一日目 幕開けはベッドの中から
まぁ、お茶でもどうぞ。っ旦
肩だけと言わず全身の力を抜いてお楽しみください
その日は、実に「いつも通り」の日常だった。
いつものように学校で授業を受け、いつものように帰宅し、いつものように夕食を食べる。
そんな僕の日常が、一瞬にして塗り替えられようとしているなど、その時の僕は予想だにしていていなかった。
風呂から上がり、そろそろ寝床に就こうと自室に入る。そこには勉強机と本棚、そしてシングルベッドがあるだけの飾り気のない空間が広がっている――はずだった。
「――ん?」
無人である筈の部屋に、明らかな人の気配がある。そればかりか、ベッドが人の形に膨らんでいるのだ。
父母は仕事のため家にいないはずだ。僕には兄弟姉妹もいない。付け加えるなら、「アイツのベッドに隠れて驚かせてやろう! ニシシ♪」なんていうお茶目な幼馴染にも心当たりはない。
とすれば、この状況から導き出される結論は一つ。
――不法侵入者だ。
僕はすぐ側の壁に架かっていたハエ叩きを手繰り寄せた。こんなものが武器になるとは到底思えないが、何も無いよりは幾分かマシだろう。
息を殺し、忍び足でベッドに歩み寄った。どういうわけかベッドの中の彼ないし彼女は微動だにしない。もしかするとタイミングを見計らって襲いかかってくるつもりなのだろうか。
そう考えると足が止まりそうになるが、震える身体を理性で制し、一歩ずつ前へ踏み出した。
僕がベッドのすぐ傍まで到達しても、その人物は一向に動き出す気配を見せない。しかし、注意深く見てみると肩と思しき部分が微かに上下しているのが分かった。どうやら人形や死体ではないらしい。喜んで良いものか……。
僕は意を決し、ハエ叩きを油断なく構えたままゆっくりとシーツに手を伸ばし――一気に引きはがす!
「……は、はぁ?」
果たして中にいたモノを視界に収めた時、僕はなんとも間抜けな声を上げ、その場で数秒間硬直した。
まず目に飛び込んできたのは、雪で染め上げたような純白の肢体。シーツの上で胎児のように丸められたそれに、上質なビロードのような黒髪が絡みついている。幼さの残る端正な顔立ちは、精緻な造りの人形のようだ。
そう、僕のベッドには、一糸纏わず生まれたままの姿の少女が、安らかに眠るように横たわっていたのだ。
咄嗟に目を逸らそうとした僕だったが、彼女の身体には見逃せない点が二つあった。
一つ目は、頭部に。濡れ鴉色の髪に隠れるようにして、両側頭部から一対の尖った獣耳が伸びている。
そして二つ目は、下半身。髪と同色の毛に包まれた柔らかそうな尻尾。それが合計五本生えており、呼吸に合わせて時折蠢いているようだった。
この耳と尻尾の形、見間違えようがない。僕は確信する。これは狐のものだと。
ヒトの身体でありながらそれを持つこの少女は、いわば「妖怪狐娘」といったところか。物の本によれば、狐の尻尾の数は霊的な「格」によって決まるらしい。妖怪の猫又などが良い例だ。その説で行くと、五本の尻尾を持つこの狐は結構な霊格の持ち主ということだ。
僕は興奮を隠せなかった。少女の裸体を目にしたことで早鐘を打ち続けている心臓が、さらに心拍数を上げているのを感じる。
そう、何を隠そう僕は獣っ娘萌えなのだ。
可憐な美少女に愛らしい動物の要素を組み合わせるだけで、その魅力は何倍にも膨れ上がる。一見安直なようだが、「萌え」の基本にして究極の形の一つと言っても過言ではないだろう。
しかし、それはあくまで二次元の話。実際にケモ耳少女なんているわけがない。精々が猫耳カチューシャをつけたメイドさんぐらいなものだろう。それを事実と受け入れながらも、僕は胸に願望を抱かずにはいられなかった。狐っ娘の尻尾をモフりたい、と。
気づけば、僕は少女に向かって手を伸ばしていた。
長年夢見てきた想いが果たされる瞬間が、今目の前に迫ってきているのだ。もう妖怪でも何でもいい、このふさふさの尻尾をモフるんだ……!
しかし、その手はあと少しで尻尾に触れる、というところで止まった。
――もし、彼女が目を覚ましたらどうしよう?
小心者の僕の心で、そんな不安が鎌首をもたげる。
狐耳を目にしたことで思考が暴走していたが、冷静になって考えてみるとこの状況は相当まずい。
なにしろ僕はベッドに入っていた見ず知らずの少女(全裸)に手を出そうとしているのだ。場合によっては通報されてもおかしくはない。本来今僕がすべきことは、そっと布団を掛け直し、警察にでも連絡することだ。あれ? でもこの子、ケモ耳が付いてるから保健所の方がいいのかな?
「んぅ……ん……ふわぁ……」
「――っ!」
そんな益体もないことを考えていると、安らかな寝息を立てていた少女が呻き声を上げ、可愛らしく欠伸をしながらゆっくりと起き上がった。開かれた闇色の瞳がこちらを見る。
更新は不定期ながらゆったりやっていきたいと思います
のんびりお待ちくださいな