二十一日目 狐の棲まう素敵なおうち
もう三月だというのに、まだまだ寒い日が続きますね。今年の桜がちょっと心配な今日この頃です。
桜と言えば、ソーシャルゲームってお花見イベントとかあるじゃないですか。あれ、もうちょっと時期を見て実装してもいいんじゃないかと思うんですよ。だって窓の外雪景色なのに画面の中は春爛漫ってちょっと、ねぇ?
そして数分後。
「あ、あの………ごめんなさい、いきなり驚かせて。私、気が動転しちゃって……」
「いえ、いいんです。わたしの方こそ失礼な真似を……」
向かい合って座りぺこぺこ頭を下げ合う少女が二人。どうやら冷静さを取り戻したらしく、お互いになんとか打ち解けられたようだ。これでようやく僕も話が進められる。
「えー、と。久城さん、こちらが妖狐の芒。芒、彼女は久城恵夏さん。僕と同じクラスの人ってところかな」
「よろしくお願いします、恵夏さん」
「え、えぇ。よろしく……芒、さん」
ぎこちなく表情筋を緩める久城さん。こんなに親しみのある妖は初めてなのかもしれない。
「あの、恵夏さんはその……どういった方なんですか? わたしが何者か知っておられるようですけど……」
「私自身は只の学生よ。ただ、血筋の影響でちょっと霊的な力が強いってだけ。だからあなたに危害を加える気は無いから安心して」
「ああいえ、ちょっと気になっただけなんです。あなたからは悪意を感じなかったので……。でも、ただ遊びにいらっしゃったわけではないんですよね?」
真剣味を帯びた口調の芒。久城さんが何のために訪れたか、ある程度察しはついている様子だ。対する久城さんも、きゅっと表情を引き締める。
「そうね……話が早くて助かるわ。単刀直入に言うと、あなたがここにいても大丈夫そうかどうか私に確かめさせてほしいの。ああ、別にあなたが悪い妖怪だって思ってるわけじゃないわ。ただ、ヒトならざる者が人に関わると、やっぱりいろんな影響が出るのよ」
「なるほど……具体的には何をするんですか?」
「とりあえず家の中を調べさせてもらうわ。悪い“気”を呼び込んでいないかどうかを見るためにね。綴樹君、案内してもらえる?」
………なんてことだ。当事者なはずの僕を抜きにしてどんどん話が進んで行く。とはいえ反論も意見もないのでこの流れに身を任せるしかないのではあるけど。
「まあいいけど……その悪い“気”ってのは一体?」
僕の想像が正しければ、一定以上溜まると暗黒界への境界が開いたりこの世ならざるモノが実体化したりする、黒く澱んだ空気みたいな感じだが。
「あははっ、なかなか面白い発想するわね。でも残念ながらそんな大層なものじゃないわ。悪い気が溜まると、その場所に厄を呼び寄せるの。例えば病気になりやすくなったり、事故に遭ったりね。ひどくなると一家心中……なんてこともあり得るわ。
そうね――『澱んでる』ってのはあながち間違いじゃないかも。大抵そんな場所はなんていうか、厭な雰囲気があるから………」
どこか愁いを帯びた横顔。ひょっとしたら、今までにそんな光景を目にしたことがあるのかもしれない。
「そりゃあ恐ろしい。是非ともしっかり視てくれないとね」
「………えぇ、任せて」
僕がわざとらしいほど明るく言うと、久城さんは一転、自信あり気に微笑った。うん、やっぱり彼女はこっちの方がらしいね。
そんなわけで、急きょ我が家を案内していくことに。気分は不動産だ。そういえば芒にもきちんと紹介してなかったから、結果としていい機会だったかもしれない。
一通り見て回ったところで、再びリビングへ。冷めた湯呑を傾け、ほっと一息つく。
「ここ、結構大きなお宅だったんですね。初めて知りました」
「うん、何しろ当初はお祖父さんお祖母さんと一緒に住む予定で建ててたらしいからね。まあ色々あって無しになったみたいだけど。
……それで、どうかな久城さん? 何か気になることはあった?」
顎に手をやり、何やら考え込む久城さん。やがて顔を上げると、おもむろに口を開いた。
「結論から言わせてもらうと、特に問題はなかったわ。むしろ風水的にも良好と言っていいと思う。ただね……」
久城さんはそこでいったん言葉を切り、俯いて口籠る。なんだなんだ? と思わず身を乗り出す僕たち。
「ただ……使ってない部屋の掃除もちゃんとしなさいっ! 特に二階の奥の部屋! あれしばらく換気すらしてないでしょ! 別の意味で空気が澱んでたわよ!?」
「うぐぅ」
まさかそういう駄目出しが来るとは……。いや、僕だってただあの部屋を放置していたわけじゃない。いつか時間があるときにやろうと思ってはいたのだ。それがなかなか来なかったというだけで。
「まったく……あんな様子じゃ妖怪関係なしに悪い気が溜まるわよ? 本当はいますぐ大掃除といきたいところだけれど、時間も時間だから明日また来るわ。それまでに少しは片付けなりなんなりしておいて。――まさか嫌とは言わないわよね?」
「あっはい。ヨロシクオネガイシマス」
「うん、よろしい。……さて、それじゃ私はそろそろお暇するわ。お茶ごちそうさま」
久城さんは鷹揚に頷くと、腕時計を確認して立ち上がった。いつの間にか空はすっかり日が落ちており、時計の針は揃って真っ直ぐ下、六時半を指し示していた。
「すみません、何もお構いできなくて。気をつけてお帰りくださいね」
「ああ待って、送ってくよ」
「大丈夫よ、まだ明るいし。それにそれなりに遠いわよ?」
「いやー、最近は何かと物騒だからね。ってわけで芒、ちょっと行って来る」
「はい、秋斗さんもお気をつけて」
戸口まで出てくれた芒に見送られながら、道路に出る。そろそろ冬が近づいているのか、ひんやりとした空気が体をすり抜けた。
「風水的に見ても」とか偉そうに書いてますが、実際のところ私もよく分かりません。週刊誌とか読む限り、家を明るく清潔にしとけば良いんですかね?




