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 公園のベンチに腰掛け、ぽつり、ぽつりと窓は記憶の蓋を少しずらし、かいつまみながら秋姫に話す。窓がまだ幼い頃、小学校低学年の頃の記憶だった。


「親戚の、十歳くらい年上のねーちゃんが、俺と同じで普通の人には見えないものを見ることができたんだ。そのねーちゃんは、親戚の中じゃつまはじき者にされてて、俺も人とそうじゃないものの区別がよく判んなかったから、親戚の中じゃ気持ち悪がられてた」


 さっきからずっと其処に立っているおばあさんは誰? 首でブランコしてるおじさんがいるよ、壁から手だけ出てるんだ、怖いよ。

 幼子がそう不思議そうに言い、時には怯えながら無邪気に口にするその様は、それが見えない大人にとってどれほど悍ましいことだろう。窓は今ならそれが解る、と自嘲した。


「俺は見えたものを言ってるだけだけど、見えない人にはそれが本当に見えない。俺にはそれが解らない。人間と同じように見えるそれが、人間じゃないなんて、あの頃の俺には解らなかった」


 そんな折、窓に声をかけたのは親戚の女性だった。年の頃は幼い窓には見当はつかなかったが、成人はしていなかっただろうと窓は思う。彼女は肩のところで切り揃えた美しい黒髪をしていた。名前も、顔もぼんやりとしか覚えてない。それでも窓は、彼女を慕っていた。


「その親戚のねーちゃんは、俺をバカにしたり無視したり、頭から否定しなかった。自分にも同じものが見えるって、俺と目線を合わせて話してくれた」


 彼女は、度々窓の元を訪ねては、窓に色々な話をした。今は解らないかもしれない、けれど覚えておいてほしいと。いずれ解る日が、くるだろうからと。

 幼い頃は、多くの人間が暮らす現実とこの世のものではないものが潜む世界との境界が曖昧で、よく人間ではないものを見ることが多い。それは成長と共に治まり、やがては見ていたことすら忘れるようになる。だがたまに、成長しても変わらず見続ける人がいる。それが自分であり、恐らく窓もそうだろうと、彼女は言った。


「『人と違うものを抱えて生活するのは苦しい。それでも私は、それらを含めてこの世界だと思うから、否定したくない』……言いたいことは何となく解るんだけど、俺にはまだ、よく解らない。俺はそのせいで、苦しんだ」


 秋姫は何も言わずに窓の言葉をその身に染み入れるように聞いている。窓は秋姫の沈黙に守られ、そして無言で導かれるように、あの日へと戻っていく。


「三つ離れた妹も俺と同じで、人間じゃないものを見ていた。だから俺は、妹が何か言うより先に、妹が見ているものを口にした。それを言うことで俺がどんな風に親から言われるか、言われないか、見せてたんだと思う。普通の人に囲まれながら、普通の人には見えないものが見えるってどういうことか、妹はそれで学んでいたんじゃないかな。妹は周りと合わせられる人に育ったと思う。俺がそうできたのは、妹はきっと、俺とは違ってずっとは見ない、そう思ったからだ。

 親戚のねーちゃんは、俺がそうしたいならそうすれば良いと、良いとも悪いとも言わなかった。俺は妹に、俺みたいな思いをさせたくなかった」


 親は窓と妹を引き離した。同じ家にはいるが、なるべく接触をさせないようにした。妹はそれでも窓の後をついてくるのが好きだったから、親の目を盗んではよく一緒に遊んだ。お兄ちゃん、と妹が自分を慕ってくる様子は、窓が親戚の女性を慕っているのととても似ていた。だが、窓は妹と親戚の女性とは決して会わせなかった。彼女はそれを何とも言わなかったし、全て窓が決めることだといつも微笑んでいた。


「親戚のねーちゃんとは、いつも公園で会うことを決めていた。毎週火曜日の、夕方だ。母親がパートで帰りが遅い日。妹は託児所で、俺は小学校に上がっていたから、ひとりだった。

 肌寒い、紅葉が落ちる季節だった。いつもの火曜日とは違った。俺はいつもの公園で、いつもより少し早い時間から親戚のねーちゃんを待って遊んでた。その日は雨がずっと降ってて、夕方になる頃には止んで真っ赤な夕日が見られるくらい晴れていたけど、公園で遊ぶ子どもは本当に少なかった。そんな子どもたちも夕飯に呼ばれて帰っていく、そんな時間だった」


 ――坊や、ひとりきりなの?


「女の人が俺に声をかけた。公園には誰もいなかった。俺はねーちゃんを待ってると答えた。女の人は俺に暖かい場所で一緒に遊ぼうと言って、俺の手を取った。俺はねーちゃんを待ってたから、断ったんだ。そうしたら、女の人は凄い怖い顔をして、怒り出した」


 ――母の言うことが聞けぬか!


 窓はぶるっと身震いをして言葉を止め、微かに呼吸を深くする。秋姫は窓の方は見ずに、だが聞いていると全身で表現しながら窓の言葉を待っていた。窓は言葉を紡ぎ続ける。



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