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3-4



 窓の言葉を、湯花は黙って聞いていた。窓は頭を垂れて湯花に紡ぐ。

 後悔が、先に立つ。後悔しても時間が戻ることはないことを、窓は嫌というほど知っている。目の前が紅葉に染まったあの日の後も、窓は後悔した。あの日でなければ、あの時間でなければ、いつもと違う何かは、起こらなかったかもしれないのに。


「お前は、何に苦しんだんだろう。俺みたいに、普通の人には見えないものが見えることで、苦しんだのかな。そういえば俺は、お前の先回りをしてばかりで、どうやって人と関わっていくかを教えてこなかった気がする。俺も、分からないんだ。だから、教えられない。分かってたら、こんな風には生きてないよ」


 窓は自嘲気味に呟くように湯花に語りかける。自分の生き方を振り返りながら。同じ苦しみを妹の湯花にも味わわせていたのだとしたら、自分は一体、何を守ろうとしていたのだろうと疑問に思いながら。


「だから、一緒に悩もう。普通の人みたいには、なれない。だけどきっと、普通じゃなくても、やっていく方法はきっとある。大丈夫、お前は、ひとりじゃない」


 窓は湯花に言いながら、自分にも言い聞かせる。普通の人には見えないものを見るのは、窓ひとりではない。


 ――さあ、前を向け。


 内側から囁くような声に後押しされて、窓は湯花を見る。冷たい表情で、湯花は窓を見ていた。


 後神に体を明け渡したという湯花の冷たい表情の奥に、窓に向かって助けを求める湯花の姿を、窓は見た気がした。


「湯花、聞こえるか。俺ひとりじゃ、どうにもできない。湯花も協力してくれ。今のお前が、お前が望んだ結果じゃないなら、俺が手伝う。だからお前も、俺を手伝ってくれ。お前は、変われる。お前が()(いつ)を引き剥がしたいと思えば、お前は、変われる!」


「やめろ!」


 湯花が叫んだ。正確には、後神がだろう。眉を上げ、焦ったような声を出す。湯花が、窓の声に反応したのだ。


「やめろ! お前は其処で、沈んでいれば良い! 絶望しただろう! 周囲と違う自分に! 疎んだだろう! 同じ境遇の兄を! 思い出せ! 絶望を! 外は、恐ろしい場所だと!」


 後神の声を掻き消すように、窓は大声を出す。湯花、と妹の名を叫び、届けと願う。


「外は、怖い。でも外に出ないと、自分の中の怖いものにしか出会えない! 怖くないものに会える可能性を捨ててしまう方が、怖いぞ!」


 窓が鬼に出会ったのは、恐ろしい体験だった。そして窓は外に出るのを拒否した。しかし、外に出たから窓は秋姫に会った。形は違えど自分と同様に喪失を体験し、方法は違えど自分と同じように妖怪を見る力を持った他者に、窓は会えたのだ。


「出よう、湯花。其処から一歩、踏み出すだけだ! 大丈夫、できるよ、大丈夫だ!」


「あああああああっ!」


 湯花が、喉が裂けんばかりに声を張り上げ絶叫し、体をくの字に折り曲げる。と窓が認識した途端、湯花が窓に向かって走ってきた。裸足の足で、窓に突っ込んでくる。


 ――剥がせ。


 すんなりと自分の手に収まる椿姫を構えて、窓は向かってくる湯花を狙い澄ます。長い黒髪を扇形に広げて湯花はこちらに向かってくる。伸びる湯花の右手を躱し、窓は左に重心を傾け一歩、右足を前に出した。それと同時に両手で持った椿姫を、やや前方へ差し出すように向ける。湯花の髪が、いくつか空に散った。


「あああああああーっ!」


 湯花の、後神の悲鳴にも似た絶叫が窓のすぐ後ろでした。がくりと膝を着き、湯花はそのまま地面に倒れこむ。窓は振り向き、そして見た。

 湯花の背から、髪の長い人の形をしたそれが、追い出されるように現れるのを。

 それは青白い四肢をしていた。頭部と見られる場所から全身を覆うように伸びた長い黒髪が膝の辺りまで降りている。顔は見えないが、大きな目が二つ、爛々と光っていた。


 あれが、後神。


 後神はすぐに湯花の元を離れた。後神を追うよりも、ぐったりとした湯花を抱き起こすために窓も地面に膝をつく。窓が名を呼んで揺り動かせば、湯花はうっすらと目を開いて笑った。


「バカお兄ちゃん。本当は、自分に言い聞かせてたんでしょ。全部、解ってるんだから。でも、その言葉が欲しかったの。ありがとう」


 言うだけ言って、湯花は意識を手放した。窓が慌てて呼吸を確認したが、ほっと安堵の息をつく。


「ひとりじゃない。外も、怖いだけの場所じゃない。大丈夫、大丈夫だ、湯花」


「折角の憑代(よりしろ)を! お前、ただではおかないぞ!」


 窓ははっと振り向いた。背後に後神が迫っている。後神は毛むくじゃらの長い髪の毛を振り乱し、怒りに目を燃やしていた。青白い女のような両腕を伸ばし、窓に掴みかかろうとする。その時。


 ゆら、と揺らめいたのは、影だった。



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