9・永作香澄の章 (1)
9・永作香澄の章
朝から社内はその話題でざわついていた。
澤村の死、そして、住川日名子の事故。この二つが社員たちの動揺を誘っていた。特に澤村についてはハッキリと『殺人事件』として、すでに朝のニュースでも報じられている。皆、顔を合わせるたびにその話題を口にしないではいられない。澤村の死を悲しむ声は少なかったが、日名子については同情の声が多かった。普段接する機会が少ないにも関わらず、意外にも企画営業部の社員たちには『ヒナちゃん』と呼ばれ慕われていたらしい。
そんな中、香澄だけは内心ほっとしていた。
日名子が事故にあったのことには同情するが、これでしばらくは自分のやったことが明るみに出ることはないだろう。
「何か嫌ね……この会社、呪われてるのかしら」
川口玲子がぼそりと呟いて肩を竦めた。
「呪い?」
香澄は顔を上げて訊き返した。
「だって立て続けにこんなことが起こるなんて、やっぱり気持ち悪いわよ。住川さんだって事故じゃないかもしれないって話でしょ?」
ドキリとする。
昨夜、自分はどこへ出かけたのだろう……澤村とはどうやって別れたろう……。その前後のことは憶えていても、大切な部分についてはすべて記憶していない。気づくといつも部屋で震えている自分がいる。
だが、香澄はすぐに考えるのをやめた。そのことから目を逸らそうという意識が自然に働く。
(そう……考えちゃいけない)
決して気づいてはいけない真実。
「熊谷部長も大変よね。今日は奥さんと子供が病院から戻ってくるっていうのに」
玲子は企画営業部の熊谷のほうを眺めながら言った。
「今日? ずいぶん早いですね。まだ生まれてから一週間も経ってないでしょ?」
「でも、だいたい出産してから退院までって5日くらいらしいわよ。先週の土曜日に生まれたから……今日で5日目になるのかな。ちょっと早いかもね」
「そうなんですか……それじゃ部長も早く帰りたいでしょうね」
初耳だった。子供が生まれてから、熊谷とはまともに言葉を交わしていない。
「でも、部長にしてみれば、少しでも会社に残る理由があったほうがいいのかしら?」
玲子はそう言って意味深に笑った。
「それってどういうことですか?」
「知らないの? 部長、奥さんに頭が上がらないのよ。財布だって奥さんにガッチリ握られちゃってるって話よ」
「玲子さん、ずいぶん詳しいんですね。熊谷部長の奥さんとは親しいんですか?」
「噂よ、噂。奥さん、以前はこの会社で働いてたし、辞めてからも時々は遊びに来るから、いろいろ情報は入ってくるのよ」
「ふぅん」
「知ってる? もともと結婚したのだって、奥さんが妊娠したって嘘ついたのが原因らしいわよ。もともと部長にとっては遊びの付き合いだったらしいんだけど、さすがにその話を聞いて結婚して結婚することにしたみたい。そりゃそうよね。大事な取引先のお嬢さんなんだから。でも、その後でそれが嘘だってことに気づいたんだって。奥さんもやるわよねぇ」
「そうだったんですか……」
「奥さんのお陰でいろいろ得してる部分もあるんだろうけど、本当は部長も自由になりたいんじゃないのかなぁ。ま、離婚なんて無理だろうし、結局は奥さんが死なない限り無理なんだけどね」
玲子は冗談のように笑った。
――奥サンが死ネバ……アノ人ハ私ノモノ……
頭のなかで微かに声が響く。




