10・鮎川早苗の章 (1)
10・鮎川早苗の章
午後3時半。
警察署の隣にあるファミレスで待っていると、ドアが開いて紺のスーツを着た秋彦が入ってくるのが見えた。
秋彦はグルリと店内を見回し、黒のジャケットにベージュのスカート姿の早苗を見つけると無表情のまま早足で近づいてきた。その顔はわずかに怒っているように見える。
「いったいどうしたんだよ?」
秋彦は早苗の前に座ると、ぶっきらぼうに言った。
「アルバム、持ってきてくれた?」
「今夜、持って帰ってやるって言ったろ? どうしてそんなにも急ぐんだ?」
「早く確認したいことがあったのよ」
「まったく」
秋彦はそう言いながらも手にしていたA4サイズの封筒のなかから小さなアルバムを取り出し、早苗の前に出した。「大切な証拠品なんだ。汚すなよ」
「わかってるわよ」
早苗はすぐにアルバムを手にとるとページを捲った。そこには指輪やイヤリングなどのアクセサリーやチェストや椅子などのアンティーク品が一つずつ綺麗に写真に収まっている。
近づいてきたウェイトレスにコーヒーを注文してから、秋彦は早苗に訊いた。
「いったい何が知りたいんだ?」
「ちょっとね……」
もし、早苗の想像が当たっていれば、このなかにあの写真が混じっているはずだ。
「何か知ってるならちゃんと話せよ」
「わかってるわよ」
そう言いながら次々とページを捲る。
「ところで、二葉君からあの後連絡はあったか?」
「ううん……私も二葉の連絡先知らないし、二葉も私の携帯の番号なんて知らないから……どうして?」
「昨夜、新山響子のマンションに誰かが忍び込むのを巡回中の警察官が見つけてな。その姿恰好が二葉君に似てるような気がしたんだ」
「二葉がどうしてそんなところに……」
「はっきりと彼と決まったわけじゃないけどな。なんでもその警察官が言うには、黒いマントを被った男がすぅっとドアを通り抜けて部屋のなかに入って行ったんだそうだ。実は二葉君らしき人物を市立病院でも見た人がいるんだ」
「病院?」
「住川日名子が入院している病院だ。もし、それが二葉君だとして、彼はいったい何をしようとしているんだ?」
「そんなの私にはわからないわよ」
「本当か?」
「本当よ。あとで『占いの館』に行って聞いてみるから――」
そう言った早苗の手が1枚の写真のところでピタリと止まった。「この写真……」
「どうした?」
早苗の表情を見て、秋彦が覗き込む。そこにはネックレスを写した写真が写っている。それは香澄が持っていたものと同じものだった。
「やっぱり……」
早苗が呟くのを訊き、秋彦は顔を近づける。
「やっぱりって何だ? このネックレスがどうかしたのか?」
「このネックレス、香澄が持ってるのよ」
「香澄ちゃんが? なぜだ?」
「昨日のお店で買ったって言ってた。私が昨日、あのお店に入ったのも、香澄に教えてもらったからなの」
そう言った時、ウェイトレスがコーヒーを運んできて秋彦の前に置いた。ウェイトレスが離れていくのを待って秋彦が口を開いた。
「それだけなのか?」
「え?」
「……いや、確かに新山響子の部屋から盗まれたものであれば、確認しておいたほうがいいんだが……おまえが気にしているのはそれだけなのか?」
秋彦はじっと早苗の顔を見つめた。
「お兄ちゃん……昨日、私が話したこと憶えてる?」
「昨日って?」
「病院で話したことよ。『物』の『記憶』のこと」
「ああ、あのことか。あれがどうかしたのか?」
「『物』には『記憶』があって、その『記憶』が強い場合、他の人がそれを持った時、心がその『記憶』に支配される……なんて話、どう思う?」
秋彦はキョトンとした顔をして目を瞬かせた。
「何言ってるんだ?」
「だからぁ。太田沙織さんは新山響子さんが持っていた指輪をつけていたために、松野真一を殺すことになったとは考えられない?」
「何のために?」
「新山響子さんの記憶を受け継いだ太田沙織さんが、その復讐で――」
「おまえなぁ――」
秋彦は早苗の言葉を遮った。「俺にそんな話を信じろって言うのか? いったい何を言い出すかと思えば……」
「だって、そう考えるのが一番自然なのよ」
「俺にとっては何より不自然な答えだ。じゃあ、松野真一殺しの真犯人として新山響子を逮捕しろっていうのか?」
「そうじゃないわよ。でも、太田沙織さんが松野真一を殺す理由はないんでしょ?」
「そりゃ、そうだが……」
「太田沙織さんは事件当時のことを記憶していないって言ってたじゃないの。きっと、彼女は新山響子さんの意志で動かされたのよ」
秋彦は困ったように額を押さえた。
「じゃあ、今度の事件は全て新山響子の呪いだとでもいうのか? 確かにそういうことで解決するなら俺もありがたい。だがな、これは事件なんだ。太田沙織だって今、精神分析を受けている。そんななかで事件が死んだ新山響子の呪いだなんてことが言えるわけないだろ? だいたい昨日見つかった澤村義文の事件や住川日名子の件はどう説明するんだ?」
「それは……」
早苗は言葉に詰まった。それは事件について説明がつかないからではない。むしろ、早苗の予測が当たっていたからだ。
答えをためらう早苗に、秋彦もその意味に気づき表情を変えた。
「まさか……香澄ちゃんが?」
「まだはっきりとは言えないけど、最近の香澄はどこか以前とは違ってた」
「ちょ……ちょっと待て。それじゃ、おまえが駅のホームに落ちたのは――」
「わからない! ……でも、とにかく香澄がこのネックレスを持っているのは事実なの」
「わかった。すぐに彼女に確認してみよう」
秋彦は立ち上がろうとした。
「待って! 出来れば私に話をさせて」
「おい――」
「お願い!」
頭を下げる早苗に秋彦も仕方なさく頷いた。
「彼女、会社はどこだったかな?」
「御茶ノ水よ」
「わかった。送っていこう。おまえ、松葉杖は?」
「大丈夫よ。たかが捻挫だもの」
「無茶はするなよ」
「平気よ。お兄ちゃんの妹なんだから」
「だから余計心配なんだよ」
そう言うと秋彦は立ち上がった。




