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3-2



 ことん、と微かな音がしたのを窓の耳は捉えた。窓の体に緊張が走る。そのまま息を殺して窓は音が続かないか待つ。再びの静寂の中、窓は自分の息遣いがやけに大きく聞こえる気がした。そして。


「――お兄ちゃん」


「……湯花……っ」


 窓は安堵の息をついた。電話の向こうで秋姫が息を呑む。


「窓くん、今の」


 窓は当然、秋姫に応答はできない。秋姫のそれを無視して窓は湯花に声をかけ続ける。


「いつから聞いてくれてたんだ?」


「……最初から。全部聞いてたよ」


 そうか、と窓は目を細めた。目の前に湯花がいるわけではないのに、目の前にいるかのように窓は感じていた。


「答えようと思ったのは、どうして?」


「ん……、お兄ちゃんなら、解ってくれそうって、思ったから」


 窓の中で何かがゆっくりと鎌首をもたげた。窓なら解ってくれそうなものとは、何か。湯花が応えたタイミングも、窓の中で引っかかる。


「何を、解ってくれそうだなって?」


 訊きながら、窓はひとつの可能性を考えていた。


「私が、他の人には見えないものに、侵されていることを――」


 当人に憑かれている自覚がある――?


「窓くん、いくよ! せーの!」


 秋姫の声が窓を現実に引き戻す。窓は慌てて秋姫の声に自分の声を合わせた。


 ――かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った後ろの正面だあれ?


 古くから伝わる子どもの遊びで用いられる歌が、窓と携帯電話を通して秋姫の二人の声が歌う。高低差のある声で歌われるそれを、異形の者を呼び出す方法として秋姫は用いた。


 「ああああああぁぁぁぁぁっ!」


 大きな声で湯花は苦しみの声を上げた。窓はそれに気圧されたが、電話の向こうで秋姫は歌い続けている。妖怪には電子に変換されたそれも関係ないのか、苦しげに呻くと、部屋の窓から出て行く音がした。


「窓くん、急いで指定した場所にきて。歌はもう大丈夫。町中で、借りた依代(よりしろ)達が歌ってくれているわ」


 携帯電話からする秋姫の言葉に従い、窓は玄関まで降りるとスニーカーをつっかけて外へ出た。夜明けにはまだ遠い宵闇が辺りを包んでいるのと同時に、子どものような声が幾重にもなって「かごめかごめ」を歌っているのが窓にも分かった。


「は、すげぇな、これ」


 窓が半ば呆気にとられて呟くと秋姫が電話の向こうで笑う。


「でしょ。童達の依代は店長直々の手助けよ。これが、妖の逃げ道を塞いでひとつ処に呼び出す方法――真似しちゃだめよ?」


 秋姫の言葉に今度は窓が笑う。しねぇよ、と答えて窓は指定された場所に向かうために通話を切った。秋姫も向こうで、準備を始めているだろう。


 子どもの遊びとして古くから残っている「かごめかごめ」の歌詞には、諸説ある。様々な解釈がなされているが、秋姫はこれを「妖怪を呼び出す方法」として使用した。子どもの遊びと同じく、妖を一定範囲の中に閉じ込めてしまう。だから妖怪は焦る。逃げ出す場所を求めて飛び出していくのだ。

 本来なら、妖怪が人間と混ざって子どもを囲い、妖怪が後ろにきた際にそれを当てられなければ子どもを攫って行ってしまうものだったと秋姫は言った。今回のように妖怪に対して使用することも可能だが、囲った後にその妖怪よりも自分が上だと示すことができなければ反対に取って食われてしまう。だから真似をするなと釘を刺したのだ。今回は秋姫が世話になっているというバイト先の店長も手を貸してくれているらしく、だからできることだと秋姫は窓に教えてくれた。

 これで呼び出された妖怪は逃げる場所はなく、ただ囲われてしまうだけだ。だが、今回は後神の片鱗が残っている。それを妖怪にとっての助けとして提示することで、囲う場所を指定することに成功するらしい。それが窓も指定されている、これから向かう場所なのだ。


 窓はまだ白まない空を見上げながら走った。


 後神に憑かれた湯花は、自分が憑かれている自覚があった。憑かれていると自覚したのはいつ頃だろうか。湯花はひとりで、苦しんでいたのではないか。窓はそれに気づきもせずに、半年近く放っといていたのではないか。もしかしたら、湯花は。

 窓は足を速める。指定されたのは、窓の自宅からそう遠くない河川敷だった。子どものような声が歌う「かごめかごめ」の声が段々と大きくなってきている気がする。近いのかもしれない。


 河川敷を見渡せる場所まできて、窓は一旦足を止めた。息が少しばかり上がっている。窓はパーカーの胸の辺りを摘んで自分の顔に風を送りながら河川敷を眺めた。一点に目を止める。其処にはセーラー服の日本刀を持った少女――秋姫――と、ロングTシャツと細身のジーンズに裸足という出で立ちの長い黒髪の少女――湯花――が対峙していた。


「……っ」


 窓は駆け出す。湯花が膝をついていたからだ。その湯花に、秋姫が今にも斬りかかろうとしていた。


「湯花……っ!」


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