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「妹想いの格好良いお兄ちゃんだったぞ、窓くん」
セーラー服のスカートが、ひらりと窓の目の前で揺れた。傍に放られていた椿姫を拾い上げると、猫のような大きな目が宝石のように赤く光る。椿姫の刀身が、昇ってきた朝日に照らされて赤く煌めいた。
「どれだけ引っ張っても、人は変わる。変わろうとする力は、とても強いのよ」
妖刀である椿姫を構えた秋姫は、後神に向かって諭すように言葉を零した。向かう後神は、椿姫が九十九神で妖の力を備えた物と先ほどの斬撃で知ったのだろう。目を大きく見開いたが、向かう速度を緩めることはできないのか、窓の前に立ちはだかった秋姫に突っ込んだ。
椿姫の幽かに赤味がかった刃をその身に受け、後神は窓の目の前で真っ二つになった。長い髪が飛散し、空気中に断末魔を響かせ、やがて溶けるように掻き消えて行った。
「やった、のか……?」
窓の言葉に、秋姫はくるりと振り向き、窓が抱く湯花に椿姫を向けた。驚く窓に秋姫は、落ち着いて、と告げる。
「その子の髪の毛は、切らないとならないの。後神が憑いた髪は、悪いものを引き寄せるかもしれない」
眠る湯花の顔を心配そうに見る窓に、大丈夫、と秋姫は言う。
「少しだけだから。何も丸坊主にするわけじゃないわよ」
そう言うと秋姫は、湯花の髪を少しばかり手に取ると、椿姫で切り取った。その髪を、後神の一部を入れたのと同じ種類の小瓶に入れる。蓋を閉め、後で店長に清めてもらうのだと秋姫がにこりと笑った。陽の下で見る秋姫は、あちこちすりむいたりボロボロだったが、晴れやかな顔をしていた。窓が秋姫の顔をまじまじと見ていると、秋姫が大きな目を窓に向けてきょとんとする。
「なあに?」
いや、と窓は秋姫から目を逸らす。秋姫が息だけで笑って窓の髪をくしゃくしゃと撫でた。今度は窓がきょとんとする番だった。
「ボロボロじゃない。よく頑張りました。窓くんも、一歩を踏み出せたかな」
「な……っ、聞いてたのか?」
窓が慌てて尋ねると、秋姫は笑って肯定した。ぜーんぶ、聞いてたよと秋姫は笑う。窓は頬に熱が集中するのが判った。夢中で叫んだせいか詳細は覚えていないが、思い返せば恥ずかしいことを叫んでいたのではと窓は思う。
「……ねえ、窓くん、妖と対峙するって、こういうことよ」
秋姫は声のトーンを落として窓に言う。窓は秋姫を見て、その続きを待った。秋姫は窓のことは見ずに、視線を落としている。
「窓くんのひたむきさを、椿姫は受け入れたみたいだけど……窓くんは、どう思ったかな。妖はやっぱり、怖いものだよ。窓くんの命だけじゃなくて、大切な人も傷を負うことだってある。窓くんには大切な妹さんがいるのに、それでも君は、いつかの鬼をまだ、探すの?」
窓は秋姫が何を言いたいのか解っていた。秋姫には、何処か自分の命をないがしろにしている節がある。昨夜見せた何処か諦めたような笑みも、妖を斬り続ける決意も、椿姫が受け入れるだけの何かも、恐らく自分の命を賭しても仇討をすると誓ったからこそのものなのだ。恐らく秋姫にとって大切な人は、親だったのだろう。それを失った今、他に何を失っても大丈夫と思うくらいに、秋姫の受けた衝撃は凄まじかったのだ。
そしてそんな秋姫だから、鬼を探し続ける窓には命を賭す覚悟はないとすぐに判ったのだろう。手段がないことを差し引いても、闇雲にあの日の鬼を探そうとする窓に、今なら引き返せると警告している。椿姫が受け入れるだけのものは見せた。だが、それを持ち続ける覚悟はあるのかと、問うている。
「あんたが何て言おうと、俺はあの日の鬼を探す。俺が死ぬまで忘れないあの、紅葉の日。あの鬼を見つけ出すために、俺は外に出たんだ」
それが命を投げ出して窓をかばってくれた親戚の彼女に対するせめてもの償いだと、窓は思っているから。彼女はそれを聞いたらどんな顔をするだろう。きっと、止めないだろうと窓は思う。彼女はいつも、大事なことは窓が決めろと任せていた。この窓の想いもまた、窓が決めたのならそうすれば良いと、認めてくれるはずだ。
「そう。窓くんの気持ちは解った。もう言わないわ」
言っても無駄かと秋姫は諦めたようだった。観念したように息をつく。それから空を仰いで、そろそろ湯花を連れて戻った方が良いのではと窓に言った。時間は早朝の五時前になっており、そろそろ近隣の住民が起き出し始める。見られては後々面倒だと窓は思った。
湯花を背負い、窓は家路を辿る。その背を見送った秋姫が、椿姫を刀袋にしまうと窓とは反対方向を向いて足を出した。一歩。その一歩がつらかった時期が、秋姫にもある。だから秋姫は、窓に関わったのかもしれない。窓が秋姫と同じ道を歩む一歩を、後押ししたことになるのだろうかと秋姫は胸中で呟く。窓の命を大切にしてほしいと願いつつ、何処かで自分の生き方を肯定してくれる存在であるのではと、密かに願っていたのも事実だ。窓は、秋姫と同じように妖と対峙していくだろう。けれどきっと、秋姫とは何処か違った方法で対峙していくような気も、秋姫にはしていた。
君の生き方を見せて、窓くん。
秋姫は頭のてっぺんでひとつに纏めた、緩いウェーブがかったくるみ色の髪を揺らしながら、そう口の中で言うと椿姫を収めた刀袋を抱きしめて帰路につく。徹夜で学校だ、と楽しそうに苦笑しながら。




