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キヲク  作者: けせらせら
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8・鮎川早苗の章 (2)

 ゆっくりと二人で駅に向かって歩いていく。

 こんなのは久しぶりのことだ。隣に二葉がいることでどこか気持ちが落ち着く。ふと、子供の頃のことを思い出す。

 早苗はちらりと隣を歩く二葉の手を横目で見た。子供の頃、小さな二葉の手はとても暖かく、その温もりが心に染みるように感じたものだ。

 小さな店を通りかかった時、早苗はそこで足を止めた。

「どうしたの?」

「このお店……」

 早苗は窓から店のなかを覗き込んだ。

「この店がどうかしたの?」

「たぶん香澄が言ってた店だわ」

 早苗はバッグのなかから以前、香澄が書いてくれたメモを取り出した。

 間違いない。目の前にあるのは香澄がネックレスを買ったと言っていた店だ。仕事に忙殺されて、すっかり忘れていた。思えば香澄の様子がおかしくなったのはあの頃からかもしれない。「入ってみてもいい?」

 そう言いながら二葉の答えを待つまでもなく、早苗は扉を開けて中へ入っていった。微かな照明が灯り、店内をぼんやりと照らしている。

 早苗はキョロキョロと店内を見回した。

「いらっしゃい。何かお探しで?」

 カウンターに座った店主らしき老人が早苗に声をかけた。

「いえ。以前、友達がここでネックレスを買ったって聞いたので覗いてみたんです」

「アクセサリーならこっちにあるよ」

 老人は手招きしてカウンターの上に置かれたガラスケースの中に入った指輪やネックレスなどのアクセサリーを指差した。

「素敵ね」

 早苗がガラスケースの中を覗き込んだ。

「試しに一つつけてみるかい?」

「ええ」

 そう言って手を伸ばした早苗の腕を二葉が掴んだ。

「これは止めたほうがいいよ」

「え? どうして?」

「嫌な『気』を纏ってる」

 真剣な表情で二葉は言った。

「どういうこと?」

「簡単に言えば『呪われてる』ってことだよ」

「ちょっとあんた、何言ってんだよ」

 二葉の言葉を聞いて、老人は明らかに不機嫌そうに表情を硬くした。「そんなイチャモンつけないで欲しいな」

「そうよ二葉、変なこと言わないでよ」

「でも事実だよ。おそらくこいつの持ち主は殺されているよ」

「物騒なこと言わないでくれよ。何だってそんなことがわかるんだ?」

「言っても理解出来ないだろ?」

「商売の邪魔するつもりなら出て行ってもらいたいな。買うの? 買わないの?」

 老人は二人の顔を睨みつけた。

「わ、わかりました。いくらですか?」

「10万!」

「え……」

 さすがに指輪一つに10万も出せるほどの余裕はない。「もう少し何とかなりませんか?」

「ビタ一文まけるつもりはないよ。嫌なら別に買ってもらう必要はないんだから」

 老人は完全にへそを曲げてしまっている。早苗の顔を見ようともせず、そっぽを向いたままでまるで聞く耳を持とうともしない。

「そんなこと言わずに……」

 強いて買う必要もなかったが、なぜかそのシルバーの指輪を手に入れなければいけないような気持ちになっていた。その時、二葉が右手を老人の顔の前に差し出した。

「何のマネだ?」

 老人が眉を潜める。だが、次の瞬間、その表情が一変した。怒ったような表情は消え、まるで生気を失ったようなトロンとした目つきになる。

「何……したの?」

 早苗の問いかけに二葉は何も答えようとはしない。

 老人はゆっくりとした動作でガラスケースのなかから指輪を取り出すと、早苗に向けて差し出した。

「ほら、持って行きな」

「え? いいんですか? あの……いくらなんです?」

「金?……金なんぞいらんよ」

 まるで寝ぼけたような声で老人は言った。

「そんなわけにいきませんよ。いくらですか? 払います。あ……でも、10万は払えないけど……」

「……じゃあ、100円」

「ええ?」

「100円でいいよ」

「は、はぁ……」

 驚きながらも早苗はバッグのなかから財布を取り出すと100円玉を一つカウンターの上に置いた。

「まいどありぃ」

 そう小さく呟きながら店主は椅子にこしかけた。

「さ、行こう」

 二葉が早苗の手をとって店を出て行く。

「いったい、何をしたの?」

 店を出るとすぐに早苗は二葉に訊いた。「さっきあの人に何をしたの?」

「ちょっとおまじないをね」

「おまじない?」

「そんなことより、その指輪、使わないほうがいいよ」

「どうして?」

「さっきも言ったろ。そいつは――」

「呪われてるっていうの?」

「そう。正確には強い『記憶』を持っているといったほうが正しいけどね」

「記憶?」

「『記憶』を持つのは人間や動物ばかりじゃない。物も『記憶』を持つ。例えば子供の時に使っていた玩具を久しぶりに目にした時、昔のことを思い出したりするだろ? あれは自らの頭のなかに残っていた『記憶』を呼び覚ますということでもあるけど、それ以上に、その玩具が持っていた『記憶』が人間の脳に伝えられるんだ。持っていた人の『想い』が強ければ強いほど、物も『記憶』を持つことになる。そして、それが強すぎる場合には他人にもその『記憶』が伝わることがあるんだ。最悪の場合は『記憶』に心が支配される。それを防ぐためには、その物を破壊するしかない」

「それじゃこの指輪にもその記憶があるっていうの?」

「以前、持っていた人の『記憶』がうっすらと伝わってくる」

「どうしてそんなことがわかるのよ?」

「一応、『魔女』の血をひいているからね」

「あれって……本当……だったの?」

「やっぱり信じてなかったんだ」

 二葉は冷たい視線を早苗に向けた。

「そ、そんなことないわよ。それより、さっきこの指輪の持ち主が殺されたって言ってたけど……あれは本当?」

「たぶんね」

「だったら、それがどんな記憶なのかはっきりとわかるの?」

 試すように早苗は訊いた。

「読み取ろうとすればね。今はぼんやりとしか感じられないよ。ただ、普通のものよりも強い『記憶』を持っていることは確かだと思う。そういうものは身につけないほうがいい。へたすればその『記憶』に早苗の心が逆に支配されてしまうことにもなりかねないからね」

 二葉の言葉に早苗はふと香澄のことを思い出した。香澄はあのネックレスをこの店で買ったと言っていた。

(もしかしたら……)

 あのネックレスと、この指輪は同じ持ち主の物だったのかもしれない。

「それじゃ、この指輪がどんな記憶を持っているか読み取れる?」

「やる気になれば……出来るけど」

 二葉は眉をひそめた。「でも、かなり疲れるんだよね。ボクの力はそういうために使うものじゃないし……」

「お願い!」

 早苗は二葉に向かい手を合わせた。

「ひょっとして……今すぐ?」

「うん」

「ここで?」

「ダメなの?」

「……わかったよ」

 二葉は渋々頷くと、早苗に向かって手を出した。「それじゃ指輪をボクに」

 早苗は銀色に光る指輪を二葉の手のなかに置いた。二葉はそれをぎゅっと握り締めた。

「じゃ、ボクの手の上に手を置いて」

 言われるままに二葉の手の上に自らの手を重ねる。「じゃ、行くよ――」

 その瞬間――

 目の前が真っ暗になる。闇のなかをまっさかさまに落ちていくような感覚が全身を貫く。

(何……何が起きたの……?)

 どこまでも深い闇。全身を冷たい空気が包む。

 やがて――ぼんやりと闇の向こう側に微かな光が見えてくる。

 誰か人影が見える。

(誰……)

 次第にはっきりとその姿が見えてくる。サングラスをかけた若い男がゆっくりと近づいてくる。

 男の手に剃刀が握られている。

(嫌……)

 逃げようとしても身体が思うように動かない。

 男の顔がすぐ目の前に見える。男は左手でサングラスを外した。

(この男は――)

 間違いない。松野真一だ。

 松野は早苗の左手に剃刀を無理やり持たせようとした。抗おうにも力が入らない。掴まされた剃刀が右手の手首に当たる。

――へへっ、可哀想にな。

 松野が黄ばんだ歯を見せて笑うのが見えた。

――そんな恨みがましい目で俺を見るなよ。恨むならアイツを恨むんだな。

 ゆっくりと剃刀が引かれ、白い手首から鮮血がほとばしる。

(嫌ぁぁぁぁぁ!)

 直視出来ずに目を閉じる。

「早苗!」

 はっとして目を開けると、そこに二葉の顔があった。さっき見えていた男の姿はどこにも見当たらない。

「二葉……?」

「大丈夫?」

 そう言った二葉の顔はいつにも増して青白く見える。

「今のは?」

「この指輪の持っている記憶だよ」

「私、あの男のこと知ってるような気がする」

「ああ……ボクも知ってる」

 そう言われて早苗も思い出した。あれは先日、公園で殺されていた男だ。二葉が死体を見つけ、先日、その恋人が犯人として捕まった。

「あれはどういうことなの?」

「……あの男に……この指輪を持っていた人が殺されたってことだろ……」

 二葉はさも苦しげに言った。

「二葉……どうしたの?」

「やっぱ……力不足だな……この手のことをやると……すぐ力がなくなっちまうんだ」

 ゆっくりと二葉の身体が崩れ落ちていく。


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