第六話 ネトゲという名の・・・
ヒロインが・・・
ここに居るのは、もはや数時間前までの俺ではない。
俺は与えられた部屋でとことんくつろいでいた。
大浴場と呼んでもいいくらい大きな風呂で、体の汚れをすべて落としたあと、キングサイズのベットに一人寝転び、ぼんやりと天井を眺めてみる。
なんで彼女の部屋には何もないのに、この部屋はこんなに家具があるのかとか、彼女はどうやって寝るのだろうかとか、考えるべきことはたくさんあったが、その全てを忘れられるくらい俺は今幸せだった。
信じられないくらいの快適空間である。そりゃまあ、最初は人の家だし遠慮していたのだが、途中でどうでも良くなり好き放題やってしまった。
こんなに良くしてもらったんだから、しっかりと恩を倍返ししよう・・・・そんな気持ちでのんびりしていた俺は、夜間ずっと歩き回っていたこともあり、あっけなく眠りに落ちたのだった。
目が覚めた俺は、情報の海に浮かんでいた・・・・なんてことはなく、見知らぬ天井が広がっているのに、一瞬びっくりしたが、すぐにここは萌葱の家だった、と思い至り、起き上がる。
洗面所で必要最低限の身支度を整え、何故かクローゼットにぎっしりと詰まっていた、男物の洋服から何枚か拝借し着替えた俺は、萌葱の部屋へと向かった。
部屋に入ったとたん俺は、彼女の周りだけ時が止まっていたんじゃないか、そんな錯覚を覚える。萌葱は昨日最後に「おやすみなさいです」といってパソコンに向かったままの姿でそこにいた。
今、彼女は一心不乱にディスプレイを見つめ、マウスやキーボードをものすごい速さで操作している。
「おい」
「・・・・・・」
完全無視だった。こちらを見ようとさえしていない。・・・・。
「おい!」
「ひゃ! お、おはようございます」
ちなみに、これは36回目の呼びかけ。彼女はようやく俺の存在に気づいたようで、俺の顔を見て首をかしげ・・・・
「あの・・・・・・どちら様でしょうか?」
そんなことをぬかした。だが、昨夜彼女自身からあることを聞いていた俺は慌てず騒がず、落ち着いて昨日からの出来事を丁寧に説明する。
「あぁ! 思い出しました! 昨日のわるものAさんですね」
3回目の説明のあと、ようやく理解したようで、彼女はポンと手を打った。
昨夜、立ち尽くしていた俺は、彼女にあることを説明されていた。
――私は、非常に忘れっぽいのです。原因は不明なのですが、とにかく忘れっぽいので明日にはあなたのことを忘れてしまっているかもしれません。ですから、明日私があなたのことを覚えていなかったら、全部説明してください。
正直、なんだよそれと呆れてしまったが、彼女が言っていたことは本当だった。悲しいくらいさっぱりと俺のことを忘れてしまっていた。
彼女は昨夜、俺にそのことを忠告してから想像を絶する速さで、床に置かれたパソコンの元へ駆け寄ると、あることを始めた。
それは、SMSのボス戦という名の死闘。
彼女が一旦閉じているパソコンでも、つい先程まで別のボスとの死闘が繰り広げられていた。
さらに言うと、彼女の総ゲームプレイ時間の値は0の数がものすごいことになっていたのを、確認済みである。
ちなみに、人間の脳というのはかなりいい加減で、一度物事を記憶したとしても優先度の低いものから、どんどんと消えてしまう。
彼女は、記憶喪失(?)の原因が不明だと言っていたが、萌葱の場合、彼女の中での優先度が圧倒的に高いものが、ひとつあるのが原因でないかと俺は睨んでいた。
そして俺の脳にある病名が浮かんでくる。ゲームという名の麻薬に魅せられた者たちが、感染する魔の病―――――ゲーム脳。
つまるところ・・・・柏木萌葱は重度のネトゲ廃人であった。
残念すぎるヒロインですが、よろしくお願いします。