8・鮎川早苗の章 (1)
8・鮎川早苗の章
午後1時。
仕事を早めに切り上げると、早苗はタクシーに乗って『占いの館』に向かった。まだ日中にも関わらず、入り口のところには女子高生の姿が目立っていた。
(今日はいるかな……)
昨日も来たのだが、その時も二葉と美麗は休んでいて会うことは出来なかった。
香澄はタクシーを降りると、松葉杖をつきながら建物のほうへと進んでいった。ふと、その女子高生のグループの中に黒いマントを被った美麗の姿があるのを見つけた。
「美麗さん!」
足を引きずりながら、急いで駆け寄っていく。その声に美麗は香澄に顔を向けた。
「あら、いらっしゃい。こんな時間からどうしたの? もうお仕事は終わり?」
いつものように美麗は濃い化粧をしている。
「無事だったのね。良かった」
早苗はほっと息をついた。
「ああ、なんだ。もしかしてそんなこと心配してたの?」
「そりゃそうよ。あの……この前はありがとう」
「別にぃ。あなたのためにやったわけじゃないわ。二葉くんから頼まれてたのよ」
「二葉から?」
「ええ。あなたに不吉な陰が見えるから何かあったら助けてやって欲しいってね。大当たりだったでしょ?」
美麗はそう言ってウインクをした。
「そう……それにしても美麗さん、大丈夫だったの?」
「ひき殺されたと思った?」
「……うん」
「私は大丈夫よ。二葉くんがいる限り不死身だからね」
美麗はおどけるように言った。「二葉くんなら奥にいるわよ。何か相談したいことがあるんじゃないの?」
「え?」
「二葉くんも待ってるわよ」
「あ……ありがとう」
香澄はゆっくりと足を引きずりながら奥へと進んでいった。一番奥の扉をゆっくりと開く。
二葉が顔を上げた。早苗が姿を現したことに二葉は驚いた様子は見せなかった。
「何かあった?」
「ええ。美麗さんから聞いてるんでしょ?」
「他のことだよ。なんか悩んでるみたいだね」
「どうしてわかるの? 占い?」
「疲れたような顔してるからさ。さ、座って」
促されるままに、香澄は二葉の前に座った。
「ねえ、今、美麗さんから聞いたんだけど、二葉が私を助けるように言ったっていうのは本当なの?」
「本当だよ」
「どうして? 私が事故に遭うなんてどうしてわかったの?」
「そんな気がしたから」
二葉はさらりと答えた。
「どういうこと?」
「べつに」
「この前、二葉のマンションに行ってみたのよ」
「みたいだね」
二葉は表情を変えなかった。
「知ってたの?」
「まあね。それよりも今抱えている問題を解決したいんじゃないの? 占ってやろうか?」
「いらないわよ」
二葉は小さく肩を竦め、それでも占い用のタロットカードをテーブルの上で早苗の方に向けて綺麗な扇型に広げた。
「1枚ひいてみなよ」
「占いなんてしないって言ってるでしょ」
「ただのお遊びだよ」
「お遊び?」
「そう。ひょっとしたらそれで今持ってる悩みが消えるかもしれないじゃないか」
「そんなもので悩みが消えるなら苦労しないわ」
「そうだね」
早苗の言葉に二葉は素直に頷いた。
「何なのよ?」
「だからお遊びだってば。たった1枚ひいてくれれば、今、早苗が持っている問題を当てて見せるよ」
「しつこいなぁ」
早苗は面倒くさそうにカードを1枚引いてひっくり返した。カードには天使が描かれ、下の部分には『JUDGEMENT』と書かれている。二葉はピクリと眉を動かし、そっと目を閉じてカードに手を触れる。だが、すぐに目を開けると早苗に視線を向けた。
「ねえ、もう1枚ひいてくれないかな?」
「1枚で当てるんじゃなかったの?」
「もう1枚だけ」
「もう……」
仕方なく早苗はもう1枚選んだ。今度のカードにはペガサスに乗った美しい王子の姿が描かれていた。だが、水面に写っているのは白骨化した姿だった。
「『死神』のカードか……」
二葉の表情が硬くなる。
「何? 何なの?」
「1枚目のカード、これは『審判』のカードで『復活』を意味している。そして2枚目は見てのとおり『死神』のカード。『離別』を意味してるんだ。つまり、何者かの復活によって、早苗は大切な人を失うかもしれない」
その言葉を聞いて早苗は途端に眉を吊り上げた。
「何よ、それ! わざわざカードをひかせておいて、『死神』とか『離別』とかふざけないでよ」
「あ……いや……」
早苗の怒りに驚いたのか、二葉は途端にしどろもどろになった。
「だから占いなんてキライなのよ! たった2枚カードをひいただけで何がわかるって言うのよ!」
早苗は怒りをぶつけるようにテーブルの上のカードをぐちゃぐちゃに混ぜた。
「確かに本当なら最低でも5枚のカードは必要とするよ。『スタースプレッド』なら5枚。もっとも枚数を必要とする『ホロスコープスプレッド』なら13枚」
「だったらどうしてちゃんとやらないの?」
「早苗、面倒くさそうだったから省略したんだよ」
「だからってわざわざ変なやりかたをして悪い結果にしなくてもいいでしょ!」
「結果が悪いのは方法の問題じゃないよ」
二葉はきっぱりと言い切った。
「え……」
「間違いないよ。これが早苗の抱えている問題なんだ」
「どういうことなの?」
「さあ……その意味はむしろ早苗のほうがわかってるんじゃないの?」
二葉の言葉に早苗は困惑した。
(『復活』……『離別』)
とてもその二つのキーワードだけでは何を物語っているのか理解することが出来ない。
「……わからないわ」
「この二枚のカードは早苗の悩みの本質なんだ。早苗の悩みがそのままの形で現われているわけじゃないよ」
「そんなこと言ってもわからないわよ。私はただ香澄のことが心配なだけ」
どうすればいいのか、答えが見つけられない。
「無理に考える必要はないよ。答えなんて自ずと見つかるものさ。ほら」
二葉は一枚のカードを早苗に差し出した。
「何?」
「御守り代わりに持ってるといいよ」
カードには白いドレスを着た女性が描かれ、その女性を中心に天使、雄牛、獅子、鷲が取り囲んでいる。
「これは何のカード?」
「『世界』。それには『幸福』という意味があるんだ。隅に描かれてる天使は風、雄牛は地、獅子は火、鷲は水を表しているんだ。つまり世界の四大元素をその女性が自由に操れるってことだよ。このカードが助けになるはずだ。きっと役に立つと思うよ」
――とは言われても、これがいったい何の役に立つというのだろう。
「ありがとう」
早苗は半信半疑のまま、カードをジャケットのポケットに入れた。「……仕事の邪魔してごめん。私、帰る」
「送っていくよ」
「え? いいわよ。一人で帰れるから」
早苗は松葉杖を使って立ち上がった。
「それじゃ帰るのも大変だろ?」
「ただ足首を捻っただけよ。念のために使ってるだけ」
「うん。でも、送っていくよ」
そう言って二葉も立ち上がる。
「でも、仕事は?」
「大丈夫だよ。さ、行こう」




