獲物を狩るのは私
「実は私達付き合ってるの」
親友だと思ってた友達。
私が片思いしていて、もしかして両思いなんじゃないかと思っていた彼。
その二人が手をつないだまま、私に言った。
今まで信じていたものが、雪のように消える。
足元が崩れていくようだった。
あんなに相談したのに。応援するって言ってたよね。
言いたいことが沢山あるのに口から出てこなくて、詰まった息ばかり零れて。
私は逃げ出した。
****
あたりが薄暗くなってきた。
けれど走り続ける。
止まったら終わりのような気がした。
そしてがむしゃらに走り続けて、誰かの肩にぶつかった。
「ごめんなさいっ」
誰もいないところに行きたくて、顔も見ずに謝った。
けれど逆に手を掴まれる。
「近頃のガキは礼儀がなってないな。理由を聞いてやるよ」
「そんなものありません」
手を掴んでいた人は男の声をしていた。
スーツを着ていることから、社会人らしい。
その男は右肩を指した。
「これ、君のね」
黒いスーツの肩は、雨なんて降っていないのに濡れていた。
なんだろうと思っていると男は手を伸ばしてくる。
そのまま手は伸び、頬に触れた。
人肌が暖かくて、肩から力が抜ける。
その指は私の雫をすくった。
私、泣いてたんだ。
****
私はこれまで溜めていたものを吐き出すように話していた。
いつもなら、見ず知らずの他人になんて言うはずがない。
その時の私はどうかしていたのだろう。
けれども、この男の包まれるような雰囲気に、ひどく安心して。
途中でうん、うんという相槌に気づけばするっと話していた。
「そうだったのか」
男は一通り話を理解して頷いた。
この時私は甘ったれていた。だから可哀想と同情される、そう思ってたんだ。
けれど実際は違った。
「では、第三者として言わせてもらう。
"思い上がるな”」
男は容赦なく突き放す。
彼は私が気付かないふりをしていたところを簡単に突く。
「お前は何の努力も、苦労もしないで全てが手に入ると思うのか?
違うだろ。お前は何もしなかった。
そして努力に努力を重ねたお前の友人が、ほしいものを手に入れたんだ」
けれど私は納得できない。
できるはずがないんだ。
私があの人のことを好きだと知っていたのに、どうしてそんなことができるんだろうって、思うから。
私ならしない。
黙り込む私を見て、男は馬鹿にしたように笑う。
「ほしいものがあれば、ほしいといった者が勝つ。
お前よりも、どうしてもほしい、その子はそう思ったんだろ」
「親友だって思ってたのに!」
ああ、もう腹が立つ。
悔しさに歯を食いしばる。
そして涙まで込み上げてきた。
「悔しいか?」
「もちろん」
「なら、お前が親友にする復讐は一つ。お前が最高の相手を見つけ、幸せになることだ」
男は私よりも一段高いところから見下ろしていた。
実際はベンチで隣り合わせなのだが、そう感じる。
経験と精神的な落ち着きが、そう思わせるのだろう。
「強くなれ」
****
私に、その言葉はどんな慰めよりも効果があった。
今の私は慰められたいわけじゃない。
悔しくて、悲しくて、このやり場のない気持ちのはけ口を探していただけ。
うん、分かってたよ。
いつからか、彼との会話が私の友人の話題になっていたこと。
……終わったんだ。
だから私はベンチから立ち上がって男を見た。
「強くなる。誰にも負けないように。ほしいものがほしいと言えるように」
男は依然座ったまま。
私が見下ろしているのに、同じ視線で見ているように感じる。
男はゆるりと口角を上げた。
「いい目をするようになったな。
お前は今から肉食獣になるんだ。狩られる側じゃない、狩る側になれ」
今までいつ足元をすくわれるかと、ひやひやしてた。
けれど、私は変わる。
鋭い牙は相手の喉に噛みついて、私の獲物だと主張するため。
尖らせた爪は相手の体に傷をつけて、逃がさないようにするため。
逃れられなくしてあげる。
「そうね。わたしは狩る側になる。ところで、あなたおせっかいね」
「沢山失敗したからな。だから助言を、と思ったのさ」
「やっぱりおせっかいじゃない」
「そうか? 失敗はした分だけ大きくなるぞ。次へつながるからな。おれはそれで成功した」
携帯の、何の変哲もない電子音がする。
男はスーツの内ポケットから取り出し、目で私に謝ってから出た。
「なんだ。……はぁ?そこでどうしてそうなるんだ。向こうの用件は。
……なるほどな。黒田に回せ。そういうのはあいつが一番向いてる。
俺も今から戻るから」
携帯を切って、一呼吸した彼は私と目が合って気まずそうな顔をした。
「すまなかった。話していたのに、携帯に出て」
「別にいいけど。あ、でも悪いと思うなら、最後のおせっかい焼いてよ」
「何だ?」
「あなたのメールアドレス教えて」
男は目を大きく見開いたまま、カバンと携帯を落とす。
私は携帯をすかさず拾う。
そして彼がまだ動けないのをいいことに、手早く操作する。
「な、お前、何を?いや、俺のを触るな」
「ごめん。はい、どうぞ」
「ああ、ありが――って、何勝手に人の待ち受け変えてるんだ!」
「私のベストショット。可愛いでしょ」
「俺のイメージが崩れる」
短い電子音が彼の携帯からする。
私はニヤリとほくそ笑んだ。
彼はそんな私を知らずに、携帯を動かす。
「新着メール? ……またお前か!」
私は自分で思う、最高の笑顔を作った。
笑顔って最高の武器って言うじゃない?
だから、この牙を突き立てるの。
「あなたが、私の最初の獲物ね?」
私はこの人とこれで終わりたくなかった。
そんな直感を信じる。
目の前の獲物に気が付かないほど馬鹿じゃないわ。
この想い、きっと恋になる。
自サイトからの転載を、少し手直ししてます。
自サイト掲載日 2008 9/25
修正 2013 10/28