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ゆら、と揺らめいたのは影だった。
進む度にかさかさと音を立てる落ち葉を踏み歩きながら、窓は伏せていた目を上げてぎょっとした。すぐに目を逸らして直視はしなかったが、何度そういったものを見ても慣れることはない。窓の十五年の人生でも、慣れなどこないと断言できる。
窓がそっと横目で様子を見ているその先は街灯が一定範囲を照らしており、その下を二人の男女が通り過ぎようとしていた。窓の方へ歩いてくる。
若い男女だ。女が男の左腕に自分の右腕を絡ませながら歩いている。大学生くらいの男はデレデレと女に鼻の下を伸ばしながら、女との会話を楽しんでいた。その女が、皮膚も肉もついていない、服を着た文字通り骨だけの女であることに、彼は気づいていないのだろう。
いつもと違うことはするべきじゃない、と窓は思った。何故今日に限って外へ出てしまったのだろう。いつもと同じように自室にいれば、出会うこともなかったはずなのに。
窓とそのカップルが歩く狭い道では、三人が並んですれ違うには、やっとという程の幅しかない。しかもこのまま行けば、窓は骨の女と肩がぶつかるすれすれで、人間の男と骨の女というカップルとすれ違うことになる。
途端に窓は緊張で体が強張るのを感じた。表面に出せば彼女が人間でないことに窓が気づいていると知らせることになると解ってはいても、自然な反応を意志でどうにかすることはできない。これは恐怖だと、窓は知っている。
窓は女と目を合わせないようにして狭い道をすれ違う。目が合うかどうかは彼女に眼球がないから判らないが、そのぽっかりと空いた眼窩がこちらを向かないことだけを、窓は祈る。
虚ろな双眸が、窓の脳裏によぎる。人だったもの、既に意思のない瞳が覗き込む深淵をあの日、窓は間接的に見た。あの日の鮮血のような紅葉に視界を埋め尽くされていく幻影を、何処かでそうと知りながら窓は思い出していた。
すれ違う間、カップルは夜食に何を食べようか、と話していた。男は窓を見もしない。深夜に近い時間だったが、中学生が歩いていても気にしないのだろう。男は骨の女に夢中で、中学生などどうでも良い様子だった。だが女はその男以外の目からは、本来の骨の姿が映る。だから女は男と話しながらも窓が気づいていないかどうか知るため、落ち窪んで空洞が広がる底知れない闇の目を、窓に向けていた。
窓は頭まですっぽりとフードを被って着込んだパーカーの前についているポケットに両手を突っ込んで、震えを誤魔化しながらうつむいてすれ違った。じんわりと滲む汗をかいているが、暑くはない。むしろ寒気が窓を襲っていたが、汗を拭う動作すら女に気づいていることを表すような気がして、窓はただ通り過ぎる以外のことはできなかった。
女は窓よりも男の方が重要なのだろう。窓が何もアクションを起こさないと、ふっと顔を男に戻して楽しげに話を続けた。
街灯の円から出るとスニーカーの足をゆっくりと止めて、窓は二人の声が少しずつ遠ざかっていくのを聞いていた。ほっと息をついて、窓は胸をなで下ろす。だがその胸も、緊張にばくばくと早鐘を打っていた。
安堵のせいか、よせば良いのに気になって振り向いてしまった窓は、骨女がこちらを見ていたことを知ってしまった。
ぞく、と背筋に悪寒が走るのを感じながら、窓は固まった。足が動かない。いや、足を動かせばあの骨女は窓に向かってくる、そう、解っていた。だから動けないのだ。
ゆら、と影が揺らめいた。
出会った最初と位置を入れ替えた窓と骨女との間にある街灯に、ひとりの影が浮かび上がる。それを認識するや否や、影は消えた。窓が気づいた時には街灯の円に、彼女はいた。
夏が終わり、秋風が吹く中で揺れるセーラー服は、まだ夏服のままだ。清楚な白に赤いタイが揺れる。頭のてっぺんでひとつに纏めたしっぽのようなくるみ色の髪の毛は毛先がふわふわと緩くウェーブがかかっており、頬の辺りまで広がっている。切り揃えた前髪の下から覗く形の良い大きな目が、街灯の明かりに宝石のようにきらりと赤く光った。
刹那。
ぎゅっと紺色のソックスを履いた長い足が重心を移した。バネを活かして跳ぶように駆ける。街灯の光に最後に残された半袖から伸びた右手には、ぼんやりと赤く光る日本刀が握られていた。
赤い斬撃の軌跡を残し、光の外で彼女は骨女を一刀両断した。声もなく――そもそも声帯がないのに話せるのも不思議だが――、骨女はずるりと頽れる。さらさらと、骨が粉になって秋風にさらわれていく。男は骨女からの呪縛を解かれたのか、ふっと意識を手放して骨女の服の横に倒れた。
日本刀を持ったセーラー服の少女がついた膝を伸ばし、立ち上がる。日本刀に血糊はついていないが、まるでそれを払うかのように一振りし、鞘ではなく背負っていた刀袋にしまった。中に鞘が入っていたのか、かちん、と収まる音がした。
窓はその全てを瞬きなしに見ていた。正確に言えば瞬きをする暇もないほどの一瞬の出来事だったのだ。少女が振り向いた時、窓の時間が再び動いた。
「お、おいっ」




