよく分かる。と言っても、僕の場合「神々の毛布」という感じだが。


「……んっ……ふぁ………はぁ……んっ……あ、あきと、さんっ、そろそろ……っ」

「はぁ……、はぁ……え? 何か言った?」

「もう……っ限界、です……っ」


 芒はぶるっと身体を震わせたかと思うと、床に崩れ落ちてしまった。その頬は真っ赤に上気し、闇色の瞳はやや虚ろで、熱を帯びた切なげな吐息が喉奥から休みなく零れている。衣服は激しく着崩れ、僕の手から解放された尻尾も、くてっと力なく身体の上に折り重なった。


「……あ。ご、ごめん、ちょっとやり過ぎた」


 積年の想いが果たされたとはいえ、さすがに浮かれすぎてしまった。反省しよう。だが後悔はしていない。

 ……しかし、こうして力なく垂れている尻尾もなかなかどうして……


「……いやいやいや」


 再び湧き上がってきた情欲(?)を、頭を振って振り払う。これ以上は、無理矢理しているようで罪悪感を覚えてしまう。僕はなるべく尻尾から視線を逸らしながら、ぐったりしている芒に手を差し出す。


「だ、大丈夫? 立てる?」

「……うぅ、ひどいです……秋斗さんに辱められました……」

「ちょっ、人聞きの悪い事言うのやめて!?」


 僕の手を借りてよろよろと立ち上がる芒。頬はまだ紅潮しているが、身体は大丈夫そうだ。よかったよかった。


「……あう~~~……」

「ほら、もうこんな時間だ。寝床を用意するからおいで」


 僕はうつむいたままの芒の手を引いて、客間まで連れて行った。


「とりあえず今夜はここで寝てよ。随分使ってないけど掃除はしてるから大丈夫……だと思う」

「はい、ありがとうございます」


 芒は、僕が部屋を軽く掃除して布団を敷く頃には冷静さを取り戻していた。萎れていた尻尾ももう元気に立っている。うん、さっきは垂れている尻尾に心が惹かれたけど、やっぱり尻尾はぴょこんと立っているのが可愛いな。何事も元気が一番だ。


「それじゃ、おやすみ。明日は朝食後すぐに出発しよう」

「わかりました、おやすみなさい」


 丁寧に頭を下げる芒に手を振って客間を出て、すぐに自室へ向かう。そして扉を閉めると、僕は一つ深呼吸した。

 狐っ娘を前にしてテンションが上がっていたが、冷静になって考えると今自分が置かれているのはすごい状況なんじゃないかと思う。いきなり現れた妖怪狐の世話をすることになるなんて、どこのラブコメの世界の話だ。仲の良い友達に話しても多分、いや確実に信じてはくれないだろう。


「まあ、そのあたりの詳しい事は明日、神社で聞けるかな」


 考えても仕方ない、現実に起こっていることなのだから。それよりは、明日に備えてしっかり休息をとった方がよほど生産的というものだろう。

 僕はベッドに潜り込み、目を瞑った。

……そういえば、さっきまでここで芒が寝てたんだよな。さすがにもう体温は残ってないけど、微かに芒の残り香がする。


――今夜は、眠れそうにないな。


 私も狐っ娘の尻尾もふもふしたいです。あと狐耳を愛撫して甘い声で鳴かせたいです。

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