6・鮎川早苗の章 (1)
6・鮎川早苗の章
『香澄ってどうかしたのかな? 結婚式に出てくれるといいんだけど』
早苗は祥子からのメールを駅のベンチに座り、祥子からのメールを見つめていた。今日のことを祥子にどう説明していいかわからなかった。
いったいどうしてしまったのだろう。
ここ最近の香澄は以前とは明らかに違っていた。
やはり、不倫をしていることと何か関係があるのだろうか。だが、それだけではないような気がする。もっと本質的な何かが変わってしまっているような感じがした。
しかも今日の香澄などは――
(まるで別人みたい)
あんなふうに拒まれたのは初めてのことだ。
しかもそれはほんの数週間の間に過ぎない。何かが起きたとしか考えられなかった。
電車の到着を知らせるアナウンスが聞こえてくる。
早苗は顔をあげると携帯電話をバッグに入れ、ゆっくりとホームの白線まで歩いていった。
(また明日、改めて香澄のところに行ってみよう)
松野真一のことも訊いてみたい。
もし、そのことで香澄が悩んでいるとすれば、それを救えるのはきっと自分しかいないはずだ。
電車が滑り込んでくる。
その瞬間――
突然、早苗の背に大きな圧力がかかった。
(え……)
一瞬、何が起きたのかわからなかった。自らの体がバランスを崩し、白線の向こう側に崩れていく。
電車がホームに飛び込んでくるのが見える。
瞬間的に振り返った。
ホームの側から香澄のほうに伸びた白い手が見える。
(突き落とされた……?)
踏みしめる地面がなくなり、足が空を蹴る。それはほんの一瞬の間の出来事で、叫ぶ間もなかった。ただ重力に従い、自らの体が線路の上に打ち付けられる。
キーーーーーという電車のブレーキ音にハッとして頭をあげた。みるみるうちに電車が早苗の倒れている方向に向かって突進してくる。
非常ベルが鳴り響く。
何も考えられなくなり、頭のなかが真っ白になった。
(どうすればいいの?)
全身の血が凍りつくような感覚。『死』という恐怖が全身を押し包む。
「逃げろ!」
誰かが叫ぶのが聞こえ、やっと早苗は我に返り身体を起こした。
(逃げなきゃ!)
だが、気持ちに逆らい、身体は思うように動かなかった。落ちた時に足を捻ったのか、立ち上がろうとした瞬間、ズキリと痛みり身体がよろける。
ホームから一つの人影が飛び降り、早苗の身体を抱き上げた。
「早くホームに上がって!」
いつものような厚化粧ではなく、一瞬、誰なのかわからなかったが、それは間違いなく美麗だった。黒くロングスカートに黒のセーターを着た美麗が、早苗の身体を力強く持ち上げる。
「――美麗さん」
「さあ、早く!」
美麗はそう叫んで香澄の身体をホームに押し上げようとした。ホーム側からも若いサラリーマンや学生が手を伸ばし、香澄の腕を掴んでひっぱりあげる。
金属音を伴った電車のブレーキが香澄たちに近づいてくる。
(死にたくない)
男たちに身体を引っ張り上げられ、香澄は線路に残った美麗を振り返った。次の瞬間、電車がホームに飛び込んできた。
「美麗さん!」
目の前を電車が滑りぬけていく。「いやぁぁぁぁ!」
微かに衝撃音が聞こえたような気がした。
(美麗さん……)




