2・鮎川早苗の章 (4)
スタスタと駅の地下通路をくぐり、駅裏へと向かい歩いていく。
今朝、目覚めとともに、あの時の記憶が蘇ってきた。
――ボクね。
と、二葉がこっそりと早苗に呟いたあの言葉。
――ボク、本当は人間じゃないんだ。魔女なんだよ。
子供だった早苗はその言葉に驚いて、家に帰るなり両親や兄に話して聞かせたものだ。もちろん、兄たちがそんな話を信じるはずもない。
――そんなわけないだろ。おまえ、からかわれたんだよ。
秋彦などは転げまわって、早苗のことを笑った。信じていた二葉が自分をからかうために嘘をついた。それは早苗にとって大きなショックだった。早苗は二葉と絶交することを決め、決して二葉と言葉をかわそうとはしなかった。
それからすぐ二日後に突然、二葉は引っ越して行った。
二葉が自分に対してやけに怯えているように見えたのは、あの時のことを憶えているのだろうか。
(まだ私が怒ってると思ってるの?)
そんな他愛もないことを長年気にしているとも思えないが、それ以外に思い当たることもない。
早苗は足早に階段をかけあがると、黒い『占いの館』に向かって歩き出した。
明日からはまた仕事が忙しくなり、しばらくは二葉に会いにくることも出来なくなるだろう。
『占いの館』は今日も若い女性を中心に多くの客が集まってきていた。そして、入り口のところには、今日もまた黒いマントを被った美麗がお客を勧誘している。
早苗が近づいていくと美麗はあからさまに嫌な顔をしてみせた。
「あら、また来たのぉ?」
今日もまた昨日と同じように派手な化粧をしている。
「こんにちは。二葉は? いる?」
「いるけど? 何?」
美麗はまるで通せんぼでもするように早苗の前に立った。
「じゃ、通させてね」
ぐいと美麗の身体を押しのけて早苗は奥へ向かって歩き出す。
「ちょっとぉ」
ムッとしたような口調で美麗が後からついてくる。
「何なの?」
「二葉くんなら仕事中よ」
「お客さん入ってるの?」
ピタリと足を止め、振り返り美麗の顔を見る。
「そうよ。二葉くん、けっこう人気あるんだから」
子供がふてくされたように、頬を膨らませながら美麗は言った。やけに濃い化粧をしているため、昨日は気づかなかったが、意外に若いのかもしれない。
「じゃ、部屋の前で待てばいいんでしょ?」
「そういう問題じゃないわよ。いくら昔の幼馴染だからって、私の二葉くんに勝手に近づかないでよね」
その言葉に早苗は思わず吹き出した。
「ずいぶん二葉のことが好きなのね」
「な、なによぉ。どうして笑うの? 何が可笑しいっていうの?」
「ううん。ごめんなさいね。でも、べつに心配しなくても大丈夫よ。私、あなたの二葉くんを取ったりしないから」
その時、奥のドアが空いて女子高生が二人、部屋から出てきた。「あら、お客さん、帰るみたいね」
「待って――」
早苗はすぐに開いたドアから部屋のなかへと飛び込むと、止めようとする美麗を振り切るようにすぐにドアを閉め、さらに鍵をかけた。
「こんにちはぁ」
その早苗の声に二葉は驚いたように目を丸くした。
「また来たの?」
「あら、失礼ね。来て欲しくなかったの?」
「そうじゃないけど……どうして鍵を?」
「邪魔が入らないようにね」
「邪魔?」
とたんに怯えたような目になる。
「なんて顔してるのよ。イジメられるとでも思ってるの? 大丈夫よ」
「別にそんなこと思ってないけど――」
「そんなことより、今日は二葉に訊きたいことがあって来たの」
「訊きたいことって? 何?」
「二葉、引っ越していく前に私に言ったことがあったわよね」
その言葉に二葉の顔が強張る。
「ま、まさか……」
「二葉って自分が『魔女』だとか言ってたわよね」
「憶えてたの?」
二葉の顔が愕然とした表情に変わる。「昨日は忘れたって言ってたじゃないか」
「今朝になって思い出したのよ。そんながっかりするようなことじゃないでしょ? だいたい、あんな冗談にどんな意味があるっていうのよ?」
「冗談?」
「冗談なんでしょ? まさか本気だとか言わないわよね。あの頃ならともかく今になってそんなこと信じてるとでも思った?」
「そ……そうだね」
二葉は力なく笑った。それがいかにも嘘っぽい。
「二葉ってホント変わんないね」
「え?」
「嘘が顔にはっきり出るもの。やっぱり昨日隠そうとしていたのはそのことなのね?」
「い……いや……それはぁ……」
「はっきりしないと殴るわよ」
その一言で二葉は顔色を変え、がくりと肩を落として項垂れた。
「二葉くぅん、大丈夫ぅ?」
ドンドンとドアを叩く美麗の声が聞こえた。




