第四話 契約
短いなぁ・・・
「柏木 萌葱」
そう名乗った彼女いわく、目が相当悪いせいで河川敷で倒れていた俺を、知り合いと勘違いしたらしい。それにしても、テオとかルーク、ライオットやら、彼女の知り合いは多国籍である。
そして俺は、ある場所に立っていた。
目の前にそびえ立つのは、東京でも有数のマンション。真下に立つ今、どんなに上を見上げてもその頂を見ることは叶わない。というか、首を痛くしただけだった。
そして、そんな俺のとなりには当たり前のように萌葱さん(一応さん付)が立っている。
「ここです。行きましょうか」
萌葱さんは、唖然としてぼうっと突っ立っている俺を置いて、さっさと中へ入ってしまう。入口はパスワードを入力して開くタイプのようで、彼女は何やら電光板を操作している。
それにしても・・・・俺は自分の姿を見下ろした。一日中歩き回ったせいで、ボロボロだった服はさらに汚れてしまい、もはや服としての最低限の機能しか果たしていない。
巨大な入口のガラス、その磨きぬかれた表面には、どこからどう見ても不審人物と評して差し支えない人間が映っていた。
場違いすぎる・・・・そもそも俺は、どうしてこんなところにいるのだったっけ?
俺はつい数時間前の出来事に思いを馳せた。
「では、わるものAさん。私と――契約しませんか?」
ひとしきり笑ったあと、彼女はいきなりそう切り出した。何度も言うが、初対面である俺に向かって、だ。当然俺の反応は
「・・・・・・は?」
こんなものになる。
契約。それを聞くと否応なくファンタジーを連想してしまうのは俺だけではないと思う。
魔法使いと使い魔。主従の契約。神との契約・・・・多くのファンタジー小説では、これらの場合大半が美少女を相手に行われる。そして、俺の前には間違いなく「美」に分類されるであろう女性が。そして彼女が言ったのだ・・・・
私と契約しないか、と。
しかし、俺と彼女との間に甘い空気は皆無。というか、俺には危険な香りしかしなかった。河川敷に緊張感が一瞬走ったようにも思える。
「あなたは、お腹がすいて動けないんですよね? そして私は今、水と食料を持っています。」
食料ってのが、ドックフードでないことを心から祈りたい。
「そして私は今ひじょ~に、困っています。どうです? 私はあなたに寝所を提供します。その代わり、私を養ってください。ノーリスク、ハイリターンな契約です」
・・・・訂正しよう。こいつはどうやら詐欺被害者ではない。加害者だったようだ。ノーリスク。それだけでも十分胡散臭いというのに、さらにハイリターンなんて・・・・この現代社会、そんな都合のいい妄想を信じる奴がいるわけない。もちろん俺だってその一人・・・・だ・・
「契約します。とりあえずご飯をください。」
・・・・・・食欲とは、まったく恐ろしいものだった。
食欲を満たした俺が、彼女に連れてこられたのがこのマンション。話を聞くと、どうやらここが彼女の住まいらしい。そこで、俺は思う。
――養うもなにも・・・・こいつ、金持ちじゃん・・・・
俺は、怒ったようにこちらを見る萌葱さんに急かされて、とりあえず食料も頂いたことだし、しばらくは従ってやろう・・・・そんな気持ちでマンションに踏み込んだ。そこに待っている恐ろしい運命を知らずに。
ある意味で、恐ろしい運命が・・・!!
※期待しないでください