8・鮎川早苗の章 (3)
夕陽が部屋に差込み、白いシーツが心なしか赤く染まって見える。
わずかに消毒液の香りが漂う狭い病室で、早苗はベッド脇に座り、横になっている二葉の寝顔をじっと見つめていた。病院に担ぎ込まれた後も二葉はまだ意識を取り戻さない。
こうなったのは、おそらくあの指輪の『記憶』を早苗に見せたためなのだろう。まさか本当にあんなことが出来るとは思ってもみなかった。あれが本当に『魔女』の力であるのかどうかはわからないが、あながち二葉が話していたことは嘘ではないのかもしれない。
(ごめんね)
早苗が心のなかで呟いた時、おもむろにドアが開き、秋彦が入ってきた。
「二葉君、まだ目覚めないのか?」
秋彦はベッド脇に立つと、二葉の顔を覗き込んだ。あの後、早苗はすぐに救急車を呼び、それと同時に秋彦にも連絡を取っていた。「それで? 検査の結果はどうだったんだ?」
「先生が言うには過労らしいの」
「ふぅん。占い師ってのも大変な仕事なんだな」
まだ秋彦には、二葉が指輪の『記憶』を映像化して見せてくれたことを話していない。話したところで信じてもらえるかどうかもわからない。
「ねえ――」
と、早苗は秋彦に話しかける。「お兄ちゃんは『物』に『記憶』があると思う?」
「あ? 急に何言ってるんだ?」
秋彦は面食らったような目で早苗を見た。
「例えばよ。お兄ちゃんがしてる腕時計が記憶を持っていると思う? それで、その記憶を読み出す……なんてことが出来ると思う?」
「サイコメトリングのことを言ってるのか?」
「サイコメトリング?」
「小説や映画によく出てくるやつだろ? 殺人現場や証拠品に触れることで、その場に残った犯人の意識を読み出すとかいうアレだろ?」
そう言われてみれば、以前、そんなドラマがあったかもしれない。
「本当にそんなことが出来ると思う?」
「さあな。頭から否定するつもりはないけどね。世の中いろんな人間がいるから、そんなことが出来る人間もいないとは限らないだろうな。ただ、俺は自分の目で見たことしか信じないことにしてる。ま、そんな人間がいてくれれば、警察の仕事も楽になるんだけど。どうして急にそんなことを?」
「う……うん。ちょっとね……」
早苗は眠っている二葉の顔を見つめた。二葉がやったのも『サイコメトリング』の一種なのだろうか。
「まさか二葉君がそういう人間だとでも?」
「ち、違うわよ」
早苗は慌てて首を振った。「ところでお兄ちゃん、あれはどうなったの?」
「ああ……」
秋彦はキョロキョロと見回すと、部屋の隅に立てかけてあったパイプ椅子を持ってきて早苗の隣に座った。「おまえの予想通りあの指輪はこの前、新山響子の部屋から盗まれたものだろうな。あの店にあったアクセサリーも全て調べたが、その中にもやはり盗まれたものらしいものがあった」
「どうしてそんなにはっきり言えるの?」
「新山響子は自分のアクセサリーを写真に撮ってアルバムにしていたんだ。それと、あの店の店主に訊いたところ、やはりあれを売りに来たのは松野真一らしい」
「それじゃやっぱり松野真一が新山響子さんを殺したのね」
二葉が見せてくれたあの映像を思い出し、早苗は全身が震えた。あれは新山響子が殺される瞬間の記憶に違いない。
――恨むならアイツを恨むんだな。
あれはどういう意味だろう。
「ところで、どうしておまえはあれが新山響子のものだってわかったんだ? 何か二葉君と関係があるのか?」
早苗はどう答えていいか迷った。まさか二葉の力によって、指輪の持つ『記憶』を辿り、あの男の顔を見たなどとはとても言えない。
「なんか……そんな気がしたいのよ。それよりお願いがあるんだけど――」
「お願い? 何か嫌な予感がするな。まさかあの指輪を見つけた褒美でもくれっていうんじゃないだろうな」
「良い勘してるじゃないの」
「よせよ」
「松野真一の恋人ってああいう指輪、身に付けてなかった?」
「さあな……そこまでははっきりしないが……ひょっとしたら松野真一が盗んだアクセサリーの一つくらい彼女にプレゼントした可能性はあるだろうな」
「調べてくれない?」
「なぜだ? 松野真一が新山響子の部屋にあったアクセサリーを骨董品屋に売ったことはおそらく間違いないだろう。だが、それをその恋人が身につけていたかどうかなんてことまで関係あるのか?」
「いいから。調べてよ。それとまだ見つかっていないものがあるかどうかも一緒に調べて欲しいの」
「そりゃ調べることは出来ると思うが……」
「何とかしてよ。大切な問題なの!」
「わかったよ」
「それと、さっき言ってた新山響子のアルバム、私にも見せてくれない?」
「そんなもの、おまえが見てどうするんだ?」
秋彦は心のなかを読もうとするかのように早苗の顔をジロリと睨んだ。「おまえ、何か知ってるのか?」
「後で説明するから。お願い!」
「しょうがないな……あとで借りてきてやるよ」
秋彦は渋々頷いた。
「ありがとう」
「ただし!」
と秋彦は釘をさした。「もし、何か知っているならちゃんと俺に話すんだぞ」
「うん、わかってる」
勘違いであって欲しい。早苗はそう願っていた。




