レベル5 義賊対剣豪
聖戦士として覚醒したマウザーの最初の懸案事項となったのが盗賊結社との関係であった。
結社は彼のような身よりのない子供を積極的に保護し育成していた。その意図するモノが善意からの福祉活動でないことは明らかだが、そうした方針の結果としてマウザーの今がある事もまた否定出来ない事実である。彼自身の受けた恩義を差し引いたとしても、盗賊結社は滅ぼすべき絶対悪なのか。と言う疑問がある。
それに加えて結社と対峙する警備兵達の腐敗ぶりも彼の反逆を躊躇わせる要素の一つであった。現状では結社が滅んだとしても、街の治安は改善するどころか秩序を失ってむしろ悪化するのは確実と思えた。
警備兵に鞍替えして町の綱紀粛正に力を尽くすと言う選択肢は真っ先に捨てた。馴染みのない、これまで敵対してきた組織に加わったとしても、疑惑の目を向けられるだけで十分な成果を上げられそうにない。それよりは今の組織に踏みとどまって結社を足がかりとして治安維持に当たるほうがまだしも現実的だ。そんな彼の判断を最後に後押ししたのが今の上司との出会いであった。
”覇王”チェーザレは没落した旧家の末裔で表の世界でも顔が利く。初めは世間知らずのボンボンが身を持ち崩しただけと見られており、覇王という愛称も揶揄い半分に付けられたという。だが次第に組織の中でその才覚を発揮し、組織の幹部に名を連ねるに至った。
彼は結社のトップを狙うと言う野心を隠そうとしないが、それは目的ではなくて手段に過ぎない。マウザーはその目的に掛けることにした。その全てに同意が出来なくても、少なくとも今よりも遥にマシな社会が構築されるだろうから。もし両者の目指すところに決定的なずれが生じたら、その時は…。
チェーザレはいつものように酒場奥の個室に招かれた。公証人ギルドの長と言う表の顔を持ち、常に多忙な彼が自分の酒場に顔を出す事は極めて珍しい。それがこの年だけではや三度。形式上は末端の部下の一人に過ぎない”義賊”マウザーとの会見は余計な詮索を招きかねない。
そんな訳で二人の会合はいつも極秘で行われるのだが、この日はお抱えの護衛を従えていた。つまりこれは公式訪問と言うことになる。
入り口を塞ぐように立っていた護衛達は遅れて現れた若造を睨み付けたが、当人は全く動じる様子もない。
「お前に是非ともやって貰いたい仕事があってな」
覇王の”勅命”はまさに異例中の異例である。
「それは良いですけど…」
「何か条件でもあるのか」
「いえ、そうじゃなくて。外のお兄さん達は帰らせてください。このままじゃ商売になりませんから」
「判った」
チェーザレは一瞬だけ表情を緩め、
「お前等は外で暇を潰していろ」
と命じて護衛を去らせた。
「流石に教育が行き届いていますね」
命令に全く不満を漏らさない護衛にマウザーは素直に感心したが、
「もう少し謀反気があっても良さそうなモノだがな」
とぼやく覇王。先程までの威圧的な態度はどこにもない。
「しかし、僕みたいな部下が何人も居たらお困りでしょ」
扱いにくいと言う自覚はあるらしい。
「それで、例によって面倒くさい仕事ですか?」
「お前にしか出来ない仕事だ」
これは彼がよく使う殺し文句だが、
「部下の手に余る仕事を押しつけるのは上司の無能ですよ」
「それは出来なかった時の責任転嫁か」
「いえいえ、上司に対する信頼です」
なるほど。他の部下には聞かせられない会話である。
「グルームバーグという商人を知っているか?」
「成程、その件ですか」
結社は市内に住まう大商人達と”契約”を結んでいる。商売の安全を保証する代りに一定額の金額を徴収するのである。盗賊活動は襲う側にも相応の危険があるし、襲われる側も盗賊達に対する警備費用や実際に襲われた際の損害を天秤に掛けて、概ねこの支払いを受け入れられている。この様な契約がまかり通るというのは、それだけこの街の治安組織が頼りにならない証でもあるが、最近この契約を堂々と拒絶する商人が現れたと言う。
「かなり手を焼いているようですね。僕も声を掛けられましたけど」
マウザーがその手の報復活動に非協力的なのはよく知られている。
「向こうに凄腕の用心棒が居るらしく、既に二度も襲撃が退けられている」
三度目をしくじれば、他の商人達との契約にも差し障りが生じるだろう。
「凄腕と言っても一人なんでしょう」
「その一人を相手に既に十人以上が斬られている。その内の五人は暗殺部門の精鋭だ」
「暗殺って言うのは相手が油断していないと難易度が跳ね上がりますからねえ」
彼らの戦闘手法は標的の背後を取ってグサリと言うヤツだ。裏を返せば容易に背後を取らせてくれない相手とは元々相性が悪い。
「無理に倒す必要はない。仕事を邪魔出来ないように足止めしてくれればいい」
「楯番ですか」
普通、この手の役は重武装の戦士に割り振られるのだが、そんな連中に盗賊の様な影働きが出来るはずはなく、敏捷性が売りの盗賊に鎧を着込ませてもむしろ逆効果である。となれば残る手段は軽装備のままで相手の攻撃をのらりくらりと受け流すしかない。
「そんな芸当が出来るのは結社ではお前くらいだ」
「おだてには乗りませんよ」
「お前は受けると言ったぞ」
「やらないとは言っていません。しかし出来ない事を安易に請け負うのは却って不誠実になります。失敗が許されないのはむしろ貴方の方でしょう」
「その通りだ」
覇王は素直に認めた。この保険契約システムを完成させたのは実はチェーザレである。このシステムが破綻すると彼の結社での地位も揺らぐ。
「だから、やり方は僕に任せて貰いますよ」
マウザーは出来ない事を出来るなどと言う余計な見栄を張らない。逆にやると言った事はどんな手段を用いても成就させる。決して嘘を言わないことが彼のはったりをより効果的に見せている。
引き受けた時点で、具体的な計画は何もなかった。彼は基本的に楽天家で、当たって砕けろタイプなのである。そんな彼が真っ先に行ったのは事前調査。襲撃計画に参加して生き残った同胞への聞き取り調査である。陽気な喋り屋で知られた”啄木鳥”のウーピーは一月前の怪我が未だ癒えず、巣で伏せっていた。
「うちの上司からだ」
マウザーはそう言って見舞金を渡す。これは覇王から渡された支度金の一部なのでまんざら嘘ではない。
「そうか。遂にあの覇王も乗り出したか」
ウーピーはやや渋い表情になる。
「と言うと?」
「あの襲撃は武闘派であるうちの親爺の独断でね」
「へえ」
初耳である。覇王は敢えて隠したのか、それとも不要だと判断したのかか。
「初めの一件で組下の腕利きをごっそり失ったんで、頭に血が上ったんだろうねえ。親爺は自腹を切って暗殺部隊を送り込んだんだが」
「成程ね」
依頼人無しに動かないはずの暗殺者が大量に討死しているのはおかしいとは思ったが、そう言う事情だったのか。
「それにしても、五人も投入するなんて剛毅だな」
作戦は成功しなかったのだから、損金は前金だけで済んだだろうが。
「損益ももちろんだが問題は親爺の失威だな。お陰でうちの組は崩壊寸前さ。なあ兄弟、あんたが乗り出す俺も手を貸すぜ」
「その時は声を掛けるよ」
この目端の利く男は今の上司を見限って覇王の旗下に納まりたいのだろう。その程度の口利きなら自分にも出来そうである。
「敵方の戦力なんだが…」
「情けない話だが、相手はたった一人だ。こっちも得意の三人組戦術で対抗したんだが…」
三人組戦術。一人が前衛として敵の注意を引きつけて、残る二人が背後から襲って仕留める連携戦術である。ウーピー氏は前衛を勤めたらしいが、
「敵は後ろに目が付いているのか、振り向き様に後ろを突いた仲間をバッサリと」
と無念そうに語る。
「それで?」
「俺が動いた時にはもう味方は二人とも斬られていて、反撃も出来ず急所を外すのがやっとの有様だったよ」
「それは相手が悪かったですね」
この戦術は民兵組織などでは真っ先にたたき込まれる有名なモノだけに、対抗手段も発達している。凄腕の戦士なら前衛の視線の動きを見て後ろの敵を察知する。だから前衛は味方に期待せず常に自分が最初の一撃を入れる積もりで対峙するべきなのだが、あまりに実力差が有りすぎる場合には如何ともし難い。
後衛は前衛よりも更に実力が劣るのだから、予期せぬ反撃に対応出来ずに斬られるのは仕方ない。だからこそ前衛は敵に背後を顧みさせては駄目なのであるが、下手に反撃が間に合っていたら前衛も返す刀で致命傷を受けるコトになる。
話を終えて自分だったらどうするか、マウザーは思いをめぐらせた。
「僕ならたとえ敵わぬと判っていても一人で戦う方を選ぶ、かな」
だがそれは一方で他人に足を引っ張られたくないと言う我の強さを示している。
マウザーに限らず、盗賊というモノは余り綿密な計画を練らない。計画が詳細すぎると不測の事態に対応できないからだ。とは言え、いくつかの可能性についての対応策は用意してあった。だが、門から現れた剣士を見た瞬間に、第一番目の奇襲攻撃案は捨てた。
暗殺部隊が退けられたことで、半ば予測された事ではあるが、実物は想像以上だった。
どこからでも打ち込めそうな隙だらけの構え、だが裏を返せばあらゆる攻撃に対応可能な自然体。この男は根っからの戦士だ。
戦士とそうでない者の決定的な違いは戦いに対する心構えにある。盗賊は何かを手に入れるための手段の一つとして戦いを用いる。よってその優先順位は決して高くない。だが戦士とは戦いそれ自体を目的とする。それ故、戦いの結果は彼らにとってさほど重要ではない。甚だしきは、自身の生死にさえ頓着しないモノすら居る。
こんな連中を複数揃えられたらそれこそ始末に負えないが、それは実際にはあり得ない。経済的な問題もあるが、個性が強すぎて同士討ちするのが目に見えているからだ。よってこれが懸案の張本人であることは疑いない。
一目見て自分ごときの正面奇襲が通用する相手ではない、と分かる。そこでとなれば次善の策として、
「結社の方から来ました。御当主に会わせて貰えますか」
彼が単なる門番なら不審者は問答無用で追い払うべき場面だが、用心棒の立場では来客を勝手に追い返す権限はない。そこが付け目だ。
「念のため武器は預からせて貰う」
用心棒としては当然の台詞だ。だが、それはむしろ望むところ。
「大事に扱ってくださいね」
と言いつつ剣を鞘ごと抜いて差し出す。左腰に帯びた剣を左手で抜くのだからどこにも不自然さはない。右手を後ろに回して敵意のない事をより強調している。左手で差し出されたモノを受け取るとすれば、対面した相手は必然的に右手でと言うことになるが、これがマウザーの仕掛けた罠である。より正確に言えば、試験と言う事になるだろうか。
「妙な動きをすれば即座に斬るからな」
剣士はそう言いながら剣を受け取った。
師より受け継いだ”聖戦士の鞘”は身持ちが堅いので、特に悪党が触れると激しい衝撃を与えて拒絶する。彼の経験から、直接触れた部分は猛烈な炎症を起こし、肘の辺りまで感覚が無くなる筈だ。敵が剣を取り落とした瞬間に素早く抜けば、反撃不能となった敵を仕留める事が出来る。
残念ながら、あるいは幸いにと言うべきか、何も起こらない。
「これは厄介なことだ」
マウザーはぽつりと言った。悪党ならどんな手段を用いてもこれを排除する積もりだったのだが、この罠に反応しないとなると、対応を変えないといけない。
「貴様、普通の盗賊じゃないな」
敵はこちらの落ち着きを良い方に誤解してくれたらしい。
「貴方こそ一介の用心棒には見えませんよ」
彼ほどの腕が有ればどこの国でも騎士として取り立ててくれるだろうに。
「俺は、あんたと同じで集団行動が苦手でね」
そこまで見抜かれているのかと思いつつも、
「僕と貴方は違うと思いますが」
「そうだな。貴様はなるべく人の死を見たくないから単騎特攻を好むのだろう。俺の場合はうっかり間違えて味方を斬らないために一人で突っ込む訳だが」
と豪快に笑う。
「成程」
鞘が反応しなかった訳だ。この男は単純な殺人狂ではない。状況によっては刺し違える覚悟を持っていたマウザーはその対処法を削除した。
「しかし、この広い屋敷を一人で守るのはいくら何でも無理じゃないですか」
「中途半端な味方は却って邪魔だ」
「僕はどうです?」
流石に虚をつかれたらしい。
「僕なら、あなたの横にいてもうっかり斬られることは無いですよ」
「興味深い話だが」
用心棒は会話をうち切ると背を向けて、
「その先は依頼主としてくれ」
と言ってマウザーを屋敷に招き入れた。
一見無防備だが、迂闊に斬りかかればあっさりと返り討ちに逢うだろう。
「やはり貴方とは戦いたくないですね」
とこれは偽らざる本音だ。
「そうか。俺は仕事抜きでも貴殿と一戦交えたいところだ」
用心棒は後ろ向きのまま殺気を隠さない。彼は”仕事抜き”と言ったが、仕事上の制約が無ければ今この時にも戦いを始めそうな勢いである。
「それにしても、此処はそんなに居心地が良いですか?」
相手の殺気を交すつもりで話を続ける。
「待遇は悪くないな。だが、それ以上に雇い主が興味深い」
「へえ。どんな風に?」
「まあ、一言で言えば善人だな」
それはそうだろう。悪人なら結社と正面切って殺り合おうなどとは思うまい。
「それは厄介ですね」
「だから下手な交渉は逆効果だぞ」
「それはどうも、御親切に。だけど」
彼にとっては話し合いが決裂した方が都合がいいのでは?
「なに。俺は効率を重視しているだけだ。お互い犠牲者は少ないに越したことはない」
「努力してみましょう」
マウザーが通されたのは大商人のモノにしては意外と質素な応接間。屋敷の大きさから考えて相手によって部屋を使い分けていると見える。
「まずは会談の機会を与えて下さった事に感謝します」
招かれざる客なのは重々承知だ。
「こちらには盗人と話し合う事など何もないがな」
と、応じたのは予想以上に若い男で、恐らくマウザーと幾つも違わないであろう。
「旦那様」
と隣に控えている番頭が口を挟む。こちらは主人よりは年長で、酸いも甘いも噛み分けた老獪そうな人物。一見するとこちらの方が主人に見えなくもない。
「判っている。話だけは聞こう」
若い主人は渋々といった感じを隠さない。この主従の年齢差は親子まではいかない。ざっと見て十から十五の間であろうか。二人の経験の差から来る両者の微妙な力関係が見て取れる。
「僕は結社の命で来ましたが、話によっては貴方の味方になっても良いと考えています」
「どういう事かな」
食い付いてきたのは予想通り経験豊富な”右腕”の方。
「僕を二人目の用心棒として雇って頂きたいのです」
この手の交渉事は余り安く提示しては却って余計な疑惑を招く。マウザーが要求した額は、個人としては破格だが結社が要求している”保険料”から見れば一割以下で済む。
「だが、彼の仕事ぶりに不満はないし、新たに雇うとなるとそれはやはり余計な出費になるな」
と若旦那。
「もし君の方が彼より腕が上だというなら交代を考えないでもないが」
「単に剣術の腕を比べるなら彼の方が数段上でしょうね」
マウザーは素直に認めた。
「しかし彼には優れた剣士で有るが故の弱点も有ります」
「それは興味有るな」
と後ろに控えていた剣士。
「簡単な事ですよ。剣というのはその刃の長さまでしか斬る事が出来無い。言い換えればその切っ先の届く範囲しか守れないと言う事です。違いますか?」
最後の一言は後ろの剣士へ向けられたものだ。
「君を雇えば無用な流血を避けられると言う事だな」
現実主義者の番頭は乗り気になったようだが、
「ふん。盗賊どもが何人死のうと知った事か」
主人の一言がすべてをぶちこわした。
「商人には珍しい、正直な方だ」
マウザーは説得を諦めた。単に吝嗇であれば合理的な提案で動かせると踏んだのだが、どうやら病的な正義の信奉者のようだ。偽善を嫌悪するほどの潔癖性を相手にしては妥協の余地がない。
「僕らも、盗みなどせずに生きていけるならその方が良いのですけどね」
これは余計だった。
「君は話し合いに来たのか、それとも強請りに来たのか」
「僕は仲介屋の積もりだったのですが」
「君が今の仕事を辞めるのなら雇っても良い」
と番頭が妥協案を示す。確かにそれならマウザーの中立性は担保されるが、
「それじゃあ、意味がない」
盗賊であるマウザーを雇うことが結社とのぎりぎりの妥協点なのだ。
「残念ながら交渉決裂ですね」
と言って立ち上がろうとすると、
「それは宣戦布告と取って良いのかな」
背後に立っていた用心棒が抜き身の剣をマウザーの右首筋に当てている。
「停戦交渉の使者を殺すのはそちらの流儀に反しませんか」
そもそも本気で斬るつもりならご丁寧に首筋で剣を止めたりはしない。
「剣を引き給え」
と番頭が制止に入る。
「この男は危険です」
用心棒は視線を雇い主に向けて許可を求めるが、主人の方も無抵抗の人間を殺させるのは気が進まないらしく、首を縦に振らない。
「僕は丸腰ですよ」
「どうかな。懐中に短剣ぐらい忍ばせているだろう」
分かっていてあえて見逃したのか。
「職務怠慢ですね」
「そんな小物では俺は倒せん」
「でも貴方の初撃をかいくぐってあちらを仕留めるくらいなら…」
と商人に視線を向けると、用心棒は一瞬にして体を入れ替えてマウザーと商人の間に立ちふさがる。それも剣をマウザーの首筋に当てたままで、である。
「危ないなあ」
マウザーは傷跡を親指でなぞって出血を止めていく。
「貴様。何者だ?」
「本名は別にありますが、仲間内ではマウザーで通っています」
「貴公が噂に聞く義賊殿か。成程」
と言ったのは番頭氏。
「別に自分で名乗った訳じゃぁありません。単なる政治宣伝ですよ」
悪銭身に付かずと言う。無原則に金をばらまくのは却って相手のためにならない。
「義賊マウザーなら相手にとって不足は無い。抜け」
剣士は左手に持っていたマウザーの剣を胸元に押しつけてくるが、
「盗賊と言うのは負ける戦いはしません。もう目的は達しましたし」
と言って笑うと、
「後はあの扉を通って帰るだけ」
先程までは、扉の前には剣士が控えていて、マウザーの逃げ道はなかった。しかし今の位置関係だと彼の逃走を止める術はない。
「貴様、それが狙いか」
マウザーは逃げ道を確保する為に用心棒を挑発して背後を空けさせたのだ。
「貴方が勝手に勘違いしたんですよ。僕の来訪目的は」
いわゆる、威力偵察。商人を説得出来ればそれが一番良いが、それが駄目なら敵方の戦力、即ち用心棒たる剣士の力量を量る事。それと…。
「いずれにしても、結社は金に成らない事はしません」
よって商人を殺すというのは端っから選択肢にない。それでは直接的な利益にならないからである。
「この間は暗殺者を送り込んできたが」
「彼らのターゲットは、用心棒の排除ですよ。資金源になりうる豪商は端っから暗殺の対象外です。ご安心ください」
「私みたいに結社と敵対していてもか?」
「結社と商人との契約は原則非公開ですから、結社との関係が原因で命まで狙われると言うのは有り得ないんですよ」
「いいのか、そんな手の内を暴露して」
「言ったでしょう。僕は結社の方から来ましたと」
帰りは行きとは逆にマウザーが前を歩き、剣士がその後ろを歩く。前を行くマウザーは隙だらけで、斬りかかれば一太刀で仕留められそうである。
「殺るなら今しか有りませんよ」
そう言ってくるりと体を返すマウザー。但し歩む速度はそのまま、つまり今は後ろ向きに歩いているのである。
「俺は貴公を斬りたいのじゃない。貴公と斬り合いたいだけだ」
「さっきも言いましたけど貴方は僕よりも強いですよ。しかし恐くはない。貴方の間合いにさえ入らなければ」
そう言ってマウザーは再び前を向いて歩き出す。確かに、彼は剣士の剣の届く範囲のぎりぎり外を歩いている。隙だらけなのは油断している訳ではなく、警戒が必要ない距離に居るからに過ぎない。
玄関が見えてきた。この男とこのまま行かせて良いのか。と剣士が逡巡を見せた時、彼の左手にあったマウザーの愛刀が鞘から飛び出して主の手元へ納まる。正確には、意思を持つ鞘が剣を主の手元へ送り込んだのだ。
「本来なら、ここであなたを討ち果たすべきなんでしょうけど」
鞘を掴んでいた剣士の左手は麻痺して使えない。
「あなたとは対等でやりたい。だから今日は帰りますよ」
マウザーは足元に転がってきた鞘を拾って剣を納めた。
マウザーはこの一件から手を引いた。剣士との再会はこれから数年後のことになる。
誕生篇としてはひとまず終了。
この話は実は一番最初に書いたのだけど、あと付けの設定が膨らみすぎてかなり手を入れる必要が有りました。
続きはいずれまた。




