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キヲク  作者: けせらせら
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2・鮎川早苗の章 (3)

 何を隠していたのだろう。

 家に帰ってから早苗は押し入れの奥から古いアルバムを探し出すと、部屋のベッドに寝そべり、写真を眺めながら二葉のことを考えていた。

 幼い顔をした早苗自身と神城二葉が手を握って並んでいる。

 154センチという小柄な今の姿からは誰も想像出来ないことだが、子供の頃、早苗は近所の男の子よりも頭一つ大きい事があった。逆に二葉はとても痩せて病気がちの子供だった。ただ、誰よりも優しげな瞳の輝きを持っていた。そんな二葉に、早苗は幼いながらもほのかな恋心を持っていた。学校へも必ず二葉を誘ったし、いつも二葉を連れて、近所の公園で遊んだものだ。

――早苗、何も憶えてないの?

 あの安心した顔が脳裏に浮かんでくる。

 二葉は何をそんなに気にしていたのだろう。それがあるからこそ、早苗を見た時にあれほどまでに怯えたような顔をしたに違いない。

 間違いなく自分はそれを知っているはずだ。

(なんだろう……)

 忘れてしまったくらいだから、それほど大切なことではないかもしれない。ただ、二葉のことについて忘れてしまったということが妙に悔しかった。

 早苗はアルバムを閉じると、ゴロリと横になって天井を見上げた。あの頃のことは早苗にとって大切な思い出となっている。二葉が引っ越して行ってからも、二葉のことを忘れたことなど一度もない。いくら子供の頃のことと言っても、それほどまでに大切なものならばきっと覚えているはずだ。だが、どんなに思い出そうとしても、それは頭に浮かんでこない。

 その時、玄関のドアがガチャリと開く音が微かに聞こえた。ちらりとベッド脇に置かれた目覚し時計に視線を向ける。

 午後11時。

 おそらく兄の秋彦が帰ってきたのだろう。

 早苗は起き上がると、部屋を出て1階へと降りていった。秋彦がキッチンで戸棚をゴソゴソとあさっている。

「おかえりなさい」

 早苗が声をかけると、秋彦は振り返った。

「ただいま」

「相変わらず遅いね」

「まあな」

 簡単に答えて、またゴソゴソと戸棚を覗き込む。

「今日もご飯食べてないの?」

「夕飯は署で食べてきたよ。少し腹が減ったんだ」

「何か作ってあげようか」

「ん? 珍しいこともあるもんだな」

 驚いたように秋彦は振り返った。「明日は雨になるのか」

「何バカなこと言ってるのよ。ほらほら。大人しく座って待ってて」

 早苗は戸棚からインスタントラーメンの袋を、さらに冷蔵庫からキャベツともやしなどを取り出すとキッチンに立った。秋彦はおとなしくテーブルの前に座ると、さも疲れたように肩を押さえて首を回した。

「まだ事件は解決しないの?」

 早苗はキャベツを刻みながら声をかけた。

「まあな……ひょっとしたら昨日、殺された男が関係してるかもしれないな」

「昨日?」

「昨夜話しただろ。公園で男が死んでたのが見つかったって」

「ああ、二葉が見つけたってやつね」

「そうだよ。おまえ、新聞も読んでないのか? そんなんでよく出版社に勤めてるな」

「ちょっと忙しかったのよ。それに出版社に勤めてるからって、事件全部を把握してなくたっていいじゃないの。別に事件記者じゃないんだしさ」

 早苗は頬を膨らませた。「それで、その男がどう関係してるの?」

「新山響子の部屋からなくなっていたアクセサリーが質屋から見つかったんだ。それを質にいれたのが、昨日殺された『松野真一』かもしれないんだ」

「それじゃその男が新山響子さんを殺した後、アクセサリーを盗み出して質屋に売っぱらったってことになるの?」

「――という見方は出来るな。どうした? 気になるのか?」

「ちょっとね。そういえば、今日、久しぶりに定時で仕事が終わったから、帰りに『占いの館』に寄ってみたわよ」

「二葉君か? それで? 元気だったか?」

「うん。昔とあんまり変わってない感じ。私のこと見てなんかおどおどしちゃってんの」

「おまえのことが怖かったんじゃないか?」

 冗談のつもりなのか秋彦はそう言って笑った。

「お兄ちゃん、何か二葉のことで憶えてることってある?」

 鍋に水を入れ火にかける。隣のコンロの火も点けると、フライパンに油をひいて大きめに切った野菜を炒め始める。

「俺? 二葉君はおまえと仲が良かっただけで、俺とはそれほどの付き合いはなかったぞ。まあ、家のなかじゃおまえから彼の話はよく聞かせられたけどな」

「どんなこと?」

「どんなことって……俺がそんなの覚えてるわけないだろ」

「そう……ね」

 当たり前のことだ。よく家にも遊びに来ていたとはいっても秋彦とは年が離れている。二葉と一緒に遊んでいたのは自分なのだし、秋彦が二葉の秘密など知っているはずもない。

「そういや一つだけ彼のことでおまえが喋ってたことは憶えてるな」

「何?」

 早苗は手を止めると、くるりと振り返った。

「ん? いや……そんなたいした話じゃないぞ」

「いいから教えてよ」

「確か引越しする直前だったかなぁ。おまえ、家に帰ってくるなり『二葉は魔女なんだ』って興奮して話してたの憶えてないか?」

「魔女?」

「ああ、どうせ彼が言った冗談を真剣に信じてたんだろうけどな。おい、野菜焦げてるぞ」

「あ……うん」

 早苗は慌ててフライパンの火を止めた。そして、沸き始めたお湯のなかにインスタントラーメンを放り込む。

 麺をゆでながらぼんやりと記憶を手繰る。

(魔女……)

 確かにそんな話をした記憶がうっすらと残っている。どんな時にどんなふうに二葉から聞かされたんだろう。

「どうした? まさか今でもそんな話信じてるわけじゃないだろ?」

「まさか」

 早苗は軽く笑い飛ばした。子供の時ならともかく、今になって『魔女』などという話を信じられるわけがない。

 早苗は麺をあげると丼に移し、その上に炒めた野菜を乗せた。

「さあ、どうぞ」

 秋彦の前に丼を差し出す。

「早苗の料理を食べるのも久しぶりだな。……とはいってもインスタントラーメンじゃ料理とは言えないか」

「文句言うなら食べなくたっていいのよ」

「文句なんて言うはずないだろ。ありがたくいただきますよ」

 ニヤニヤ笑いながら秋彦はラーメンを啜った。その姿を眺めながら、早苗はテーブルの上に置かれていた今日の朝刊に手を伸ばし3面記事をめくった。

 そこには秋彦が言ったように公園で見つかった死体の記事が大きく載っていた。その写真を見て、早苗ははっとした。

(この男……誰だったろう)

 その顔をどこかで見たような気がした。


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