表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/30

第十一話 新参者

ちょっと真面目に・・・・・・

「ここが最後。社員の休憩室です。」


「ありがとうございました。すみません付き合わせてしまって。」

俺は、目の前に立つ女性に頭を下げた。

シワ一つないスーツに身を包んだその厳しそうな女性。しかしその端正な顔は優しい微笑みで満ちている。

「いいんですよ。あなたは今日から同じ職場で働く大事な後輩ですから。それに・・・・・・」

そこでその女性は、初めてあどけない微笑みを浮かべた。先程まで浮かべていたのとは全く違う笑顔に、俺の鼓動がわずかに速まる。

「私にできた初めての後輩に、先輩らしいことの一つや二つ、させてください。」

「えっ・・・・・・あ、ありがとうございます。」

「だから、そんなに堅苦しい挨拶なんていらないですから」

「あっ、はい。」

「それでは、A君。私は持ち場に戻りますから。たしか会社案内後、あなたは今日は帰っていいと言われていたので。」

「そうなんですね。分かりました。」

普通初出勤の日に早退が許されるということはないと思うのだが、この先輩が言っているのなら真実だろう。そう思い俺は先輩を見送ったあと、荷物をまとめることにした。

 荷物といっても、この会社に関するデータをまとめたパンフレットのようなもの(×26)と、一応買っておいたコンビニの昼食(どん○衛)だけなので、ものの数分で終わってしまう。

 荷物をまとめ終えた俺は、壁掛時計を確認する。部屋に壁掛時計があるということの素晴らしさを噛み締めながら。

 時刻は11:30。出勤してきたのが、7:00なのでもう4時間半が経過していることになるが、あまりの忙しさに、時間の流れを全く意識する暇がなかった。

 俺は、電車が来る時間まであと数十分の余裕が生じることを確認し、改めて休憩室の事務的な椅子に腰掛けた。

 脳裏に浮かんでくるのは、先程まで一緒に行動していた、女性の姿。実は会社の採用試験を受けに来た時に案内してくれた人でもある彼女は、俺の直属の上司らしい。

 俺は今日からこの会社――トライアングルフェニックスのフロントの受付、の()()として働くことになった。

 予備と聞いたときは、なんだよそれ・・・・・・と思ったが、思えば資格の一つも持っていない俺がこのゲーム会社に採用されただけでも驚くべきことだ。

 なんだか偉そうな人から、やけに震えた声で仕事についての説明を受けたあと、俺は会社の中を案内してもらっていた、というわけだ。

 音無(おとなし) (すず)――俺はもう一度先ほどの女性を思い浮かべる。

 艶やかに光る長い黒髪を、しっかりと結い上げているその姿からは真面目そう、そんな印象を受けるが、それでいて時折見せる子供のような笑顔。さらにぴっちりとしたスーツからは、その抜群のスタイルの良さが見て取れる。

 23歳という若さにして、既に上司から信頼の二文字を惜しげもなく与えられている彼女。

 今日見ていた限りでも、受付嬢として彼女以上に適任はいないんじゃないか、そう思わせられるほどの対応をしていた。

 美人で仕事ができ、かつフレンドリー・・・・・・そこまで考えて、俺の頭にもうひとりの人物が浮かんでくる。

 美人だがネトゲ廃人で、さらに残念系。同じ美人でも、ここまで差があるなんて、いっそ先輩と一緒に暮らしたい・・・・・・自然とため息が漏れてしまう。

 ハッとして時計を見る。歩いてアウト、走ってギリギリ電車に間に合う・・・・・・そんな微妙な時刻を針は指していた。

(くそっ、これ逃したら次は30分後だぞ・・・・・・)

たかが、30分おとなしく待てばいいじゃないか、そう思った人もいるだろうが、正直俺は一刻も早くこの会社から出たかった。なぜなら・・・・・・

 慌てて俺が立ち上がったそのタイミングで、休憩室の扉が開き数人の若い女性社員たちが姿を現した。そのうちの一人と、俺の視線が交差する。

 その瞬間、さえずっていた女性たちの口がそのままの形で固まった。その場に何とも言えない重い空気が立ち込める。

 クラスメイトでお喋りしていたら、いきなり担任が入って来た時の教室――そう例えれば学生のみなさんはピンと来るだろうか。もっとも学生時代が存在しない俺は、あくまでもこんな感じだろうか、と想像で補うしかないのだが。


「お、お疲れ様でした。」


 やがて、あまりの空気に耐えられなくなった俺はぼそぼそと告げ、逃げるように女性たちの隙間をぬって部屋から脱出する。

 だが、これで一安心――とはいかなかった。

 会社の広々とした廊下を早足で通り過ぎる俺の目に映るのは、俺の姿を認めたとたん慌てたように目をそらし、俺が通り過ぎると、まるで魔法が解けたかのように動き出す社員の姿。

 中には、あからさまに嫌な目つきで眺めてくる奴もいるが、ほとんどの社員の顔に浮かんでいるのはいずれも怯えの表情だった。

 俺、何かしたっけ・・・・・・?

 逃げるように会社から出ようとした俺に、一人の女性の声がかけられる。


「A君!」


 そう、あの女性(ひと)は俺のことをそう呼ぶ。なぜか、と聞いたら「えっ? 下の名前ってAじゃないんですか?」どこまでも丁寧で優しい口調で聞き返された。

「音無先輩・・・・・・」

「はい、どうぞ。渡し忘れていたんです。」

そう言って、俺にまたもやパンフレットらしい書類を渡してくる。すごくありがたいのだが、そうこうしているうちに、俺の背中に突き刺さる視線はだんだんと増えていく。

「あ、ありがとうございます。じゃあ、失礼します。」

そそくさと立ち去ろうとする俺の腕を、思ったよりも強い力で引き寄せて彼女は俺の耳元で囁いた。


「大丈夫。最初だけだから。ここもちょっと、いろいろあってね。」


 敬語ではないその言葉は、ゆっくりと俺の心に染み渡っていった。まるでようやく今初めて本当の先輩に出会ったような気がした。大丈夫、私はあなたの味方だよ・・・・・・さらに先輩は続けた。

 甘い響きの余韻を残して、先輩が俺から離れていく。

「じゃあ、明日から頑張りましょうね。」

「は、はいっ!」

まだ社員の視線は向いていたが、それに気づいても、もう何も感じなかった。俺は顔を上げ、堂々と歩き出す。

 明日からこの会社で、同じ思いを味わうことになるのか。そう思うと気が沈んでいくが、それ以上に音無先輩に会えるという喜びで俺の心は満ち溢れていた。


やっとまともな人が!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ