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「窓くんに憑いているわけではないみたい。その残滓というか、片鱗というか……そういうのが窓くんにくっついてるみたいだわ」


 窓は首を傾げた。思い当たる節がなかったのだ。そもそも、後神がどういう存在かも窓はよく知らない。


「後神っていうのはね、突然人の背後に現れて後ろ髪を引くものと言われているわ。臆病だったり優柔不断だったりする人に取り憑く妖で、臆病神の一つとも言われているの。憑かれてから臆病になるとか、性格が変わる人もいるわね。人が何かしようと躊躇している時に唆して、その人がいざ行動に移そうとすると、後ろに回って後ろ髪をひいて、恐怖心や心残りを誘う、そういう存在として伝えられている。窓くんも、その影響を受けてるみたい。

 誰か近くに後神に憑かれてる人、いない?」


 秋姫の説明に窓は益々首を傾げた。やはりよく知らないし、思い当たる節がないのだ。そんな妖怪が窓の近くにいれば窓には見えていそうなものなのだが。

 窓が秋姫にそう言うと、秋姫は眉根を寄せてかぶりを振った。しっぽのような髪の毛がそれに合わせてゆらゆらと揺れた。


「仮にも神よ、人の眼から逃れる術などいくらでも心得ているわ」


 秋姫は考え込むように目を伏せた。自分の指先でうねうねと踊り狂う気味の悪い髪の毛を見ながら、思いつく言葉から口にしだす。


「家族、友達、学校の人、隣近所、よく行くお店の店員さん……窓くんの近くにいる人で、性格が変わった人とか、新しくしようとしていたことをやめてしまった人とか、あるいは今までしなかったことをしてる人とか」


「今までしなかったことをしてる……」


 窓は何となくその言葉に引っかかるものを覚えた。秋姫が口を閉じて窓を見やる。窓は自信なさげに秋姫を見、それから言った。


「俺の妹は、今でこそ不登校だけど昔はもっと、はつらつとしてたんだ」


 だがそれは、思春期に入って変容したものだと窓は思っていた。もしくは、妹も窓と同様に幼い頃に見えていたものが今でも見えているのかもしれないと、案じたこともあった。しかし妹は窓にさえ、心を閉ざし扉を閉ざしてしまった。


「今は、誰の言葉も届かない。親も、俺も、あいつの世界には踏み込めない」


「それ」


 うつむいた窓に、秋姫が下から顔をずいっと近づけて言った。凛とした色が、秋姫の猫のような大きな目に宿っている。秋姫の目が赤く光るのは、椿姫を介して後神の一部を見ているからだろう。


「確かめてみる価値は、あるんじゃない?」


 秋姫の言葉に、窓は一瞬だけ迷ったが、次には決意したように頷いた。妖怪のせいで妹が本来の生き方ができていないとしたなら、そして獅倉の家族の中で窓だけがそれに気づけるのだとしたら、窓が行動しないと何も変わらない、そう思ったから。

 妖怪のせいで先の未来の可能性がいくつも潰えるのを窓は、自分の目で見てきた。妹にも同じ思いをさせるわけには、いかない。


「決まり、ね」


 窓の様子を見て秋姫がにこりと笑った。持っていた後神の一部を何やらスカートのポケットから取り出した小瓶にしまうと――放り出すわけにもいかないし、何かしらの危害を加えれば誰かに気づかれたと気取られることになる、だからバイト先の店長に支給されている何らかの呪詛がかかっている小瓶に収めるのだと秋姫は言った――早速、秋姫と窓は作戦会議に取り掛かった。




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