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窓は湯花を負ぶって自宅に向かっていた。湯花の裸足が、自分の脇腹辺りでぶらぶら揺れているのを横目に見て、窓は耳元で聞こえる湯花の寝息を聞いていた。
少なくとも半年近くはあの後神に苦しめられていたのだろう湯花は、今は幼い子どものように安心して眠っている。窓はそれだけで今夜の出来事すべてが夢ではなかったのだと改めて感じた。秋姫と出会ったことも、後神と対峙したことも、夢ではない。
そっと家の扉の鍵を開け、玄関に滑り込んだ窓の耳には、両親がまだ目覚めていないことを知らせる静寂が聞こえてきた。ほっとして窓は湯花を負ぶったまま二階へ向かう。
湯花の部屋の扉は、開いていた。いつの間に開くようになったのかと窓が扉を調べたが、扉に鍵はついていなかった。後神の力で扉は開かないようになっていたのかもしれない。
眠る湯花をベッドに寝かせ、布団をかけると窓は自室に戻った。目は冴えていたが、ベッドに寝転がった瞬間にくたくたになっていた体が悲鳴を上げる。窓は一瞬だけ目を閉じた。
ばたばたと廊下を駆け回る音で、窓は目を開けた。一瞬と思った時間は既に三時間以上経っており、時計が八時半近くを示している。今までにない喧騒に窓は起き上がり、部屋の扉を少し開けた。
「おかーさーん! 学校まで送ってー!」
階段の先で赤いランドセルを背負った湯花が叫んでいた。湯花が振り向く。ボブカットの黒髪が揺れた。窓は唖然として湯花を見つめた。
「お前、髪どうしたんだよ」
つい数時間前まで長い黒髪だった湯花は、バッサリと肩の辺りまで切っていたのだ。短くなった髪の毛を触りながら湯花が窓に、えへへと照れくさそうに笑う。
「切ったの。これで引っ張りづらくなったでしょ」
湯花のあまりの変貌ぶりに、そういうことじゃないだろと言い損ね、窓は呆気にとられて頷いた。絶望していた少女は何処へやら、以前のはつらつとした湯花に戻っていた。
「……行くのか、学校」
窓の細めた目に、湯花はにっこりと笑って頷いた。
「外に行くの。怖くないものもあるって、お兄ちゃんが言うから」
「そうか――」
窓が言葉を続けようと口を開いた時、階下から母が湯花の名を呼ぶ声が響いた。はーい、と元気に返事をした湯花は、窓が続ける言葉を聞こうと窓に向き直る。窓は視線を一瞬だけ下に向けると湯花を見、片手を上げた。
「――いってらっしゃい」
「うん、いってきます!」
だだだだと慌ただしく階段を駆け下りて、湯花は母と何か言いながら外へ出て行った。窓は急に静かになった家で、自室に戻るため体の向きを変えた。そして窓の視界に入ったのは、もうずっと袖を通していない中学校の制服だった。
それから目を逸らした窓は、ベッドに寝転がった時に落ちた携帯電話が、着信を知らせるランプを点滅させているのを見つけて手に取った。着信は秋姫からだった。窓が目を閉じたのと同じ頃に着信があったらしい。留守電が残っている。窓は携帯電話を耳にあてた。
「もしもし、窓くん? 寝ちゃったのかな? あのね、窓くんのこと話したら店長が、椿姫と同じような九十九神を紹介したいって言ってたよ。でも、それを使うとなったら私みたいにバイトとしてきてほしいって。でもまだ窓くん、中学生だから、店長は高校生になったらおいでって伝えてほしいって言ってたよ。どんな高校でも良いから、とにかく高校生になってからって。だからそれまで、鬼探しはやめてほしいの。
窓くんの気持ちを確かめたばかりで何だそれってなるかもしれないけど、私からもお願い。手立てもなしに、鬼探しはやっぱり危険だから、せめて高校生になるまでは待ってほしいの。その代わり、稽古はつけるって店長オッケーしてくれたよ。今度窓くんの予定教えてね。それじゃ、私はこれから学校に行きます。またね」
メッセージの再生が終わりました、のアナウンスを聞きながら、とんでもないことになっていると窓は自覚した。とりあえず、高校生にはならなければいけないらしい。
窓は制服に視線を戻した。もうサイズは合わないかもしれない。けれど、窓も、外に出たい気持ちがあった。外には秋姫がいる。湯花もいる。窓自身が言った、ひとりじゃない、という言葉は、窓自身がそう思いたいから出てきた言葉だ。それを湯花も解っていた。窓にも、解っている。
一歩。
窓は、踏み出した。
終
引用文献
「付喪神 - Wikipedia」
URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%98%E5%96%AA%E7%A5%9E 2012/11/21取得
「日本の「邪神」伝承考察と伝承地探訪-邪神大神宮」
URL:http://jyashin.net/index.php 2012/11/21取得
「後神 - Wikipedia」
URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E7%A5%9E 2012/11/2取得
「アトリエ・クロマニヨン」
URL:http://www.cromagnon.jp/index.html 2012/11/21取得




