2・鮎川早苗の章 (5)
早苗は二葉を連れ出すと、近所にある『WOODNOTE』という名前のログハウス風喫茶店に入った。
店内は総木造でアイルランド音楽がBGMに流れている。この辺りでは変わった雰囲気の喫茶店だ。
黒いマントを脱いだ二葉は、青いジーンズに白のトレーナーといういたって普通の学生のような恰好をしていた。
ウェイトレスがコーヒーを二つテーブルに置いて去っていくのを確認してから早苗は口を開いた。
「さ、説明してくれる?」
早苗が促すと、二葉は一口コーヒーを啜ってから諦めたように話し始めた。
「ボクが引っ越したのはあの秘密を早苗に話したのが原因なんだ」
「『魔女』のこと?」
「うん。早苗、ボクが秘密だって言ったのに、家の人にそのこと話したろ?」
「……思わずね」
早苗は苦笑いした。「でも、うちの親だってあんな話信じなかったわよ。むしろ皆、二葉にからかわれたんだって、私が笑われたくらいだもの」
「ま、普通は信じないよな」
「そりゃあねえ……」
「でも、本当にボクの家は魔女の血を引いてるんだ」
二葉は真顔で言った。
「それじゃ、私に秘密をバラしたから、引っ越さなきゃいけなかったってこと?」
「うちの親、ボクが早苗に話したことを知って、すごく怒ってさ……」
早苗は苦笑した。確かに二葉の母親は怖かったような記憶がある。
「でもさぁ、そもそも二葉は男なんだから『魔女』ってことはないんじゃない?」
「……うん」
二葉はそっと視線を落とした。「本当ならボクは男として生まれてきちゃいけなかったんだ。うちの一族はみんな女しか生まれない家系のはずなんだ」
「突然変異ってこと?」
「そういうこと。だからボクは男であるくせに『魔女』の末裔ってわけ。もちろん、魔女の血をひいているからって、家を継ぐことなんて出来ない」
真剣な顔つきで話す二葉に、早苗はどう答えていいかわからなかった。
「大変ねぇ」
すると、二葉はピクリと眉を動かし、早苗を睨んだ。
「早苗、信じてないだろ?」
「いや……そりゃぁ……」
「人が真剣に話してるのにさ」
二葉は大きくため息をついた。
確かに二葉が真剣に話しているのは表情を見ていればよくわかる。だが、だからといって今の時代に『魔女』なんてものを信じろと言われるほうが無理な話だ。
「それはわかってるって。そもそも、どうしてそんなに必死になって言い訳するのよ。二葉、自分の正体を隠したいの? バラしたいの?」
「それは……」
二葉は困ったように言葉に詰まった。
「あんたが『魔女』だって言うなら、それはそれで構わないわよ。別に私だって無理やりあんたの言ってるのが嘘だなんて言うつもりはないし。だからって引越ししたことまで私のせいにしたり、いちいち私を怖がったりしなくてもいいでしょ? なんか嫌味っぽいわ」
「そんなつもりじゃないけど……」
「いくら『魔女』の末裔だからって、あんたは男でしょ。いつまでもウジウジしないの!」
「……はい」
早苗の勢いに押されるように、二葉は小さく答えた。
「でも、良かったじゃないの」
「良かった? 何が?」
「今の不景気の時代に手に職があるんだもの。食いっぱぐれることないじゃないの」
まるで力づけるように早苗は言った。「そもそも『魔女』の末裔って何が出来るの? 占いだけ? それとも……ホウキに乗って空飛んだり? それだったら一度、私も一度乗せて欲しいかも」
その言葉を聞いて二葉は眉間に皺をよせた。
「早苗、ボクをバカにしてる?」
「してないわよ。だって『魔女』って言われたってわからないもの。そうでしょ? 私、なんか変なこと言ってる?」
「いや……」
「で、何が出来るの?」
「いろいろと……『占い』とか『黒魔術』とか……」
「黒魔術? ふぅん」
その瞬間、早苗の頭のなかに一つの考えが浮かんだ。「……あ、それって殺人事件の犯人とか見つけ出せたりとかする?」
「何考えてるの?」
「最近、お兄ちゃん、かなり仕事が忙しいみたいなのよ。出来たら、その手伝いでもしてもらおうかと思って。やっぱ無理?」
「……無理じゃないよ。でも、そういうのはかなりの力を必要とするんだ。簡単に出来ることじゃないよ。ボクはまだ本当の『魔女』としての力を得ていないからね」
「本当の『魔女』? 何それ? まさか魔界があって、そこで検定試験を受けなきゃ魔女になれないとか?」
「何それ……何かのマンガ?」
二葉は怒ったように口を尖らせた。
「じゃあ何よ?」
「さっきも言ったように『魔女』は女でなきゃいけない」
「――それじゃ、二葉も女にならなきゃいけないってこと? まさか手術するとか?」
早苗は目を丸くした。
「ち、違うよ。そんなわけないじゃないか。話は最後まで聞いてくれないかな」
「わかったわよ。それで?」
「女であれば、生まれたその日から魔力が身体に溜まり始める。でも、ボクは男だから、そんな強い力はないんだ。だから、ある特定なことをやらなければ、身体に魔力は溜まっていかない」
「特定なことって何?」
「ちょ、ちょっとした修行だよ」
二葉は曖昧に答えた。
「それじゃ結局、今の二葉は普通の人間と大差ないってことよね」
「まあ……そうだけど」
「なぁんだ」
がっかりしたように早苗は言った。
「え?」
「魔女なんて言うから、てっきりものすごい力を持ってるのかと思ったじゃないの」
「それは早苗が勝手に思っただけだろ?」
「何よ悪い?」
「だって――」
「殴るわよ」
その言葉に二葉は眉をしかめて、ピタリと口をつぐんだ。




