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 そーっと、窓は深夜の自宅で二階への階段で音を立てないよう足を上げていた。深夜といっても明け方の四時頃だ。下手をすれば階下で寝ている窓の両親が起き出してくる。

 後神の片鱗を見つけたこと、それに触れたことに、少なからず当の後神は何かを感じているだろう。だが、憑いた人間をすぐにどうこうすることはできない。長い期間かけて後神は人間の精神に浸食していく。だが半日でも時間を与えれば向こうも何か仕掛けてくる、と秋姫は言った。だからすぐにでも行動に移そうと。夜明けの前が良い、と秋姫は更に言った。妖を呼び出すのには丁度良い時間だと。


 二階には窓と妹の寝室があった。窓が夜中に家の中で蠢いていても両親は気にもしないだろうが、妹の声が少しでもすれば飛び起きてくるに違いない。窓には確信があった。

 両親にとっては変なことを言う窓が外に出ることを拒んだからといってそこまで興味も関心もないのだろうが、妹は違う。両親にとって窓の妹は、普通の女の子なのだ。普通の女の子が中学校を目前に、外に出るのを拒むようになれば両親は慌てる。外の学校では何も問題はなかったらしいとするなら、原因は内にあると思うのは当然の思考が行き着くところだろう。兄の真似をする必要はないと諭し、なだめすかし、時には泣き落とし、それでも尚変化が見られなかった時には、矛先が当人以外に向いたこともあった。それでも窓は、変わらなかった。そして、妹の変化の理由も、判らなかった。


 要らないことまで思い出したな、と窓は内心で呟いた。とにかく、窓の妹のこととなると両親は目の色を変える。だから今回の作戦は、両親を巻き込まないことに全てがかかっていると窓は思う。

 巻き込んだとこで見えるわけじゃないから良いだろ。

 二人きりの作戦会議で秋姫が窓の両親に配慮するのを見て窓はそう言った。だが理性的に怪異が見えない人間を巻き込むことの意味を語るでもなく、倫理的に怪異に対する力のない人間を巻き込むことへの危険性を語るでもなく、ただ静かに微笑んだ秋姫に、窓は聞いたばかりの秋姫の話を思い出して頭を掻きながら、くそっと吐き捨てるように言うと了承したのだった。


 窓は階段の一番上に辿り着き、更に足音を忍ばせて妹の部屋の前までやってきた。扉は固く、冷たく閉ざされている。何人もこれから先の世界へは踏み込ませないというように、窓の部屋と同じ厚さの扉が沈黙する門番のように佇んでいた。

 冷や汗が窓のこめかみを通って垂れていく。この先で、窓が数か月姿を見ていない妹は眠っているだろうか。はたまた起きているのだろうか。


 少しばかり震える手で窓は携帯電話を取り出す。眩しく光るディスプレイには、まだ四時前であることが表示されていた。窓はリダイヤルで直前に教えられた番号にかける。僅かのコール音の後に、繋がる音がし、秋姫の声がした。


「準備できた?」


 窓は一度だけ、携帯電話のボディを叩く。こつん。約束していた合図だ。ひとつなら、イエス。

 窓は秋姫が何処にいるのかは知らない。だが、行くべきところは聞いていた。そこで妹から後神を引き剥がした後に秋姫が、斬る。


「窓くんが頼りだからね。がんばって」


 窓は再度イエスの合図を送ると、同じ手でそっと妹の部屋の扉をノックした。静寂が震えて窓が思っていたよりも高い音でノックの音が響く。もう少し静かに鳴ってくれ、と窓は内心で両親が起きてこないことを願う。


「……()()、起きてるか?」


 返事はない。一度で返答がくるとは窓も思ってはいない。眠っている可能性がある。だから窓は話しかけ続ける。電話の向こうで秋姫が固唾を呑んで様子を窺っている緊張が窓にも伝わってきていた。


「話したくないならそれでも良い。ただ、目が覚めたら何かで合図してくれ。ドアを一回叩くとか。少し、話したいと思ったんだ」


 何度かそういったことを挟みながら、窓は話す。幼い頃の妹、湯花の様子。兄である自分についてきたがったこと、元気に走り回っていた頃のこと。


「別に、あの頃に戻れって言ってる訳じゃない。俺だって人のことは言えないしな。ただ、もし、お前が、その……本当はこうしたいと思ってることができないでいるなら、ひとりで抱え込まないでほしいと思っただけなんだ。親には言えないこともあるだろ。俺に言えるかは判らんが、俺に言えることもきっと、あると思う」


 窓はうつむきがちになる顔を、僅かに上げた。目の前の茶色い扉は未だに沈黙を守っている。湯花が起きているのか眠っているのか、窓は判らないままだ。


「湯花も、他の人には見えないものを、見てきただろ?」


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